12 神官の恋愛
私と恋をしてみませんか、だって!?
「エルカさん、じょ、冗談だったらやめてくださいね。からかわれるのは、楽しくないですから……。ここにエルフの男がいないからって妥協すればいいってものじゃないです……」
「からかってなんていませんよ」
エルカさんは首を横に振る。
「オーガとの戦い、覚えてますか? あの時、スクルドさんが槍でオーガを倒してなかったら私も生きていませんでした。スクルドさんは私の命を救ってくれたんです。神官とは思えないぐらい勇敢でした」
「だったら、僕も同じです。エルカさんがオーガに攻撃を仕掛けなかったら、僕はオーガに殴り殺されていただけです」
「でも、あの時、スクルドさんは逃げることもできましたよね。オーガの横には私がいるんだから、私を餌にして逃げることはできた」
「そんなことできるわけないですよ! 僕は人に裏切られてここに来ましたけど、僕まで人を裏切るような生き方はしたくないんです」
大聖堂の神官たちを呪ったりはしないが、許すつもりもない。というより、キュアール神様がいらっしゃるなら彼らを許すことはないだろうと思う。少なくとも、彼らが罪を自覚して、贖罪したいと思うまでは。
でも、僕が裏切られたからといって、ほかの誰かを裏切っていいことにはならない。それでは彼らと同じだ。いや、裏切られた苦しみを知ってるのにやるから、もっと罪深いかもしれない。
「そういうことです。スクルドさんは誰かを裏切らない。不器用ですけど、真面目ですよね。スクルドさんとなら大きな失敗なんてないし、悔いることもないなって」
エルカさんが僕の手を握った。
「どうです、よかったら初恋の相手に選んでくれませんか?」
「選ぶって……僕はそんなことを言える立場じゃないですよ」
顔を見ずにする話じゃないと思って、じっとエルカさんを凝視した。金色のつややかな髪に、人形めいた小さな顔が包まれたようになっている。
大聖堂で働いていた時は王都も近かったし、老若男女の信者を目にしてきたけれど、ここまで美しい人を目にした記憶がない。エルフが美しいという伝承は聞いたことがあるけれど、あれは事実ということなんだろうか。それとも、エルカさんだけが特別なのか。
「僕なんかじゃなくても、ほかにもいい人が……ああ、僕らよそ者同士でしたね」
ゴブリンの見た目が醜悪って言いたいわけじゃないぞ。でも、村がエルフの村だろうと人間の村だろうと、どのみちよそ者は肩身が狭い。
ここは自分が答えないといけないところだ。たんに無責任なのは違う。
「よろしくお願いします」
ちょっと上ずった声だったけど、僕はそう答えた。
「よろしくお願いしますね、スクルドさん」
エルカさんが静かに僕を抱きしめてきた。不思議な感覚だ。ああ、そうか、母さんが早くに亡くなったから、誰かに抱きしめられた記憶が自分の中にないんだ。
「ただ、ちょっと私はおばさんすぎるかもしれませんけど、いいですか?」
いや、無理な謙遜にもほどがあるだろうと思った。
「エルカさん、僕と同い年ぐらいにしか見えませんよ。エルカさんがおばさんなら、僕も絶対におじさんです」
「でも、私、二百歳を超えてるから」
「二百!」
すごい数字だったので、僕も驚いた声を出してしまった。
「エルフは長命って知ってますよね? だから見た目じゃわかりづらいんですよ」
「そんな話は聞いたことあります。じゃあ、二百歳でも人間の二十歳ぐらいってことですよね」
エルカさんは何か考えているのか、少し間があった。
「う~ん、そういうことにしておきましょうか。でも、二十年も生きてない人と一緒にいると、さすがに犯罪だってエルフが聞いたら言うかも……」
これ、エルフの価値観からすると、二十歳未満の奴ってガキみたいなものなのかな……。神官の勤務経験二年だし、大人を名乗れる立場でもないか。
それなら、エルカさんのほうから話をしてきた理由もわかる。
「それじゃ、私に任せてくださいね」
エルカさんが体を僕のほうに預けてきた。ゆっくり僕はやわらかい地面の上に転がる形になる。
「あの、神官なのでこういうことは何もわかってないんですが……。あと、こういうのって手順として合ってるんですかね……?」
もっと、段階を踏んでいくものだと思うんだが、まあ、神官の知識だからズレている可能性はある。
「大丈夫です。そこは私がリードしますから。ふふふっ」
なんだか、エルカさんが急に積極的になったような……。
破門されたとはいえ神官だった身なので詳しいことは語らないが、そのあと、エルカさんにいろいろなことをされた。
エルカさんの言葉だが、「戦士というのは欲望が強いものなんです」ということらしい。
言葉が正しいかはわからないが、そのあとエルカさんは村への帰り際、野ウサギを二羽捕まえた。集中力が増してる感じはあった。
「あの、これからはエルカさんを恋人としてしっかり守っていきたいと思います」
ウサギを仕留めて袋に入れたエルカさんに言った。恋人になった以上はちゃんと口にしなければ。
「その気持ちはすごくうれしいです。でも、恋人ができたらその時はその方も愛してあげてください」
「えっ……どういうことでしょう?」
「私がエルフというのもありますけど歳も離れてますし、スクルドさんにもっといい方が見つかることもあると思いますから。そこは割り切っていますよ。まあ、お相手が私がいることに納得できるからは別ですけど。ふふふっ」
もしかして、僕、すごく変な恋愛からスタートしてしまったのではなかろうか。
◇
数日後、ドドに屋敷まで呼び出された。ちょくちょくドドは幹部を呼んで一対一で話す。こうやって村の状況を把握するんだろう。
「スクルド、治癒担当の仕事、よくやってくれてるな。村の連中からの評判もいいぞ」
「ありがたいな。よそ者は印象が悪くなったら困るからね」
「それと、お前、エルカってエルフとデキてるな」
どこから情報が入ってるのかわからないが、ドドにはバレていた。
「こういう秘密って漏れるものなんだね……」
あれ以来仲良く話すことが村の中でも増えた気がするし。わかる人にはわかるんだろう。
「まあな。俺がそうなるように仕向けたってところもあるしな」
さらっとドドは変なことを言った。
「えっ? 仕向けた?」
「お前とエルカで二人で外に出る仕事を与えた。あのエルフ女は戦士だろう。血の気が多い奴は多欲な奴も珍しくないから息抜きをさせんとまずいと思った。エルフ女もゴブリンは得たいが知れないから嫌だろう。お前はちょうどいい」
「全部知られてるの、なんか複雑な気分だな……」
「村の外の奴とつながられるよりはこのほうがいい。お前もエルフ女も真剣に村のためにやってくれるだろう。それに、これから何が起こるかわからんからな」
やや不穏なことをドドは言った。
「どういうこと? 村は平穏だと思うけど」
「俺がいる間はな。だが、オーガが増えてエルフの村が壊滅したぐらいだ。山の南のこっち側にも影響がある」
村での生活もなかなかのんびりとはいかなそうだな……。




