11 うぶすぎた神官
エルフのエルカさんを連れて村に入ると、当然ながら村人に囲まれた。
「おー、エルフだ」
「なんで、エルフがいるんだ?」
「長い耳だな、ほんとに」
ゴブリンの村人はみんな思ったことをそのまま口に出す。まあ、気になるのは当たり前だろうな。
「オーガが出たんだ。みんなも気をつけてくれ。僕はドド村長のところに向かう」
そう言うと、ゴブリンたちの顔も青くなった。この森の周辺で出会うかもしれない最も危険な存在だ。本来なら山の南側では出会わないはずで、だから僕もたいして注意喚起を受けたことはなかったのだけど。
ドドのところに行った時には、ケケもリリも集まっていた。どうやら僕が戻った時点でエルフが来たという情報がドドの耳に入ったらしい。
「準備がいいね」
「エルフが来るだけでも緊急事態だ。普通はエルフはゴブリンを嫌がって縄張りまで入ってこない。それに、ここはエルフの縄張りのはるか外側だ」
まあ、その通りなのだ。普通では考えられないことが起きている。
「エルフのエルカです。言葉わかりますか?」
エルカさんが確かめるように言うと、ゴブリン側の三人が全員首を縦に振った。それからドドが代表して人間の言葉で言った。
「心配するな。全部通じてるぜ。逆に言うと、陰口叩いても全部わかるから気をつけろよ。ここの村の大半はあんたの陰口ぐらいなら理解できる」
「少なくとも、同じゴブリンでも山の北側の連中とは全く違いますね。北側は野蛮を絵に描いたような連中です。おそらく、あなたたちの価値観でも目を覆いたくなるようなことをしてるはずです」
いったい何をしてるんだ……? そういえば北側のゴブリンの生活なんて知らないな。南側といっても、ほかのゴブリンの村との接点も事実上ない。
「まあ、北側の連中の愚痴はまた酒の席でも設けてやろう。まずは状況を聞かせてくれ。俺のところにはオーガを倒したって話だけが入ってる」
エルカさんがまず状況を話して、僕はオーガに出会った場所を補足した。オーガの話を聞くとケケは嫌そうな顔をした。一方で、リリは強敵が来て嬉しそうな反応だ。弓矢で倒せる相手とは思えないんだけど……。
「なるほどな。オーガがここまで来る可能性は低そうだが、さすがに準備ぐらいはしたほうがいいな」
ドドが腕組みしてうなずいた。
「土で城壁を築きましょう。地上からの敵はそれであらかた防げます」
ケケが言った。
「城壁って、相当高い壁を作らないといけませんけど、かなりの土木量ですよ?」
納得いかないという顔でエルカさんが言う。
「大変なのは変わりませんけど、おそらくエルカさんが考えている想定の半分の高さの壁があれば対処できます」
「? ケケさん、それはどういうことです?」
エルカさんが尋ねる。
「土の壁を築くすぐ真ん前の地面から土を取ってくればいいんですよ。掘った分だけ、その箇所は地表面より低くなる。ぼくの背の高さの分だけ土を掘って、ぼくの背の高さの分の壁を隣接して作れば、結局ぼく二人分の高さの壁があるのと同じでしょ?」
「あっ、そうか……。どっちみち土は持ってこないといけないし、城壁のそばで掘ったほうがいいですね……」
「そういうことです。とはいえ、土木量が多いのは事実です。ドド村長、これは早いほうがいいです。みんなが動く命令を」
ドドがうなずく。
「すぐやってくれ。ああ、それと、リリ、お前は周辺の斥候をやれ。オーガがもう一匹南に来てもおかしかねえ」
「はいはーい。じゃあ、行ってくるね」
リリもすぐ立ち上がる。ただ、なぜかむすっとした顔でエルカさんを見た。
「あの、私に一体何か?」
「ん~ん。何でもない。ゆっくりしていってね。北に戻るのも危なっかしいし、こっちに住んでもいいよ」
それはリリが決めることじゃないんだけど、ドドもわかっているようだった。
「そのつもりだ。どうせ、北のエルフの里は壊滅してるんだろ」
少し目が泳いでいたが、エルカさんは静かに「そうです」と認めた。
「大半のエルフは逃げたので無事でしょうが、少なくとも故郷はオーガの手に落ちたでしょう……」
故郷に愛着があるのに戻れないのと、故郷を追い出された僕とどっちがきついだろう?
◇
突貫工事で村の周囲には堀と城壁が築かれていった。
城壁といっても、石製ではないので、内側から見ると土の山が続いているように見える。
周辺に異常がないかの確認も済んでいるが、今のところオーガが山の南側に来ているということはないようだった。
エルカさんは故郷で帰るのを早々に諦めて、村の中で暮らすことになった。まず、山の北側に出るだけでも命懸けの旅になるし、エルフがどうなっているかもわからない。地元がオーガだらけだったら、ただ死にに戻ることになってしまう。
エルカさんはエルフの村では戦士だったらしく、狩りなどに出ている。
そして、狩りのない時間は僕がゴブリンの村のことをいろいろ教える。この任務はドドに任された。僕が一番会話に適しているし、よそ者同士教えるのも適しているだろうってことだろう。
その日、僕とエルカさんは野菜になる野草の採取に出かけた。近辺はちょくちょく村の警備担当が侵入者が近くに来てないか見張っているので、オーガに出会うようなこともなく安全だ。
「私、正直なところ、ゴブリンの村なんてどんな目に遭うのだろうと思っていました。仮に暮らしていけるとしても、不潔でつらいだろうなと」
僕との話だからこそ、エルカさんも本音を言ってくれる。その本音を言える場所を作ろうというのもドドの考えなのだろう。ずっとストレスが溜まってもよくないしな。
野草採取中の森だから、どんな話も気楽にできる。カゴに野草を摘んで入れながら僕らは会話を続けた。
「わかりますよ。普通はそうですよね。山の南側でもここ以外にもゴブリンの村はいくつかあるんですけど、ここはかなり特殊なんです。多分、村長のドドのせいかなと思います」
「たしかに話がわかる方ではありますね。エルフの村の族長より開明的かもしれません」
「多分なんですけど、ドドはこの村を大きくしたいんです。そのためには人間でもエルフでも受け入れなきゃいけないって意識がある気がする」
これは細かく確認したわけではないが、そんなに大外れでもないだろうとは思う。
少なくとも、ドドは今の村長の立場で満足していない。
かといって、征服欲みたいなのも見えない。ほかのゴブリンの村との村民同士の小競り合いはあっても、大人数を率いての攻撃なんてものは起きてない。
だったら、村の質を変えたいというぐらいしか、ほかに答えはないんじゃないか。
「この村に来られてよかったです。私たち北のエルフがオーガとの戦いに負けて、この人生も終わりだと思っていました。でも、こうやって新しくやっていけている」
ふぅ、とエルカさんはため息を吐いて笑った。
これぐらいリラックスした顔を見るのは初めてかもしれない。
「歓迎されてるとはいっても、よそ者だと気を遣いますよね。僕もわかります」
次の野草を摘もうと手を伸ばしたら、その前にエルカさんの手が草の上にかかった。
図らずも、僕の手が彼女の手の甲にかぶさる形になってしまった。
「あっ、す、すみません!」
僕はすぐに手を離した。にしても我ながら手が当たっただけで挙動不審になりすぎだと思う。
「いえ、スクルドさんは悪くないですし、こんなのお互い様ですよ。というか……」
エルカさんが「ふふっ」と声を出して笑う。
「いくらなんでも、恥ずかしがりすぎですって。深窓の貴族令嬢じゃないんですから。山に狩りにでも出れば、私だって仲間の腕を引っ張り上げもします。急な傾斜を登ろうとする相手のお尻を推したりとか。抱き合うわけでもないのにやりすぎですよ」
「そうですよね……。ただ、その……僕、神官の学校に行ったのもあって、その……」
恥ずかしいが、ここで変に黙っているほうがよくないだろう。ただ、挙動不審な奴と思われるよりはマシな気がする。
「女性と接する機会が極端に少なかったんです。もちろん、恋愛経験なんかもないもので……。まあ、神官としては正しい振る舞いだったんですが……」
別にウソはついてない。神官の中にはそうっと色街に出かけている奴もいたはずだが、いい悪いの前にそんなことにはお金がかかる。才能を見込まれて学校に入れてもらった僕がそんなお金を持っているわけがない。
ある意味、お金がなくてよかったと思う。変な誘惑にふらつかずに済んだ。
ゴブリンにもリリみたいに人間の女子と区別がつかないような女性もいるが、よそ者の僕が色恋にうつつを抜かすほどの余裕はなかった。この村を追い出されたら本当に終わりなんだ。素行を悪くなんてできない。
「そんなことがあったんですね」
エルカさんは優しく微笑んで、それから僕の手の甲に手を重ねた。
「えっ?」
「スクルドさん、お嫌でなければですが、私と恋をしてみませんか?」




