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破門された神官、ゴブリンの村で第二の人生を送る  作者: 森田季節


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1 少年、ゴブリンを助ける

 僕はそれはそれは田舎の生まれだった。

 南の隣村にたどり着くまで徒歩1時間。ちなみに北側の隣村は最低でも徒歩数日。村の北側はすぐ山と森にぶつかって、人間が全く住んでないエリアが続いているのだ。



 そんな山と森は「無」の空間ではなく、大切な資源の宝庫だ。そこで木を切り出したりして、村民の多くは生活していた。



 でも、一方で「子供が一人で山に入ったらダメだ」と大人からきつく言われていた。



「いいか、スクルド、子供の時は絶対に山に一人で入るんじゃないぞ」



 近所の古老が幼い僕にこう言う。



「お爺さん、なんでダメなの?」


「山には怖い者が出る、まず、オオカミ。それと、クマ。こんなのに出会ったら終わりだ」



 オオカミもクマも知っていたから幼い僕は震えた。



「お爺さん、ほかにもドラゴンとか魔族とかもいるよね?」


「そういうのも怖いな。でも、このへんの山にはそんなのはおらんから出会うことはない。ドラゴンも魔族もはるか彼方に住んでおるからな」


「じゃあ、オオカミとクマにだけ注意するね。エルフは怖くないって聞いたし」


「いや、ほかにも怖いのがおる。ゴブリンだ」



 ゴブリンのことも知っていたが、そんなに怖いとは思ったことがなかった。



「ゴブリンなんてガキ大将のマースが石でぶん殴って倒したこともあるよ。子供でも勝てるんだからたいしたことないでしょ」


「バカ。それはマースが大人顔負けの体格なうえに、石を持っとったからだ。奴らの中には石をとがらせた槍を持っとる者もおるし、なにせ数が多い。ゴブリンの10や20の集団に囲まれたら大人だってどうなるかわからん」


「ゴブリンって非力だと思ってたけど怖いんだね」


「ああ。この世界にはいろんな種族がおる。エルフもドワーフも獣人も住む場所は違えど話し合えるし、友にだってなれる。国や州の高官になっておる者もおる。しかしゴブリンは無理だ。あいつらは人間もエルフもドワーフもすべて敵だとみなしとる。話し合えるほどの知能もない」



 古老は憎々しげな目をした。



「とにかく、ゴブリンは危険じゃ。スクルド、お前も気をつけるんじゃぞ」



 幼い僕の頭の中にはゴブリンが怖いという情報だけが入った。



 ゴブリンの足音らしきものは聞いたことはあるし、記憶にはないが、ちらっと背中を見たことぐらいなら僕もあると思う。



 だが、この地域のゴブリンも人間もかなり慎重らしく、ゴブリンが5歳の僕にはっきり姿を見せることはなかったし、大人も「この大木から先の森には入らないように」と何度も言っていた。そっちはゴブリンの縄張りなのだ。



 でも、その日、僕は偶然にも、そのテリトリーを破ってしまったのだ。










 僕の家は年の離れた兄さんと奥さんの家族しかいない。

 僕の両親は僕を生まれて少し後、流行病で亡くなってしまった。そこから先、僕を育ててくれているのは、20歳も離れてとっくに大人の兄さんの夫婦だった。



「スクルド、遊びに行ってなさい」



 その日も早めの昼食である薄い粥を食べ終わると、兄さんの奥さんであるカーミラさんがすぐにそう言った。



 5歳の僕でもわかる。カーミラさんは僕のことが嫌いで、できるだけ僕には家にいてほしくないのだ。



 もっとも、カーミラさんには二人の子供がいるから子育ては大変なのはわかる。そこにもう一人居候のような子供がいるのは面倒なんだろう。その点は少し同情もする。


 

「うん、遊びに行ってくるよ、お母さ――カーミラさん」


「また、お母さんって言おうとしたわね。あなたは私の子供じゃないんだから、絶対にそんな言い方しないで」



 過去に一回、お母さんと呼んでしまったら、カーミラさんが激怒したことがあった。どのあたりが腹立たしいことかはわからないんだけど、僕にお母さんと呼ばれることは耐えられないらしい。



「じゃあ、日が暮れるまで遊びに行ってらっしゃい。ああ、そうだ。これ、水筒ね」



 カーミラさんは僕に肩に提げられる水筒を渡してきた。陶器製のもので少し重いが、飲み水は大切だ。



「ノドが渇いたら飲みなさい。きれいな井戸水よ。感謝しなさい」



 逆らう権利なんて僕にはない。僕は森のほうへと向かった。






 といっても、森に一人で入って遊べるものなんて別にない。遊びの内容は自然と冒険ごっこになる。僕は薪や野草を大人が採取するための細い道を通って、森の奥のほうへと向かった。



 途中からは細い道からも外れた、野生動物が通った痕跡のようなところまで使って、どんどん奥へと入っていった。







「ここ、どこだろ……?」



 二時間後、僕は森のどこかで完全に迷子になっていた。



 はっきり言って自分のミスではある。しかし、迷ったのは事実だ。これからどうしよう……。




「多分、森の奥に入りすぎてるな……」




 ここから先に入るなと言われていた巨木はあくまでも、わかりやすい道を通った場合に目につくもの。人が通ってるかも怪しい道で先に進めば巨木に気づかずに奥へ入ってしまってもおかしくない。




 早く引き返さないとまずいとは思うけど、引き返す方角すらわからない。



 その時――何か、か細い鳴き声のようなものが耳に聞こえてきた。




「グゲェェ…………」




 最初は名前を知らない鳥かなと思った。でも、その声はもっと切実な響きがある。




 助けを呼んでいる。直感的にそう感じた。




「誰かいる? そうだよね」




 僕は声のするほうへと黙々と向かっていった、危険だから離れようという意識はなかった。その弱々しい声がそう危険だとは思えなかった。




「グゥゥ……ギェェ……」




 汚い声だと思ったが、一方で弱々しい声とも思った。




 そして、その声の主を見つけた。




 子供のゴブリンが足を押さえて横になっていた。




 黒と青が混ざったような変な色の血が足から流れている。

 どうやら折れた枝が刺さっているらしい。



 僕よりさらに幼くて小さい。人間の年齢とゴブリンの成長度合いが一致するかわからないから歳は知らないけど。



 ゴブリンには気をつけろと言われていたが、まともに動けなさそうな、それも僕より小さいゴブリンを恐れる必要はさすがにないはずだ。恐怖は感じなかった。




 そりよりも、助けなきゃという気持ちが先に心に現れた。



 隣村では足の折れたオオカミを治療してやったら、そのへんのオオカミはもう人を襲わなくなったという話がある。作り話かもしれないが、オオカミは賢いからありえないことでもないだろう。



 いや、お返しはどうでもいいな。それにゴブリンがお返しをくれるわけがない。



「おい、大丈夫か。助けてやるぞ」


「グゥゥ……ギエェッ?」



 助けるといっても消毒液も軟膏も持ってない。けど、ハンカチ代わりのきれいな柔らかい布きれはある。これを巻いてやろう。



 いや、傷口に泥がついてるとかえって化膿するかな……。そういうことは大人たちから聞いてるから、文字も読めない僕でもわかる。




「ウウェェ……クウェェェ……」



 ゴブリンの声がだんだん弱々しくなっている。気力がなくなってきている。どうしよう……。




 その時、自分の水筒が目に入った。




「これだ! 水も入ってる!」




 その水で傷口を洗う。


 それから、ハンカチで傷口をぐるぐる縛った。



「グゥゥゥゥ」



 さっきより声が安らかになったのはわかった。



「よし、これでいいだろ。まあ、あくまでも緊急のことだけど」


「グゥゥ。グゥゥ」



 おそらく感謝されている。



 ゴブリンは恐る恐る足で立ち上がった。骨が折れてるわけじゃないからちゃんと歩けるようだ。



「グガガ! ガガ!」



 ゴブリンはぽんぽん僕の背中を叩いた。おそらくありがとうという意味だろう。



 ゴブリンに対してだけど、これも一種の人助けだろう。少なくとも、天罰が下ることはないはず。



「そうだ。君、人間の村がどっちにあるか知ってる?」


「グガ?」



 そりゃ、通じないよな。じゃあ、家を描いてみたらどうだろう。


 地面に四角形と三角形で家をいくつも表現すると、そのゴブリンは意味がわかったらしく、簡単な地図を作ってくれた。というのも、線の途中に巨木らしき木の絵があったからだ。



「木まで行けば帰れるよ、ありがとう!」


「グゲー!」



 そのあと、ゴブリンと少し遊んで僕は帰路についた。



 また、あのゴブリンのいた場所に行こうと心に決めた。









「あなた、ハンカチを紛失したわね。ったく、ちゃんとしなさいよ。まあ、ただの布だからいいけど」




 帰宅後、カーミラさんに怒られはしたけど、僕はその間も笑っていた。



 ゴブリンのところに行けたのが楽しかったのだ。




 必ず、またあそこに行こう。


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