彼のしあわせ
彼が幸せになるには、どうすればよかったのだろうか。
すでに終わってしまった彼の人生を、次の私の人生の糧にするために。
彼の終わりは、なぜこうも失意にまみれていたのか。
彼の手のひらにあった幸せは、いつの間にかすべてこぼれ落ちていった。
子供の頃の彼の手には、溢れんばかりの幸せがあった。
『私はごく普通の小学生だった。よく遊び、よく食べ、よく学んだ。家族は優しく、先生や友達にも恵まれていた。毎日が幸せで、明日が待ち遠しかったことを覚えている。友達と喧嘩をしても次の日には、なぜか前より仲良くなっていた。
中学校に入って大きく変わったことといえば、違う小学校の友達が増えたことくらい。毎年の体育大会や合唱コンクール、修学旅行では京都に行った。
高校受験の時期は少しピリピリしていたが、問題なく合格できた。みんなが苦戦していた面接も、私は不思議とあっさり通った。今思えば、私は少し客観的に自分を見られる性格だったのだろう。遠い昔のことで、細かいことは覚えていない。それでも確かに、あの頃の私は幸せだった。』
彼の幸せがこぼれ始めたのは、高校の頃からだったのかもしれない。
『高校に入る前、環境が変わることをとても恐れていた気がする。しかし入ってみれば、なんてことはなかった。新しい友達もでき、部活にも入り、毎日は充実していた。』
彼の高校生活は好スタートを切った。放課後は友人と教室で語らい、休日は恋人と過ごす。そんな穏やかな日々だった。
『高校三年になると、みんなの意識が大学受験へ向かい始めた。私も例に漏れず大学を目指していたが、私は楽な方へ逃げてしまった。大変な勉強を投げ出し、周りが受験勉強に励む中、私はいつも通りだらだらと過ごしてしまった。』
結果は明白だった。彼は第一志望の大学に落ち、なんとか拾ってくれた私立大学へと進んだ。
この頃には、彼の手に残る幸せは半分もなかった。
大学での彼は、高校での失敗を忘れ、また同じことを繰り返した。
『第一志望の大学に落ち、最初は落ち込んでいたが、落ち込んでいても仕方がないと思い、ここでの生活を楽しむことにした。』
彼は大学でできる遊びをすべてやり尽くしたかのように遊び回り、酒を浴びるように飲み、潰れては授業をサボる生活を続けた。今の行動が将来の進路に繋がることなんて、考えることはなかった。
『私の大学生活は刹那的な楽しみで埋め尽くされていた。その場で一番楽しいことを選んでいたので、その時は確かに幸せだった。』
案の定、彼に残された就職先はろくなものではなかった。四年間の刹那の幸せは、将来の幸せを食いつぶしてしまったのだ。
彼の手には何も残らず、代わりに与えられたのは、明かりがつきっぱなしのパソコンだけだった。
彼が就職したのは、世間で“ブラック”と呼ばれる会社だった。
日々の生活は、消耗と焦燥の連続。
上司の叱責と終わりの見えないノルマに囲まれ、彼はただ、いつ終わるとも知れぬ暗い未来へ歩き続けていた。
そこには、子供の頃のような希望も、大学時代の刹那的な楽しさも、もう何ひとつ残っていなかった。
彼は、きっと幸せになれたはずだ。
こんな終わり方しかできなかったはずがない。
幸せになれなかった原因は、大学に落ちたことだろうか。
それとも、誘惑に負けやすい性格のせいか。
あるいは、過去の反省を忘れたからか。
ああ、やっとわかった。
彼が幸せになれなかったのは、私のせいだ。
小さい頃に幸せだったのも、今幸せを感じないのも――理由はそこにあった。
大学に落ちたのも、楽な道へ逃げたのも、反省を忘れたのも。
全部、私だ。
全部、私がやった。
自分の人生を「彼」なんて言ってる時点で、おかしかったんだ。
自分のことを他人事みたいに眺めて、
未来を誰かの物語みたいに扱って、
自分の行動が明日へつながっていることにも気づかないで――
こんな簡単なことを、最後まで。
……でも、もう大丈夫。
幸せのなり方に気づいたのだから。
きっと、次の私は上手くやるだろうさ。




