第3話:アリバイ
第3話:アリバイ
私の狭くて落ち着く事務所に戻った時には、すでに夜の帳が下りていた。机の上のガスランプに火を灯すと、橙色の光が部屋の隅の影を払い、向かいのソファに座る公爵令嬢の緊張した横顔を照らし出した。
エレノーラ・フォン・ヴァレンシアは、先ほどの衝撃からまだ立ち直れていない様子だった。彼女は唇をきつく結び、窓の外の虚空を見つめながら、何かを考え込んでいるようだった。
私は彼女に声をかけず、ゆっくりと自分のために紅茶を淹れた。今回は、彼女の分も淹れてみた。前回のように拒絶することなく、彼女は湯気を立てるカップを黙って見つめていた。それは、わずかだが前進だった。
「始めましょう。」私は開いたノートを彼女の方へ向けた。そこには、前世の習慣で走り書きした図書館の見取り図が描かれていた。「昨日の朝、目を覚ました瞬間から話してください。」
「朝から?」エレノーラの眉が再びひそめられる。「事件は午後に起きたのよ。朝のことなんて関係あるの?」
「ヴァレンシア嬢。」私は静かに彼女の言葉を遮った。「完璧な嘘というのは、積み木でできた高い塔のようなものです。一見すると完璧に見えますが、最も目立たない下の一片を引き抜けば、全体が崩れます。私たちの仕事は、その一片を見つけること。だから、質問に答えてください。」
感情を交えず、それでいて否応なく従わせる専門家の口調。それは、前世の取調室で私が学んだ技術だった。相手の心の防壁を崩すには、まず主導権を握ること。エレノーラはその威圧に呑まれたようで、深く息を吸い込み、ついに詳細な説明を始めた。
「……朝七時に起床。メイドのアンジェラに着替えを手伝ってもらった。朝食はオートミールとゆで卵。少しだけ食べた。八時から十時までは魔法史の授業。担当はベックマン教授で、クラスの二十数人全員が出席していた。十時から十二時までは宮廷礼儀の授業……」
彼女は細かく、少し苛立った様子で語った。その表情からは、こんな日常の羅列に意味があるのかと疑うような色が見えた。私は手早くメモを取り、時刻、場所、名前、出来事を一つ一つ対応させていった。彼女の一日は、私のノートの上で無数の検証可能なデータポイントへと分解されていく。
私の脳は精密機械のようにそれらの情報を処理していた。探偵としての魂が呼び覚まされていく。前世から受け継がれた、真実を求める飢えのような感覚が私を満たし、そして少し恐ろしくもあった。没頭しすぎて、また誰かを傷つけるのではないかという恐れ。しかし、目の前のこの謎には抗えなかった。
「……午後二時、礼儀の授業が終わった後、寮に戻って少し読書をした。だいたい二時四十五分頃に、図書館へ向かった。古代エルフ語の詩集を探すつもりだった。そして、事件が起きたの。」
ようやく語り終えたエレノーラは、私の反応を期待するように見つめてきた。
「どう? 魔法史から礼儀の授業まで、私は常に多くの人の目の前にいた。誰が見ても、あの本棚に細工する時間なんてない。これが、私の『アリバイ』よ!」
「アリバイ」と言った彼女の口調には、明らかに安堵と誇りが混じっていた。彼女なりに考えうる最善の弁明だったのだろう。
私はペンを置き、顔を上げて彼女を見つめた。
「ヴァレンシア嬢。あなたのそのアリバイは——」
私ははっきりと、一語一語を区切って言った。
「まったく役に立ちません。」
「……なっ?!」
彼女はソファから立ち上がり、信じられないという表情を浮かべた。
「私は、本棚に細工をする時間なんてなかったって言ってるじゃない!」
「相手の告発は、『本棚に細工をした』というものだったでしょうか?」
私は静かに問い返した。
彼女は、言葉を失ったように固まった。
「あなたの話と証言を照らし合わせると、この『殺人未遂』事件の核心となる告発はこうです——
あなた、エレノーラ・フォン・ヴァレンシアが、リリアン嬢との口論の末、
感情に任せて彼女を突き飛ばし、彼女が本棚に激突した。
衝動的な暴力行為だった、というのが相手側の主張です。」
私の言葉は冷たい針のように、彼女の最後の幻想を突き刺した。
「このシナリオにおいて、あらかじめ罠を仕掛けていたかどうかは問題ではありません。
あなたのアリバイは、誰も告発していない行為に対する証明にすぎない。
完璧ではありますが、あなたを守る盾にはならない。むしろ、裁判官や貴族たちには、
関係のない議論で焦点を逸らそうとする狡猾な策略と見なされるでしょう。」
エレノーラの顔色は、赤から白、そして青へと変わった。
誇りだったはずの盾が、ただの紙切れのように否定されたのだ。
彼女はよろめきながらソファに戻り、初めて絶望に似た表情を浮かべた。
「……じゃあ、私は……どうすれば……」
蚊の鳴くような声で、彼女は呟いた。
誇り高き公爵令嬢の鎧は、今やひび割れだらけだった。
私はその姿に、内心で微かに揺さぶられた。
かつて前世で何度も見た、被害者家族の顔。
巧妙な加害者に弄ばれ、訴える術を失った人々。
湧き上がる感情を押し殺し、ノートの向きを変えて彼女に差し出した。
「ここを見てください。」
私は彼女が先ほど述べた時間の一部を指さした。
「午後二時から二時四十五分まで、あなたは寮で読書をしていたと。どんな本ですか?」
「『風のささやき』……詩集よ……それが、どうかしたの……?」
「この四十五分が、あなたの一日の中で唯一の『空白時間』です。」
私は再び冷静な口調に戻った。
「誰も、あなたが本当に読書していたことを証明できない。この部分は弱点になります。
敵はここを突いて、『一人で密かに計画していた』という印象を植えつけるでしょう。」
「しかし——」
私は言葉を強め、
「この『詩集』が、私たちの突破口になるかもしれません。」
「今すぐ誰かを使って、昨日あなたが読んでいたまさにその本を持ってこさせてください。
新品ではなく、同じ一冊である必要があります。」
エレノーラは戸惑いながらも、反論する余地を失っていた。
もはや自分の判断に頼ることもできず、
ただ雇ったこの奇妙な平民探偵を信じるしかないと悟ったのだろう。
彼女は黙ってうなずき、立ち上がると、扉の外の侍従に指示を伝えに行った。
彼女の後ろ姿を見送りながら、私は椅子にもたれて、長く息を吐いた。
エレノーラのアリバイは、確かに脆弱だった。
だが、完全に無価値というわけではない。
それはまるで粗い地図のようなもの。宝の在り処はわからないが、
少なくとも既知の道筋は示してくれる。
そして、私がすべきことは——
その地図の外側、誰も気づかなかった真実への小道を見つけること。
その詩集こそが、その小道の入口なのかもしれない。
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