第12話:完璧な舞台
第12話:完璧な舞台
馬車がヴァレンシア邸へ戻る道中、車内の空気はまるで凝り固まった鉛のように重苦しかった。エレノーラはベルベットのクッションにもたれかかり、拳を握りしめ、その指の関節は力の入りすぎで白くなっていた。彼女の胸は激しく上下し、美しい緑の瞳には、見る者を呑み込まんとする怒りと屈辱の炎が燃えていた。
「なぜ私を引き止めたの?」ついに彼女は爆発した。怒りで震える声をあげる。「あの場で皆の前であの女と対決すべきだった!あの偽善的な顔を引き裂いてやるべきだった!」
「それでどうするつもりでしたか?」私は冷静に問い返し、あらかじめ用意していたカモミールティーを彼女の前に差し出した。「その後、あなたは激怒したまま、百の感情的で支離滅裂な弁解を口にするでしょう。リリアン嬢はただ涙を一滴流すだけで、あなたの全ての言い分を“逆上した悪者の言い訳”に変えてしまうのです。エレノーラ様、まだわかりませんか?」
私の声は冷静でありながら、否応なく力強かった。
「階段の上で、あなたの怒りこそが、リリアンの最も鋭い武器だったのです。あなたが怒れば怒るほど、彼女があなたに与えた『傲慢な悪役』という役柄にぴったりとはまっていくのです。あの場に留まるということは、戦っているのではなく、彼女の芝居の最後で最も重要な役を、自ら進んで演じていたに過ぎません。」
私の言葉に、エレノーラははっとしたように私を見上げ、唇を動かすも、言葉が出てこなかった。彼女の瞳から怒りが徐々に退き、その代わりにより深く冷たい覚醒が宿っていった。
「では……私はただ黙って中傷されるのを見ていろと?」彼女の声は低くなり、かすかに力を失っていた。
「違います。」私は首を振った。「ただ、私たちは別の戦場を選んだのです。観客のいない、真実と嘘だけが存在する戦場を。」私は彼女を真っ直ぐに見た。「今こそ冷静になり、ヴァレンシア公爵令嬢として、学院の風紀委員会に正式な申立てを行ってください。これは無実を証明するためではなく、証人全員と“公平な場”で対話する権利を得るためです。」
私の導きのもと、エレノーラは次第に感情を抑え、その高貴なる思考力を取り戻していった。彼女は気づいたのだ。この新たな戦いにおいて、怒りは最も劣った武器であり、冷静と策略こそが勝利の鍵であると。
翌日、学院の厳粛な会議室にて、私たちの訊問が始まった。風紀委員長は侯爵の息子で、厳しい表情を浮かべて上座に座っていた。リリアンは出席せず、「体調不良と心的外傷」を理由に、我々との直接対決を巧妙に避け、代わりに親友のクララを代理人として送り込んできた。
最初に呼ばれたのは、以前会ったことのある男爵の息子、フィリップだった。
「フィリップ様、」私は優しく語りかけた。「緊張なさらないでください。いくつかの細部を再確認したいだけです。昨日、階段で見たことをできる限り詳しく、もう一度説明していただけますか?」
フィリップは深く息を吸い、記憶をたぐり寄せるようだった。彼の目は以前よりもはるかに確固たるものとなっていた。
「はい。私は階段を上がろうとしていたとき、エレノーラ様が上から降りてくるのを見ました。リリアン嬢……エステル嬢は、クララ嬢と一緒に踊り場にいて、エレノーラ様を見て微笑み、挨拶をしようとしました。しかし、エレノーラ様は彼女に目もくれず通り過ぎ、その際、右手で彼女の肩を押したように見えました。そして……エステル嬢は驚いたように叫び、転んでしまいました。」
彼の証言は滑らかで自然で、細部に満ちていた。私は頷き、次の証人へと視線を向けた。彼女はエレノーラと折り合いの悪い伯爵令嬢だった。
私は同じ質問をした。
彼女の答えは、フィリップの証言とほとんど一言一句違わなかった。エレノーラの降りてきた角度から、リリアンの微笑みの表情、そして「右手で肩を押す」という重要な動作に至るまで、すべてが驚くほど一致していた。
三人目も、四人目も……呼ばれたすべての証人の証言は、同じ鋳型で作られたように、完璧に一致していた。
エレノーラの顔色はみるみるうちに険しくなり、握りしめた拳は彼女の焦燥を物語っていた。前回の図書館の事件では、証言者たちの間に矛盾があったが、今回はすべての人証が鉄壁のように揃い、もはや反論の余地はなかった。
訊問が終わると、風紀委員長はこちらを見た。その目はまるで「人証は揃っている、まだ何か言うつもりか」と語っているかのようだった。
私は静かにノートを閉じ、彼に深く礼をした。「ご協力、誠にありがとうございました。本日の訊問は十分でございます。」
事務所に戻ると、エレノーラはついに堪えきれず、部屋の中を焦燥とともに歩き回った。「どうしてこんなことに?なぜ……なぜ全員がまったく同じことを言うの?そんなはずない!」
「そう、そんなはずがないのです。」私は椅子に座り、かつてないほど冷静な表情で答えた。「だからこそ、それが最大の矛盾点なのです。」
「どういう意味?」彼女が問い返す。
「エレノーラ様、思い出してください。どんな突発的な出来事でも、場所や心境が異なる人々の記憶には必ずズレが生じるものです。誰かは位置を間違え、誰かは動作を誇張し、誰かは途中の過程を見落とす。それが“本物の”記憶のあるべき姿――混沌としていて、個人の色に満ちている。」
私はペンの先で机を軽く叩いた。
「ですが、今日私たちが耳にしたのは何でしょう?まるで何十回も稽古された脚本のようでした。誰もが同じセリフを語り、その証言はもはや記憶ではなく、“模範的な証言文”の暗唱のようでした。」
私は顔を上げ、すべてを見抜いた眼差しで言った。「私の推測では、事件が起きた直後、皆がまだ動揺して混乱していた最初の時間に、リリアン嬢、もしくは彼女の仲間が、“心配”や“状況確認”を口実に目撃者たちを集め、あらかじめ用意された簡潔で明瞭な説明を用いて、彼らの記憶を“整理”したのです。そうして彼女の語る物語を、皆の頭に植え付けた。その瞬間から、彼らが信じているのは、もはや自分の記憶ではなく、リリアンが与えた“物語”なのです。」
エレノーラは息を呑んだ。その人心を操る手法に戦慄が走った。
「これは、完璧な舞台です。」私は結論づけた。「自分が真実を見たと信じ込んでいる者たちと議論することなどできません。証人という道は、我々にはもはや通じないのです。」
「では……」エレノーラの声には失望の色が滲んでいた。
「だからこそ、別の道を探すのです。」私は立ち上がり、窓際に歩み寄って遠くに見える学院の方向を見つめた。「“人”は嘘をつき、時に自分さえも騙す。でも、私は決して嘘をつかない証人を探しに行きます。」
私の眼差しは鋭さを増していた。
「石、埃、布地に付着した繊維……それら無言の存在の方が、喧しい群衆よりもずっと信頼できる。エレノーラ様、準備をお願いします。現場にもう一度戻ります。今度こそ、本当の現場検証を行うのです。」
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