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悪役令嬢 A面

「突然ですがっ!ずっとあなたのことが好きでした!!僕と結婚してください!!!」


フェリクス・ヴァイツは前世を通しても一度もしたことのない愛の告白を、一度も話したことのない悪役令嬢相手に、衆目の前で高らかに…してしまった。無駄に大きくなってしまった声量がビリビリと空気を揺らして、告白相手のご令嬢は耳に手を当て眉を顰めた。


何でこんなことにと、本人が一番思っているこの事態を招いたのは、数刻前に始まった茶番劇からだった。







「アデリナ・クーネンフェルス!貴様との婚約を今夜破棄する!」


華やかなパーティー会場に王太子の声が響き渡る。彼の腕には亜麻色の髪の愛らしい女性が寄り添っており、怯えたように体を震わせている。それとは逆に、彼らと対峙する女性はひとりで背筋を伸ばし凛とした姿勢を保っていた。


王太子と公爵令嬢の婚約披露パーティーで起こった出来事に困惑する招待客の中で「コンヤクをコンヤハキってちょっと韻を踏んでみたのかな?」と場違いな感想を抱いた青年は、口の中で大事に咀嚼していたシュニッツェルをゴクリと飲み込んだ拍子に前世の記憶を思い出した。


「シュニッツェルって大袈裟な名前だけど、これ普通にカツレツじゃん?…じゃなくって、ここってあの漫画の、例の場面じゃないか!?」


彼が思い出したのは前世の無料漫画サイトで読んだ『わたくし悪役令嬢ですケド、ざまぁして幸せになりますわ!』という短編アンソロジー集のvol.13『婚約破棄された悪役令嬢はスパダリ魔族に溺愛される〜君のためにいらないものはすべて壊したよ〜』の一場面である。

彼の記憶が正しければ、この後王太子に追い詰められた他称・悪役令嬢アデリナのもとに魔族のイケメンが現れる。そして彼女に愛を囁くついでに、今まで彼女を虐げた婚約者や家族をぶっ殺すのだが、その際に特に関係のない国民の皆さんも巻き添えで皆殺しになるのだ。…なんで?

前世の彼は「ざまぁの当たり判定デカすぎるだろ」と半笑いでブラウザを閉じたが、今の彼はその判定の只中にいる。今世はまだ20歳になったばかりで「死にたくない」という気持ちが、考えなしに彼の足を動かした。


「理由をお聞きしてもよろしいですか?エッケハルト殿下」

「アデリナ!貴様はこの可憐なカリーナに日頃から暴言を放ち、物を隠す、突き飛ばす等、常習的に虐めを行った!許しがたい卑劣さだ!そんな者は私の婚約者に相応しくない!!」

「エッケハルトさまぁ…カリーナとってもこわいですぅ」


お約束の会話の後に、これまたお約束で「私はそのようなことはしておりません!」と身の潔白を訴えたアデリナだったが、目の前の二人はもちろん、家族や友人達からも受け入れられず唇を噛んだ。

そのとき、彼女の背後の空間が歪み魔族のイケメンが現れ「俺の愛しいアデリナ…こんな愚者どもに君は相応しくない」とか甘く囁くのがこの後の展開のはずだった。だがそれはペコペコと謝りながら人混みをかき分けて、勢いよく走り込んだ青年によって改変された。


「すみません!それ!ちょっとまってください!!!」

対峙する両者の間に青年はズザァァァッと滑り込んだ。町内会の軟式野球大会で練習したスライディングは転生後に生かされるという知見を得た彼は、しかしまだセーフ判定は出ていないことに気が付いた。


突然割り込んできた異物を、悪役令嬢も王太子側も冷ややかに見下ろす。何の策もなく突っ込んで来てしまった彼は、床との摩擦で汚れたズボンもそのままにスッと立ち上がりしばらく考えた後に、もう一度しゃがんで膝立ちになると、冒頭のセリフを叫んだのだった。


しん、と静まり返った会場に、焦った彼は「あっ、あ、あ、アアァイッ、アッ噛んだ…アッ愛しています!!!」と声を上擦らせた。この恥の上塗りは聴衆の共感性羞恥を大いに刺激したし、フェリクス自身も涙目になる程後悔していた。






布張り屋根の安普請な馬車にフェリクスとアデリナは向かい合って座っていた。

大告白劇の後、フェリクスをまじまじと眺めた王太子は爆笑しながらこう言った。


「フハハハ!貴様に相応しいじゃないかアデリナ!喜べ!こいつとの婚約を認めてやる!」


というわけで、パーティー会場から出てすぐに2人はフェリクスの故郷に向かっている。急逝した父母と兄の後を継いで一応伯爵位を継いではいるが、フェリクスはどこを取ってもパッとしない人間である自覚はあった。中肉中背で茶色いパサパサの髪にそばかすの浮いた童顔はまさに十人並みと評するに相応しい。

比べてアデリナは、輝くような金髪にサファイアに似た美しい瞳を持ち、やや吊り目でキツく見えるが華やかな容貌の持ち主だ。背が高くスマートでモデルのような体型に似合う青いシルクのドレスが、悲しいほどに質素な馬車の内装から浮いて見える。その美しい彼女の唇から、氷のような温度の言葉が溢れた。


「なぜ私に愛の告白を?あなたの狙いは何?」

「あっ、あなたがそのあまりにも美しくて、その…」

「婚約破棄されるような余り物なら手に入ると思った?」


言い淀むフェリクスの声を苛立ったように遮って、アデリナが皮肉に唇を歪めた。


「私を娶っても公爵家からの援助はないわよ。おあいにく様ねヴァイツ伯爵」


狭い座席で足を組み替えたために、フェリクスの脛にハイヒールの爪先ががつりと当たったが構うことなくクスクスと笑うアデリナを見て、フェリクスは「ああ、悪役令嬢だなぁ」と場違いにも感心していた。








「田舎ね」

「はい」

「何もないじゃない」

「自然にあふれています」

「それを何もないと言うのよ。覚えて」

「…はい」


数日間の馬車の旅を終えてヴァイツ伯爵領に着いたアデリナが呆れたように辺りを見回す。途中の街でフェリクスに買わせた赤いデイドレスが一面の緑の中で悪目立ちをしていた。『王都に行った領主が女性を連れて帰った』という知らせは、田舎の貧乏伯爵領にあっという間に広がった。




「なんであの連中は言う事を聞かないのよ!?」


何もない田舎に着いたアデリナはさっそく領地の改革に取り掛かることにしたらしく、そんな彼女に「悪役令嬢だなぁ」と思いながらお供していたフェリクスは、いま怒った彼女からペンやら丸めた紙やら文鎮やら暴言やらをぶつけられていたが、アデリナが花瓶を手に取った段階でようやく止めた。


山に囲まれた伯爵領の資源に目をつけたアデリナは、林業を営む地元のおじさん達に自身の構想を話し手伝うように命令したが、彼らから返って来た言葉は「嫌だで」だった。


「もういいわ。連中ごと焼き払いましょう」


手のひらの上に火の塊を作ったアデリナが怪しく笑っている。この世界には魔法があるが使える人間は少ない。選ばれた人間の証である炎を眺めながら「悪役令嬢だぁ」とフェリクスはひどく感心していた。


「彼らがいなくなってしまうと山が荒れてしまいますので、その、ご容赦くださいアデリナ様」

「全部無くなればいいのよ!そこに馬車の通れる道を作るわ!そうすればこの田舎にも人とお金が集まるでしょう!?」

「ここは隣国に近いです。この山地が天然の要害となって他国の侵攻を防いでいるのです」

「兵士に守らせればいいのよ!」

「兵士を養うには金が掛かります。この伯爵領では賄えません」

「なんなのよあなたは!否定しかできないの!?」

「全てに反対という訳ではありません。貴女の発想は素晴らしいです。でもその前に問題を少しずつ解決していきませんか?」


取り敢えず食事にしましょうと出された物にアデリナは絶句した。


「なんなのよこれは!」

「お口に合いませんでしたか?」

「そんなわけないでしょ!?このキノコはとても芳醇な香りがするし、この肉は口の中で蕩けるみたいに柔らかくて美味しいわ!」

「ありがとうございます。両方ともこの領地の特産物ですが、ほかの地方では不人気なので安心しました」


キノコは臭い、牛肉は柔らか過ぎて腐っているのではと言われるのだとフェリクスから説明されて、アデリナは「信じられない…」と呟いた。

それから彼女の行動は早かった。公爵令嬢として培った人脈を生かして伯爵領の特産品を宣伝した。人気が出ても安売りすることなく、販売量を絞って希少価値を出し価格を釣り上げる彼女の後ろで「悪役令嬢だぁ」とフェリクスは感嘆していた。


資金を作り、増やし、領地の改良に当て、また増やす…そんなサイクルを回しながら3年ほど経ったが、アデリナとフェリクスの関係はまだ婚約者のままであった。堂々と歩く赤いドレスの女性に着いて歩く従者のような領主の姿は、地元の住民には見慣れた光景になっていた。



「やい領主様!見たこともないバカいかい馬車が来たでぇ泡食って止めたらさぁ、乗ってるのが王様の舎弟だとか言うに。やいやいどうすっかねぇってなったもんで、俺っちが飛んできたんだけんども!」

「…この方は何を言ってるの?」

「とても大きい馬車が来たので慌てて止めたら国王陛下の使者を名乗る者が乗っていたので、急いで知らせに来てくれたそうです」


ある日の昼下がり、領主の執務室に領民が飛び込んできた。訛りのキツさにアデリナの眉間に皺が寄る。


「アデリナ様もそろそろ言葉を覚えんと、領主様もやっきりするら」

「アデリナ様がここに居てくれて嬉しいと言っています」

「…取り敢えず、その使者とやらに会いましょう」



国王の使者として訪れたのは、第二王子殿下だった。

彼曰く、アデリナと婚約破棄した王太子は恋人と結婚したが、彼らは王太子夫妻としての仕事をこなさないばかりか浪費を重ねていた。しまいには横領まで発覚し、不正に国庫を圧迫したとして廃太子になったと言う。それに伴い第二王子が立太子する運びとなったが、彼には婚約者がいない。王太子妃に相応しく未婚である女性というのは、そうそういるものではない。


「お約束だなぁ」と思いながらフェリクスはチラリとアデリナの横顔を伺う。フェリクスや領民の前では怒りのままに吊り上げられる目元は、今は涼しげに細められている。第二王子の方にも目を向ける。金髪に緑色の目、眦と前髪と顎が尖ったいかにも女性向け作品のヒーローといった容姿をしている。王太子に婚約破棄された悪役令嬢が第二王子に溺愛されるというのは王道中の王道だ。少し遠回りをしたが物語というものは落ち着くべきところに進むのだとフェリクスは納得した。



程なくフェリクスとアデリナの婚約は解消されたが、第二王子から多額の慰謝料のようなものが支払われた。アデリナの稼いだ分と合わせると伯爵領も随分と潤った。これだけあれば彼女の言っていた馬車の通れる道ももっとたくさん作れるだろうかとフェリクスは思いを巡らす。

領民達は若い領主の肩を叩きながら、あんな美人じゃなくていいからもっと大人しい嫁を貰えと口々に叱咤した。その訛りきった口調を、もう内容を隠蔽しながら翻訳する必要がないことが寂しくて、フェリクスは一人になった領主邸で少しだけ泣いた。




婚約解消から1年ほど経った頃、「またいかい馬車が来たに。王家の使いずら?」とフェリクスの元に領民が知らせに来た。「結婚式の知らせだろうか?」と考えて、まだ胸がずきりと傷む自分に苦笑しながら急いで出迎えようとしたフェリクスは、何者かに背後から殴られて昏倒した。


意識を取り戻したフェリクスは、自分がフカフカとした毛足の長い絨毯の上に転がっていることに気が付いた。身を起こして周囲を見回すと、豪華な装飾のされただだっ広い空間が広がっている。創作物でよく見た“謁見の間”に似ているなと思った彼は“玉座”と呼ばれそうな豪奢な椅子に腰掛けた、懐かしいというにはまだ生々しい記憶のある人物に目が釘付けになった。


「アデリナ様…?」

「ずっと思っていたのだけど、なんで婚約者に様をつけて呼ぶのよあなたは」


元々吊り気味の目を更に吊り上げた真っ赤なドレスの女性が、やや無作法にも肘掛けに置いた手で頬杖をつきながらフェリクスを見下ろしていた。


「いや、僕たちの婚約は解消されてますから…」


気になることは山ほどあるが、まずそこから手をつけたフェリクスにアデリナがピシャリと言い放つ。


「いいえ、あなたと私は婚約者のままよ。だって私がそう望んだから」

「えっ?いやあの、だって王家からの要請ですよ?断れないですよね?」


フェリクスは混乱する。なんだか色々めちゃくちゃなので、これは自分が見ている夢かもしれないと彼は思った。そう考えると納得できるくらい、不思議で都合がいいと。


「出来るわ。あなたが教えてくれたでしょう?とっておきの攻略法を」


そう言って怪しく笑ったアデリナがパチンと指を鳴らすと、彼女の足元からヒトのような頭が生えて来た。驚きに「ギャッ!」と声を上げたフェリクスは、だがその頭に生えた山羊ようなツノを見て気が付いた。


「あっ、ざまぁの適用範囲のデカいイケメン魔族?!」


前世で読んだ漫画で王国民を一網打尽にざまぁする魔族の青年が、大理石の床から頭を生やしていた。


「えっ?えええっ?なんで??」

「呆れた。本当に覚えていないのね。あなたが酔っ払って話したんじゃない」


アデリナ曰く、酒を飲んで前後不覚になったフェリクスが、自分の前世のこと、前世で読んだ漫画のこと、今の自分たちはその漫画の登場人物であることをすべてベラベラと彼女に話して聞かせたらしい。


「そのとき王家の伝承を思い出したの。建国の王が倒した魔族を使役していたってお話をね。魔族の魂は建国王の墓に封じられていて、王家の血を引くものに再び仕えるだろうってね。ただのおとぎ話だと思っていたんだけど、本当だったみたい」


公爵令嬢であるアデリナも王家の血を受け継いでいる。そこで王城に入った彼女は建国王の墓に向かった。


「荒らしちゃったんですか?!お墓?!」

「私はしていないわ。だってとっくに暴かれていたんですもの」


アデリナに婚約破棄を突き付けたほうの王太子が、金目のモノ目当てに既に暴いた後だったらしい。そこで封印が解かれた魔族は、自分が仕えるに相応しい血と才を持つものを探して彷徨っていたのだという。


「アデリナ様は私が仕えるに相応しい!彼女こそが私の王です!」

「ワッ!?シャベッタ!?」


頭だけ出したまま急に声を張り上げた魔族にフェリクスは驚いたが、その頭をアデリナが真っ赤なピンヒールで踏みつけたことで更に仰天した。


「誰が喋っていいと言ったの、黙りなさい。という訳で、私がこの国の王になるわ。そして王配を迎えます」

「えっと、それはその、そこの魔族の方…ですか?」


不機嫌そうに顔を歪めたアデリナに「あなた、賢くて役に立つからって犬と結婚するの?」と言い放たれて、フェリクスは動揺した。彼女に踏まれたまま恍惚とした魔族の顔が目に入って、確かに種族の不一致というのは致命的かもしれないと考える。


「では、第二王子殿下ですか?」

「あいつ?あのポンコツ王太子が致命的なやらかしをしても自分から出て来ずに、周りが担ぎ上げてくれるのを何年も待ってるようなボンクラと?冗談じゃないわ。速攻で捨てたわあんなの」


一分の隙もない毒舌は腑に落ちたが、有力な候補者がすべて消えてしまった。ぐるぐると考え込んで戸惑いに彷徨わせたフェリクスの視線は、自分を見下ろすアデリナのそれとかち合った瞬間に逸らすことが出来なくなってしまった。


「私に言うことがあるでしょう?もう一度聞いてあげるわ」


その言葉に操られるようにフェリクスの足が動く。空気を読んだのか魔族は既に床の中に消えていた。フェリクスはかつてそうした様に、玉座に腰掛けた彼女の前に片膝をつく。


「ずっとあなたのことが好きでした。僕と結婚してください」


ヤケクソじみた大声で目も合わせられずに叫んだ初対面のやり直し。

今度はしっかりとサファイアのような瞳を見つめて希うように告げた。


「そうね…いいわ。結婚してあげる」


もったいつけるような言い方とは裏腹に、大輪の薔薇のように微笑む彼女を眩しく見つめながら「ああ、悪役令嬢だなぁ」とフェリクスは湧き上がる幸福感を噛み締めた。




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― 新着の感想 ―
悪役令嬢無双かっこいいです! ツンデレは幸せを逃がす派の私としても アデリナ様の魅力には抗えない…! なんだかんだで愛のあるふたり、お幸せに!
領民の会話が、親戚のおっちゃんたちの吹き替えで再生されました。夜中に掛川茶吹きました。面白かったです!
遠州弁?にめっちゃ笑いましたw好きです!
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