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第3話 『美の極致』を押し付けられた件

「そうなんですか?」


 アネッテは師であるアーレストの荷作りの手伝いをしながら首を傾げた。


「そうなんだよ。新しく元首補佐官に着任したコルネリス・レンスヴォーデ様は芸術がどうも……お嫌いらしくてね」

「へえ。どういうお方なんですか?」

「年齢は……確か二十五歳」

「随分と若いですね」

 

  二十三歳のアネッテはそう言った。


「ああ。優秀なお方なんだ。七大貴族のレンスヴォーデ家の当主で、フェルデン大学の法学部を首席で卒業したんだよ」

 

 七大貴族といえば元首をよく輩出している貴族のことで、信じられないほどの超名門。フェルデン大学はエヴァリエなどという小さな海運国ではなく、大陸中部にあり学術が盛んなシュタート帝国随一の大学だ。


  そんなことを考え合わせて、アネッテは目を剥いた。


「かなり……マジでヤバい方じゃありません?」

「語彙がなくなってるぞ〜。ま、語彙をなくすほどすごい方なんだよね。だからなんというか」

「なんというか?」

「初めてお会いした時に、なんだか固いな〜、ヤダな〜、って思ったんだよね」

「師匠は嫌な依頼人を私に押し付けるおつもりなのですか?」

「え〜、そんなことないよぉ〜」


 そんなことあるだろ。アネッテは内心でアーレストに突っ込んだ。


「それに、絵を頼んだことがないらしくて、報酬金のことでもかなり揉めてさあ、なんと元首様まで出てきて何とか丸く収まったって感じで」

「師匠、本当に嫌な依頼人を私に押し付けるおつもりで?」

「え〜、そんなことないよぉ〜」


 アーレストはトランクを閉めながら言った。


「なんかさあ、『芸術とは金の無駄では?』っていう雰囲気がビンビンに漂ってきてさあ〜、ボクとしては、そりゃコルマールの国王陛下のほうがいいよね〜って」

「師匠、本当に嫌な依頼人を私に押し付けるおつもりで?」

「え〜、そんなことないよぉ〜」


 アネッテはむすっとした。師匠のこういう適当なところは欠点だと思う。


 アーレストは「あ」と手を軽く打った。


「でも、とっても外見は美しいよ。神が精巧に創りたもうた人形、美の極致って感じで。芸術家ならあの方をモデルに描きたいって人は多いんじゃないかなあ」

「師匠は芸術家ではないので?」

「一流の芸術家は一見美ではないものから美を見いだすからね! てなわけで君に譲ってあげるよ。『美の極致』を! 勉強になるから」


 何だかうまいこと言いくるめられている気もするが、「勉強になるから」と言われると勉強熱心なアネッテは断りづらい。


「それにさあ、お金ないんでしょ」

「ぐっ」


 へそくりを船頭に盗まれた件をアーレストは知っている。彼は快く、制作費や食費などの面倒を見てくれた。


「偽物画家なんて汚名は、キミがレンスヴォーデ家の当主にして元首補佐官の肖像画を描いたら一発で解消するよ。汚名には実力で対抗、だよ!」

「……うっ」


 そう言われてしまうと何とも言えない。


「……受けます」

「よろしい! は〜! よかった!!」


 アーレストは心底ホッとした表情を浮かべている。本当に嫌な客だったのだろう。


 一週間後、画材道具一式を持ったアネッテはアーレストと一緒に運河を行く船に乗っていた。ゆらゆらと揺れる船と、風が心地よい季節になってきた。

 心地よさに身を委ねていると、船は元首公邸が間近に見える船着場に停泊した。


 アーレストは船着場を降りると、アネッテを招いた。


「元首公邸で描くのですか?」

「いや、違うよ」


 歩いて三分ほどすると芝生の広がる大きな庭が見える鉄柵門があった。アーレストが門番に自己紹介すると、すぐに中に入れてくれた。今まで行ったことのない大きな屋敷が目に飛び込んできた。


 白亜の列柱の並ぶ、優雅で華麗な印象の屋敷だ。


 屋敷からは、背が高く髭が印象的な栗色の髪の、優しそうな中年の男性が出てきた。


 ——あの方がレンスヴォーデ様? にしては少し年を取っている気がする……。


 すると、アーレストは大きく手を振った。


「バルさん!」

「アーレスト様!」


 アーレストは飛んで行って、その中年の男性を抱きしめた。何か近況を親密に話している。それどころかキスまでしている。


 ——あー、師匠の新しい彼氏か〜。手が早いからなあ〜、師匠は。


 直後、アーレストは振り向いて「バルさん」と呼んだ男を紹介してきた。


「紹介するよ。レンスヴォーデ家の家令のバルトロメウスさん。バルさんってボクは呼んでる」


 アネッテは急いで頭を下げた。


「あ、アネッテ・ドルスマンと申します——」

「聞いていますよ」


 バルトロメウスは目を細めた。


「アーレスト様が信頼なさる優秀なお弟子様だと」

「そ、そんな……」


 アネッテは頬を染め上げた。バルトロメウスは微笑んだ後、すぐに土下座をした。


「お願いします!」

「は?」

「主君コルネリス様は美に無感動なのです。お小さい頃から! 夕日を見に行って『綺麗ですね』と申し上げたら『日が沈んでるだけでしょうに』と返されました。大奥様が丹精込めて育てた薔薇をご覧になっても『薔薇は食べられないから植えなくても』という味気ない返答しか……」

「ええと……合理的な方なんですね」

「ええ! 結果、今は先祖代々から受け継がれた絵を売り払い、レンスヴォーデ邸を『無』にしようとなさるほどなのです! 元首閣下のおすすめとはいえ、肖像画を描くことをお許しになることは珍しく……」

「は、はあ」

「旦那様の見識を変えていただきたい! 自分の肖像画を見て『……悪くないな』程度には感動していただきたい……」

「それって、自分大好きな人みたいな感じにならないですか!?」


 すると、アーレストが手を振ってきた。


「じゃ、バルさんにも会えたし、ボク、コルマール王国行くね!」

「今行くんですか、師匠!!!」

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