エリック、漂着した者たちと合流する
「……まったく、便利な魔道具だぜ。なぁ、フリッツ」
「へい、エリック船長。帝国どころか大陸を探しても無さそうです」
「そうだな。ホント、あの女たちはなにモンなんだろうな?」
「エリック船長の言ってた幻の……大陸の者じゃないですかね?」
「……自分で言い出しておいてアレなんだが、実際のところどうなんだろうな」
フリッツも、デザイアの前だと言葉少なだけど、アレの目が無いと普通に話せるんだよな。
ヴァンが消されたことで畏怖を感じているだけなのか、それとも直感的にヤバイ女だと感じているのか、いずれ下手なことは口にしちゃいけない相手だと思っているんだろう。
そういえば、そのヴァンの状況を確認するとかで、隼を飛ばしていたが、従者の女、……イステールと言ってたな、隼もやたら懐いているようだったし、使い魔的な鳥なんだろうか。
そういった実力を持つあの女たちをジョンとダッチーは甘く見すぎている。
女たちの船を奪って自分たちの物にして、国から私掠船免状を発行してもらおうなどと、それが叶わなくても帝室に船を献上すれば、それなりの褒美や栄誉にありつけるだと?
実際に私掠船免状を持った連中が貴族位を拝命し、莫大な富を築いたって話も幾つかある。確かに、帝国男子として産まれ出でたのなら、一度は富と名声を得て成り上がる夢は過分にして見るだろう。
しかし、だ。相手が不味い。奪う前段階で既に無理だと解る力を持っている。それに、本当に幻の大陸から来た者だとすると、大陸国家間の外交問題に発展しかねない。
そんな女たちがいまも見返りなく漂着者たちを救助、保護してくれている。そして、恩を感じているからこそ、俺も手を貸している。
俺たちの居ない間に、ジョンたちがそれを裏切るようなことをして、怒りや不評を買わなければいいのだが……。
などなど、様々なことに思い馳せているうちに、漂着者たちの居る砂浜が見えてきた。
「フリッツ。もうすぐ砂浜だ、このまま乗り上げる」
「へい、エリック船長」
魔道具の肝と言っていた、水中にある円筒形の部分が海底や地面に当って壊れないよう、起動スイッチなるモノを操作して、停止させから小舟の内側に倒した。
俺とフリッツは衝撃に備えて、小舟の淵に付いているロープを掴んだ。これまでに何度かやっているから慣れたものだ。
次の瞬間、小舟の速度はそのままに、勢いに任せて砂浜へ乗り上げた。自分たちと周りの安全を確認して、担架に遺体収容袋と毛布を乗せて小舟を降りた。
少し離れた所にいる漂着者、船の仲間たちや奴隷たちが集まっている場所へ向けて歩いていく。海で遭難したときは、敵味方関係なく助け合うのが暗黙の了解になっているが、どうやら上手くやっている様子だ。
俺たちの姿を見て仲間たちは喜びはしゃいで、奴隷たちは沈鬱な表情になっている。俺の話を聞いたら、どっちも困惑の表情を浮かべることになるだろうと、内心で苦笑いを浮かべながら近付いていく。
「船長、エリック船長っ、ご無事でしたか!」
「おお、航海長じゃないか、生きてたかっ!」
「ええ、船から投げ出されたときはどうなるかと思いましたが、どうやら運がよかったようで、ここに流れ着きました」
「そうか、……そうかっ!!」
あの大嵐で、海に投げ出されたと思っていた航海長が生きていた。正直、それだけでも心強いし有り難い。ウチの跳ねっ返りどもを抑えられる手数が増える。
「……ところで船長、あの巨大な船はどこ所属なんだ? ……帝国のじゃないよな?」
「そのことなんだが、みんなの居る場所で話そう。奴隷たちも一緒に、だ……」
俺とフリッツは、訝しげな表情を浮かべた航海長に伴なわれ、みんなの居る場所まで移動した。
運んできた担架を一旦地面に降ろしてから、そこに居る全員に声を掛けると、船員たちは喜び勇んで、奴隷たちは渋々といった感じだったが集まってくれた。
全員が揃ったところで、デザイアという謎の女に助けられた話をした。
あくまでも推測として、幻の大陸から来た者たちと思われるが、現時点では所属不明。漂着者たちは国に返してくれると約束してもらっている。船の中で治療と軽い食事も提供してくれた。
一応、友好的な態度ではあるが、少しでも反抗的な態度をとると文字通り消される。実際に反抗的な態度を取ったウチの船員のヴァンが消された。無事だとは言われているが、いまのところ安否の確認はできていない。
未知の魔法を使い、技術力も帝国を凌駕している。そんな相手に、こちらから下手を打つと大陸間の外交問題にもなりかねない。国に帰るまで、できるだけ穏便にやり過ごしたいから、反抗的な態度はとらないで欲しい。
「以上だ」
主にウチの船員たちに釘刺しも兼ねて話をしたつもりだが、それを聞いた者たち全員が案の定、困惑の表情を浮かべていた。
船員たちは動揺から挙動不審になり、奴隷たちは言葉なく立ち尽くしていた。そんな中、最初に口を開いたのは航海長だった。
「……まいったな」
「俺の推測や願望も入っているが、帝国には報告だけで済ませたい」
「……特級案件だ、そいつぁ無理だろう」
「やっぱり無理そうか」
「しかし、それがホントだったら船長が一番最初に幻の大陸の手掛かりを見つけた者になるな」
「……そうなるのかね」
俺と航海長が話をしていると、奴隷たちが騒ぎ出した。
「お、俺たちはどうなるんだ!?」
「そうだ、俺たちはどうすればいいんだ!!」
「国は、国は、お前ら帝国に滅ぼされて帰れる場所がない!」
当然の反応か。だが、いまの俺はどうのこうのできる立場じゃない。デザイアに丸投げだ。
「それに関してはあの船の持ち主であるデザイアに聞いてくれ、俺はここに居る全員を船に載せる仕事を請けただけだからな」
「お前が代表じゃないのか? そんなの無責任じゃないか!」
「安心しろ。とは言えないが、デザイアにとって俺たちも奴隷も関係なさそうだ。どちらもそれなりの待遇で接してくれている」
「……お前らの言うことは信じられない。俺は行きたくない、ここに残るぞ」
「結局、帝国に連れて行かれるんだったらここに居た方がマシだ!」
「……なら、ここで野たれ死ぬか? 魔法を使えなければ、火はもちろん、水も食料も簡単に確保できないぞ」
砂浜の奥を見やる。人の立ち入ることを拒んでいるような鬱蒼と生い茂る木々。中に入ったとして、どの木がどんな実を付けているかすら判らない。
運よく、木の実や果実なんかを見つけて採れたとしても、植物や農産物を扱っている者の鑑定なくして、それが安全に食べられる物なのかは不明だ。
水も同様。たとえ綺麗な水を発見できたとして、それが安全なのかは判らない。現状で火を起こせて、それを沸騰させる方法があったとしても、腹に当たる可能性は捨てきれない。
「奴隷に落とされて自暴自棄になっているかもしれんが、少しは生き残れる可能性を考えたらどうだ」
威勢のよかった奴隷たちが一歩引いて互いの顔を見合う。
「……あたしゃ、少しでも生き残れそうな方に賭けたいね。あんたらに、付いて行くよ」
「私も、行きます」
横になっていた者たちの近くに居た二人の若い女性が立ち上がり前に出てきた。
反発していた奴隷たちがザワついたが、女性たちを見て俺は頷いた。
「あんたがたの判断に感謝する。俺も、船の持ち主に言われて手伝っちゃあいるが立場は同じもんだ」
「あんたらに付いて行けば水や飯にありつけるんだろ。最近はろくすっぽ食ってないから腹が減ってしょうがないんだ」
「私たちに、なにか手伝えることとかありますか?」
「そうだな、船の中で治療してくれるから、最初は横になってる者たちから順番に運ぶ。飯はそのあとになるからそれまで我慢してくれ」
「……飯は仕方ないとして、せめて水だけでもなんとかならないかねぇ?」
「戻ったときに頼んでみよう」
「俺たちが、先じゃないのか?」
「……船の中で治療できるのか?」
「クソっ、俺たちはどうすれば……」
そこでまた周りがザワついたが、時間が勿体無いから、それを無視して話を続ける。
「航海長っ、二人も遺体も回収するから、待っているあいだこの袋に入れていってくれ」
「了解した」
そう言って、俺が遺体収容袋の扱い方を、航海長と若い二人の女性にやって見せながら教える。その間、フリッツが横になっている者たちに毛布を渡していった。
この場を航海長に任せて、俺たちは一番具合の悪そうな者を担架に乗せて小舟まで運んで、そこから沖に停泊中の船まで順次往復を繰り返していく。海では貴重だと思われた飲み水の要求も簡単に通り、すぐに樽で用意してくれた。
砂浜では航海長の下、全員で手分けをして漂着した遺体を回収してもらったが、思ったより数が多く、途中で遺体収納袋が足りなくなり、これもデザイアに頼んで補充した。
作業に当たった者たちの中には、なんだかんだと文句や悪態をついていた者もいたようだが、それでも全員で力を合わせた結果なのか、思ったより早くすべてを終わらせることができた。
◇◇◇◇◇◇
我が妄想