やる気、船内に不穏な空気を感じる
『……エリック船長、決断してくだせぇ』
『いいや、駄目だ』
『……どうしても、駄目ですかい?』
『ああ、俺の答えは変わらない』
『……わかりやした。そこまで言うんじゃあ、仕方ありゃせん』
『あの女たちには手を出すんじゃないぞ、どうなっても知らんからな』
『……へーい』
そこで、すずのが映像が停止させた。
映像は、天井の片隅から食堂全体を映し出していて、集音マイクが拾った会話はエリックと同じ船に乗っていた船員、ジョン・ブラチマン。その付き添いなのか、ダッチー・トゥリアンが横に立っていた。彼らはここに来る途中で回収した漂着者たちだ。
「……以上が、先ほど食堂で交わされていた会話です」
「ふーん、この船を奪取して私掠免状の取得、もしくは帝室に献上、ね……」
エリックは、ジョンの甘言に乗らず拒否していた。最初に聖域結界に弾かれたヴァンもそうだったが、帝国の船員は血の気が多い連中ばかりだな。
「彼らは現在、食堂で軟禁状態にありますが、如何致しましょう?」
「事が起きた際、すずのだけで無力化は可能か?」
「可能です。こう見えて、本船は対宇宙海賊の戦闘力を持ち合わせております。彼らの様に無防備な姿であれば、それこそ光速で対処できます」
「それは頼もしい限りだ。なにかあった場合に備えて、彼らの動向に注意を払っておいてくれ」
「アイサー。ではデザイア船長、食堂へ向かいましょう」
「よし、行こうか」
現在、この巡洋船は群島の各所を巡り、漂着者たちを回収しながら、最後の島に到着した。ちなみに、エリックの助言で、一緒に流れ着いた遺体も、遺体収納袋に入れて低温設定した倉庫の方に回収している。
私たちは食堂にやってくると、漂着者たちの対応をしていたイステールとメイド服すずのを労い、仕切りで分けられた船員組の方へ入った。軽い食事を摂りながら会話をしていた船員たちの声が止んで、私たちに視線が集まる。
漂着者たちを回収した当初は船員も奴隷も一緒くたに押し込んでいたけど、両者の対応していた二人からから、「互いから険悪な雰囲気を感じ取れるので分けた方がいいです」と言われた。
そこで急遽、食堂の真ん中に仕切りを設置して船員組と奴隷組に分けて、互いの接触と行き来を制限することにした。
イステールが充電中の隼型高機能ドローンのスキュアとクラウを弄りながら、メイド服すずのは船員組と奴隷組に軽食を出す形で見張り対応させている。
船員たちの好奇と無粋な視線を浴びながら、窓際のエリックとフリッツが座る席へ向かった。離れた席に座るジョンとダッチーの視線を強く感じられることから、やはり注意が必要そうだ。
……彼らの行動を抑えていたエリックを連れて行くのだから、むしろ、ここを手薄にしてさっさと行動を起こしてもらった方がいいか。行動しないのなら、それに越したことはない。
それとなく専用眼鏡の視線入力を使って、前を歩くすずのに簡易メッセージを送った。すずのもこちらをチラリと振り向いてアイコンタクトで答えた。
「次で最後だ。エリックとフリッツ、準備はいいか?」
「ああ、いいぜ」
「…………」
エリックは言葉で、フリッツは無言で頷いて返してきた。エリックと居る時は普通に話しているのに、相変わらず私の前だと無言だ。
ともあれ、私たちは席を立った二人を伴ない、食堂のり口付近でスキュアとクラウと戯れているイステールを連れて、甲板へ向かった。
甲板に出ると先ず、イステールからスキュアとクラウを借りて、スキュアは聖域結界に弾き出されたヴァンの状況を確認する為、最初の島に飛ばした。入れ替わりでドロシーが帰還する。朝から飛びっぱなしなので、クラウと交代させた。
イステールがドロシーを労っているのを横目に、私たちは海面近くまでタラップを降ろして、電動船外機付きゴムボート海に浮かべた。
そして、エリックとフリッツ、担架と毛布、遺体収納袋も多数乗せて送り出す段になって、船内にいるメイド服すずのから連絡が入った。
どうやら、こちらの思惑通りに状況が動いたようだ。なんと言うか、単純すぎてアホとかバカとか、条件反射的な行動じゃなく、もう少し思慮深く後先のことを考えて欲しいものだ。こちらとしては、楽なのでいいけどさ。
かと言って、移送作業に当たるエリックたちが余計な思考で負担が掛からないよう、こちらには戻ってくるまで黙っておく。
「デザイア、出る前に一つだけ、ウチの船員がなにかやらかした時は……できるだけ穏便に頼む」
つもりだったんだけど、どういやらエリックの方でも船員が騒ぎを起こすであろう察しが付いていたらしい。
「……善処しよう」
「そうか。では、行ってくる」
「今回は数が多いから焦らず確実に、な」
「ああ」
エリックとフリッツを乗せたゴムボートは漂着した者たちのいる砂浜に向かって海面を走り出した。一応、彼らの動向を確認する為、上空から交代したばかりのクラウを使って見下ろしている。
彼らの操るゴムボートは波飛沫を上げながら、海面を滑るように漂流者たちが集まっている砂浜へ近付いていった。
ゴムボートに付いている電動船外機の扱い方は、起動スイッチのオンオフと速度調整が付いたティラーハンドルの操作しかない。とは言え、わずか数度の操縦で乗りこなしているのは、やはり海の男だからだろうか。
ただ、今回は漂着者が多いから、陸と船を何度か往復をする必要がありそうだ。
さて、船内の方だけど……。
「デザイア船長。食堂で狼藉を働こうとした愚か者は既に拘束しております」
「早いな」
私たちが甲板に向かった後、ジョンとダッチーはメイド服すずのに飲み物のお代わりを求め、近付いたところを二人掛かりで襲おうとしたらしい。
飲み物の入ったカップを置いたとき、不意に掴まれそうになった所で、逆に電撃を浴びせ麻痺させて拘束、個室に詰め込んだそうだ。
他の者たちは、エリックの忠告を聞いていたからなのか、様子見だったのか、いずれ彼らと共に行動を起こすことなく席に付いていたとのこと。
すずのの報告を聞きながら食堂に戻ると、メイド服すずのが何事もなかったかのように、真っ青な顔をした船員たち相手に注文を取っていた。
エリックが戻ってきたら、ジョンとダッチーの取り扱いを決めるとしよう。
◇◇◇◇◇◇
船の中に、街中の食堂どころか貴族の館ですら御目に掛かれなさそうな、清潔感の溢れる綺麗な食堂があるのに驚いた。
出された軽食も肉が挟まれた白パンに暖かなスープ、食後の一服としてお茶まで出され、それがまた美味かったのには、更に驚かされた。
その後、デザイアから漂着者たちを回収するから手伝えと言われ、俺とフリッツはこの船の甲板に連れて行かれ、担架といわれる物を出したときと同じ現象を目の当たりにした。
謎の光と共に出現した小舟で、この巨大な船では近づけない島に上陸して、漂流者たちを回収するとのことだった。
用意された小舟を最初に見たときの感想は、見たこともない魔道具が付いた魔物の素材を用いたであろう軟そうな小舟で、ちゃちな子供の玩具みたいだと思った。
デザイアからひと通り魔道具の説明と操作の仕方を聞いてから、漂着者たちを回収する為に何度か乗ってみたが、思いの外、軽いクセに柔軟性と頑丈さを併せ持っていて、海を走らせてみれば病み付きになる疾走感を持っていた。俺が知っている小舟とは全くの別物だった。
説明だと、円筒形の前部から海水を吸い込んで、後部から噴流として出して進むと言っていたが、よく解らなかった。ただ、水の魔法も使い方によってはそれが出来るってことなんだろう。
魔術師が配属されている船だと、風の魔法を使って帆に当てて進む方法もあるって話だが、魔術師は対船の遠距離戦闘要員として乗船しているだけで、それをやるのは緊急時だけだと言う。
巨大な船や魔道具の技術を帝国に持ち帰れたら……いや、無理だな。おそらく、デザイアが所属する国の機密に該当するであろう案件だ。許す気はないだろう。
今回、デザイアはたまたま助けてくれただけだし、俺たちに対してそんな義理は無い。
むしろ、確実に帝国より技術力が上であろう彼女たちの国と、ここで多少でも縁を繋げておけば今後の人生をいい方向に持っていけるんじゃないか、とすら思えてしまう。
我が妄想