やる気、漂着した者を回収していく
◇◇◇◇◇◇
私が大揺れの船倉で神に祈っていた時、激しい衝撃と少し離れた場所に穴が空いて水が入ってきた。
薄暗さに慣れた目には、衝撃で中に船倉に居た人たちは倒れたり折り重なったりしてるのが見えて、怒号や呻き声を上げて、大騒ぎになっていた。
私は怖くなり、壁の柱を強く握っていたけど、足元にどんどん水が押し寄せてきていた。
そのことに、なす術なく呆然としていると、隣に居た女性が腕を掴んで強く引いてきた。
私は女性に引かれるまま、薄暗い船倉を倒れている他の人たちの間を縫うように歩き出し、近くに在った階段を登って外に出た。
船の高い場所で、誰かが叫んでいたようだけど、大粒の雨と激しい風で何も聞こえなかった。
このとき初めて船が大嵐に遭遇していたのだと知った。けれど、次の瞬間、私は女性に抱えられて一緒に海に飛び込んでいた。
そして、大波に揉まれているうちに、意識を手放してしまった。
私が目を覚ましたのは、見知らぬ砂浜の海岸だった。
目の前にある海には、おそらく私が乗っていた船の残骸がいっぱい浮かんでいた。
砂浜にも残骸が幾つも打ち上げられていた。私と一緒に飛び込んだ女性の姿は見当たらないけど、何人か人が倒れていた。
恐る恐る、声を掛けようと近くに居た、向こうを見ている人に触れると、こちら側に身体を向けて転がった。口を開け、虚ろな瞳でこちらを睨んでくる。他の倒れている人たちも同じだった。
既に息絶えてしまった人たちを目にして、私は口の中や喉を焼くような黄ばんだ液体を吐き出してしまった。ここ最近、人の死を何度も見てきたけど、やっぱり慣れるものではない、特に死の匂いが駄目だ。
涙を流しながら、出せるものもなくなって、口元をボロボロになった服の袖で拭っていると、少し離れた岩陰の影から互いに叫び合う男性や女性たちの声が聞こえてきた。
どうやら、私以外にも生きてここに流された人が居るらしい。覚束無い足取りでそちらの方へ歩いていく。
「おい、こっちだ! こっちのも息がある!!」
「こっちの女性もだ、早くっ!!」
「待ってろ、順番だ、ねーちゃんこの人を頼む!」
「ええ、いま見るからそこに寝かせて」
男性と女性の複数の人で、生きている人たちの救助活動をしているような、そんな声が聞こえてきた。
岩場に近付いて覗いて見ると、そこには私を船倉から連れ出して一緒に海に飛び込んだ女性が意識を失っている人たちの介抱をしていた。
服装から、帝国の奴隷船船員、船倉に居た奴隷関係なく助け合っているようだった。
……よかった生きてた。そう思い、私は女性に声を掛けようと近付いた。
「……アンタ、生きてたのかい!?」
「お陰様で……、お姉さんこそ無事、だったんですね」
「少し前まで死に掛けていたから無事とはいえないねぇ」
「……あっちの人たち、駄目だった」
女性の言葉についさっき見たばかりの、死んだ人たちが倒れている光景を思い出しながら、岩場の向こう側を指差して告げる。
帝国の船員たちも、王国から奴隷として連れてこられた人たちも、物言わぬ屍と化していた。
「……そうかい。あの大嵐だったんだ、アンタが気に病むことはないさ」
「…………」
神様は見守っていたんじゃない。たんに、私たちは運がよかっただけ……。
「……そんな顔してないで、こっちにおいで、少し休むといい」
「……はい」
女性の近くに寄って腰を下ろそうとしたら、海の方を見ていた男性が声を上げた。
「お、おいっ、あれ、船じゃないか!? おぉーい、おぉーいっ、こっちだーっ!!」
その言葉に釣られて、沖に向かって左腕を一所懸命に振る男性の指差す方を見た。
「……えっ?」
「っ!?」
……あれが、船? 小島と見間違ったんじゃないかと思える程大きい塊が見たこともない速さで動いている。私の横に居た女性も、息を飲むようにそれを見ていた。
最初は戸惑っていた周りの人たちも、次第に助けを求めるように叫びだした。中には海に入って両腕を振るう者まで居た。
……けれど、みんなが一所懸命に叫んだ甲斐なく、向こうに見える島の方へ行ってしまった。それを見たみんなの声が萎んでいって、しばらく呆然と立ち尽くした。
「……なんで、気付いてくれない!?」
「いや、そもそもあんな速さの船は見たことがない」
「そうだ、そうだ、本当に船だったのか?」
「もっと別の恐ろしい海の魔物だったんじゃないか?」
みんなも得体の知れないなにかを感じたらしく、アレコレと言い始める始末だ。
「ほらほら、言い合いするのは後にして、まだ生き残ってる人が居るかもしれないんだ、さっさと手を動かす!」
隣の女性が掛けた言葉に、救助に当たっていた人たちは再び動き出して、生きている人、死んでいる人の選り分けを粛々と進めていった。
案外、サバサバした性格が生き残れる秘訣なのかもしれないと思ってしまった。
「……もっとも、食料も水も何も無い状態だから、生きてる私たちもいつまで持つか判らないんだけどね」
と、苦笑いしながら小声で話し掛けてきて、言葉を続ける。
「……せめて火を熾せれば少しは違ってたんだろうけどさ」
「私が魔法を使えればよかったんですが……」
「あれは教会やお貴族さまの特権だからねぇ。私たちには無理でしょ、むしろ生きてる人の中に使えるのが居たら恩の字さ」
「……そう、ですね」
魔法は教会や貴族たちが秘匿している術だ。少しでも才能が在ると思しき者がいればすぐに召抱えられて囲い込まれる。
私も才能があると思われ教会に拾われた。けれど、師の下でどんなに修練を積んでも、その才能が芽吹くことは無かった。
そのことを言い出せないまま、しばらくして、私自身も落ち着いてきたので、女性と一緒に助かった人たちの様子を診ることにした。
とは言っても、横になっている人たちの話を聞くだけだったけど、教会で培った経験が少し役立った。
救助活動をしてどのくらい経っただろうか、太陽が真上に差し掛かった頃、それは現れた。
私たちの呼びかけに気付かず行ってしまった、得体の知れない船と思しき灰色の塊。それがどんどん近付いてくる。
「……えっ?」
やがて、それが沖に停まると、中から人影が出てきて脇から何かを降ろしていた。小さな船、のようなもの。
人影はそれに乗り込んで、波飛沫を上げながら海を走らせる。そう形容してもいい速さでこちらに向かってきた。
あらかた救助活動を終えて、次になにをするか話し合っていたみんなも、救助して横に寝かせていた人たちも、その場に縫い付けられたように固まり、無言でその光景を見ていた。
そして、小さな船は砂浜に辿り着き、人影が下りてきた。その姿をはっきりと見て、絶望する。
逆に歓声を上げる者がいた。奴隷船の船員だろう。……当然だ。降りてきた人物は帝国の奴隷船の船長なのだから。
◇◇◇◇◇◇
私たちは、群島各所の海岸に漂着者たちを、島を右回りで巡りながら回収していった。
同様にドロシー以外の隼型高機能ドローンも回収している。これにはイステールも喜んでいて、さっそくスキュア、クラウと名付けていた。
元気な者たちは食堂に押し込んで、体調の悪い者はそこでイステールから鍵言【治癒回復】で治療してもらった。意識のない者は医務室で寝かせ、看護服すずのが面倒を見ている。
最初の現場で鍵言【備品作製】で創り出した、電動船外機付きゴムボートの使い方を教えた後は、漂着者の回収実行部隊としてエリックとフリッツを使った。難破座礁した船の責任者であったエリックを立てれば話が通りやすくなるんじゃないかという打算からだ。
余談だけど、その際、フリッツ・ローをフルネームで呼んだら、彼も名前のフリッツだけでいいと言われた。どうやら他の住民も個体名にある最初の名前だけで呼んだ方が良さそうだ。
こうして、正午に差し掛かった辺りで、生存者の一番人数の多い最後の島に到着した。最初にドロシーを使って上空から偵察した島だ。
沖に停泊して、これまでの手順どおり、エリックとフリッツに救助作業を行ってもらう。
我が妄想