やる気、巡洋船で現場に向かう
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私は、瑞穂の地下駐車場でマスターに見送られ、島の反対側に設置したという灯台へ向かいました。
この島に漂着したという、この星界の住人を救助するためです。
いつもは淡々としていて、こういったことにもあまり興味を示さないマスターにしては珍しいことだと思いました。
やはり、分体となったやる気という精神性が前面に出て来ている所為でしょうか。普段と違って積極的な行動です。
とは言っても、私のやることは変わりません。休暇は一旦置いて、従者としてマスターの指示に従うのみです。
照明の点いた地下通路内を、電気自動車を走らせて約十分ほどで、その灯台の地下駐車場に到着しました。
所定の位置に電気自動車を停めましたが、駐車場内は補助照明が点いていて、薄く照らされています。
周囲を見回すと、壁の端に階段と鉄製の扉が在りましたが、案内表示が不備なのでどちらに行けばいいか判りません。
ここは地下駐車場なので、地上は上に向かえばいいと判断して、階段を上がることにしました。折り返しのある階段を上がっていくと、暗い部屋らしき場所に出ましたが、明かりが無いとか、とても不親切です。
……あ、一箇所だけ煌々と明かりが灯ってる場所がありました。出口と書いてあります。その下に外の光が漏れているのか、途切れ途切れで四角い光の線が走ってます。おそらくあれが扉でしょう。
暗がりで足元が見えないので、恐る恐る注意しながら扉の場所まで進みました。扉を開けて外に出ると、そこは海に面した小高い丘の上でした。
視線を沖に向けると、同じ群島に属すると思われる島影が見えました。見下ろすと灯台と一緒に造ったと言っていたコンクリート製の桟橋と砂浜が見えましたが、そこまでの間に木々が覆っています。
私は意を決し、マスターに教えられた灯台から左側に向かって、緩やかな斜面を立ち木や下草を掻き分けながら、砂浜までの最短距離を下っていきました。
上から見たときは気が付きませんでしたが、砂浜には大小様々な木片や布の付いた大きい柱、壊れた樽や木箱が散乱しています。海上には木造船の一部でしょうか、大量の破損した木材が漂っていました。
おそらく、この辺に漂着した住人がいると思われますので、周辺を探し始めました。程なくして、波打ち際で倒れているこの住人たちを発見しました。
専用眼鏡に搭載されている鑑定機能を使って、まずは生きている者とそうでない者に選り分けて、砂浜に並べていきました。
マスターが言っていたとおり、見つけられたのは七人でした。そのうち四人はまだ息がありますが意識を失っております。そして、三人は残念ながらすでに息が絶えていました。
息がある方も反応が弱弱しいので、時間の問題かと思われます。私は専用眼鏡の鑑定結果を基に、MP使用の鍵言で、治療を施していくことにしました。
MPに余裕はありますが、使い果たしたとしてもマスターが再供給してくれるでしょう。……そういえば、なぜマスターは素体をあのような容姿にしたのでしょうか?
昨日、MPを供給してもらった時、マスターの容姿が私に似ていた所為で、ちょっとした背徳感を得てしまいました。
話し方がアレですけど、私に妹が居たらこんな感じなんじゃないかとさえ思ってしまいました。お陰でお風呂の時はつい世話を焼いてしまいました。……って、少し思考が逸れてしまいましたね。
私は治療のため住人の皆さんを改めて鑑定すると、些か海水を飲み込んでいるようで、中には肺に入っている人もいます。早く治療しないと危険です。……むむっ?
なにやら男性陣の中に、アルコール摂取による肝機能低下や腰痛肩こりのひどい人がいます。女性は……なんですかこれ!? 身体中に多数の打撲による痣と骨にも異常が見られます。いったいどうして……。とにかく、それも一緒に治療しちゃいましょう。
ステータス画面を開いて……って、専用眼鏡から鍵言を選ぶだけでよかったんでしたっけ。視線を移動させて、視線……、視線がぶれて項目を選ぶのが結構難しい。
「こ、これで、【治癒回復】、【治癒回復】、【治癒回復】、【治癒回復】」
……なんとか鍵言を実行しましたが、マスターはよくこの機能を使いこなしていますね。
どうやら、今の治療で四人の顔色が多少よくなった気がします。特に女性は痣の跡も消えて素肌が綺麗になりました。
鍵言によって、星界システムが住人に対し干渉しているようなのですが、治療の原理はよく判りません。ですが、治ればいいのです。
「……うっ、うう」
男性が一人意識を取り戻したようので、声を掛けてみましょう。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
「……こ、ここは?」
私の問い掛けに、男性は薄く瞼を開けてこちらを見ました。私は視線を合わせ、男性の問いに答えます。
「ここは、群島の砂浜です。あなたは、ここの砂浜に、漂着していました」
「……群島? ……砂浜、漂着?」
初めて使う言語なので、聞き取りやすいように言葉を区切りながら話してみましたが、上手く通じているようです。
「今し方、流れ着いた、あなたたちに、治療を施しました」
「……俺は、俺は、生きているのか?」
「はい」
「……他に生きている者はいるのか?」
「隣に三人ほど。他にも三人いましたが、そちらは残念がなら……」
少しの間、微妙な沈黙が続きました。
「……そう、か」
男性は、搾り出すような返事をすると、両手で自分の顔を覆うとブツブツと言葉を漏らしました。大嵐、座礁難破、無人島、仲間、帝国、帰還、船……。
小さな独り言のようでしたが、微かに聞こえた単語から、自分の置かれた状況を整理しているのかもしれません。
会話が途切れてから少しして、気持ちを整理したのか、男性が話しかけてきました。
「……俺は、帝国船籍商船ヴェクシオン号の船長エリックだ。どうやら大変世話になったようだ、感謝する。ありがとう」
「私はエステール。マスターの、従者をしております。感謝は、救助の指示を出した、マスターにしてください」
「……マスター、とは? そもそもアンタなにモンだ? この島は無人島なはずだ」
「マスターは、マスターです。間もなく、ここに来るでしょう」
私は、マスターが昨日造ったという船が沖に見えたので、指を差しました。エリックと名乗った男性は上半身を起こし私の指差した方を見ました。
「……………………はぁ?」
「そして、私たちは、休暇を取って、遊びに来た者です」
「……………………」
返事がありません。しかば……また意識を失ってませんよね?
一応、確認のためエリックに視線を向けると、口と目を大きく広げたまま固まってました。
◇◇◇◇◇◇
私は巡洋船でイステールの居る海岸に向かっていた。
到着まで時間が有ったので、操船をすずのに任せて、偵察に飛ばしたドロシーたちの様子を確認していた。
ドロシー、他二台は各島の上空に辿り着いて、海岸線を中心に偵察を行っていた。
専用眼鏡に三台分の映像を分割表示させて見たのだけど、やはり漂着してた者がいたようで、それぞれの海岸に打ち上げられていた。
何人かは既に意識を取り戻していたらしく、海岸に打ち上げられた者たちの救護活動している姿が見えた。この様子ならしばらく放っておいて大丈夫だろう。
……ん? 動いている者の中に一人だけ、片腕をしきりに振って海に向かって腕を伸ばしている者がいるがなんだろう? あ、釣られて他の者たちも同じように腕を振り始めた。
上空からだと音声が拾えないから、なにをしているか判らないな。あとで地上専用のドローンも創るか。
「デザイア船長、間もなく当該海域に到着します。海域には漂流物が多数浮いていますが、船の航行に支障はありません」
「了解した。漂流物と水深に注意しつつ、このまま進んで灯台近くの桟橋に着岸する」
「アイサー。船長に操船権を渡します」
「すずのから操船権を受け取った」
ドロシー、他二台のドローンに、なにか異常があったときに連絡を入れるよう指示を出して、群島周りの偵察を継続させる。専用眼鏡に映し出されていたドローンの映像を消した。
そして、操船席前の画面にリアルタイムで新たに書き加えられていく海図を睨めながら、変速レバーと操舵桿を握って着岸に備えた。
我が妄想