やる気、巡洋船を起動させる
瑞穂の館地下駐車場。
「【拠点作成】、【隧道作成】、【車両作成】」
地下駐車場の横壁に僅かな光の線が走ってトンネルが繋がる。それ以上の光を以って新たに電気自動車が一台現れた。
私は、昨日と同じように、専用眼鏡を使って地形と地図を重ね合わせた画像を基に、灯台と桟橋、隧道を設置した。電力は、まぁ何とかなるだろう。ついでに、自分が港湾へ向かうための電気自動車も作成した。
横では、イステールが電気自動車に乗り込んで運転方法を取得していた。運転席側の窓をノックする。
「イステール。島の反対側に灯台を設置して地下道を繋げた。灯台を出たら左側に向かっていくと住人が倒れているはずだ。対処は任せる」
「お任せ下さい、マスター」
「それと、私たちの素体に現地の言葉がインストールされているから通じるはずだ。それと身体は頑丈だけど、あまり無茶をしないように」
「うふふ。初めてのお使いじゃないんですから大丈夫です。マスターの方こそ、作業を早く終わらせて来てください」
「ああ、善処する」
私の返事を聞いて、イステールは窓を閉めると電気自動車をゆっくりと発車させた。出来たばかりの地下通路を走っていく。
それを見送ってから、新たに創り出した電気自動車に乗り込んで、港湾の事務所の方向へ走らせた。
数分後、事務所の出入り口前に到着すると、その場に電気自動車を停めて、事務所を抜けて巡洋船を創り出した岸壁へ向かった。
そこには巡洋船の姿はなく、昨日の台風の影響を受けて流されたのか、入り江の出入り口付近に移動していた。
「うわっ、不味い不味いっ、舫いで船を繋ぎとめていなかったっ!!」
運よくと言うのか、まだ入り江の出入り口付近に留まっているけど、船体が海底か岩礁に当たってるらしく、不安定な状態で波に揺られていた。……くうっ、おろしたての船なのにもう傷モノになっている。
巡洋船はいつ流されてもおかしくない状況なので、私は大慌てで港の岸壁を走り抜けて、その切れ目から砂浜と岩場が入り混じった地帯に降り立って、砂に足を取られながら、不安定な岩場をなんとか進み、入り江の出入り口付近までやってきた。
「【拠点作成】っ!」
鍵言を使って巡洋船の甲板まで桟橋を伸ばして、それを一気に駆け上がり、波の揺れで大きく上下する巡洋船の甲板にジャンプした。
勢い余って甲板上を転げたけど、それでも巡洋船に到着することができた。やりきった感からか、それとも安堵した所為か、大の字に寝転がって両手を突き上げた。
走ったのは大した距離じゃないけど、おそらく、創造者本体は確実にできないであろう運動能力だ。たまに船体が海底か岩礁に当たる衝撃を感じながら、全力疾走で乱れた呼吸と心拍を正していく。
「……はぁ、はぁ、はぁ。ま、待ってろ。すぐに動かしてやるからな」
幾分か呼吸と心拍が落ち着いたので起き上がり、甲板後部の船内に通じている隔壁を開けた。
船内通路は密閉構造なので暗いけど、専用眼鏡に巡洋船の見取り図を表示させて、暗視機能を使いながら操船室まで向かった。
到着した操船室は一人用としては広く感じられる。操船席に座って見取り図から取り説通りに表示を変えて、手順通りに機関を起動させる。……させる。って、起動封印ってなんぞ?
私は、表示された取り説を読み直して、徐に立ち上がると、専用眼鏡頼りに機関室へ走った。
新造船だと起動ユニットに封印シールが張っており、それを剥がしてから起動ユニットを挿入し捻ることで、すべての回路が接続されて非常電源が入る。これを起動電源として使用することで初めて補助機関を始動させることができる。……って、なんの儀式だよ、知らないよ、そんなの!!
…………機関室に辿り着いた私は、一連の動作を行った。これによって非常電源が入ったようで、船内通路に赤いランプが点灯した。その明かりを頼りに操船室に戻る。
「では、気を取り直して、改めて巡洋船の機関を起動しようか」
操船席に座って、ひとり言を呟きながら、起動電源が補助機関に繋がっているのを確認し、起動のスイッチを入れた。
微かに低く唸る音が聞こえて、船内に明かりが灯る。同時に、操船席の前の画面に進捗表示のバーが表示された。
それが終わると、初めに言語設定と使用者登録に入った。網膜、声帯、遺伝子情報の三種。元々、この身体は創造者本体が創った素体だったので、登録できるか不安だったけど、問題は無かったようだ。
「アー、あー、初めまして、船長。私はベルノ型恒星間宇宙巡洋船に搭載された人工知能。船長の補佐、ならびに船の運行や保守に関することを司っております。以後、宜しくお願い致します」
「……あ、ああ。デザイアだ。こちらこそ宜しく」
登録が終わったら、船がしゃべった!? しかも、声の音が女性みたいに高い。驚きのあまりドモってしまった。
「それでは早速、運行保守用の端末を稼動させます。その間、デザイア船長は手順に従って各種機器や各機関部の確認をお願いします」
人工知能の指示に従って操作したお陰で、滞りなく各種、各部の確認を終えて、ようやく船を稼動できる状態まで持っていけた。
確認作業に集中していた所為か、いつの間にか隣の補助席に小型ロボット……紺の制服に制帽を被り、後ろでお団子結いしている金髪の幼女が着座していて驚いてしまった。
巡洋船の運行保守用の端末で、この個体が人工知能の外部端末兼リーダーなのだそうだ。同型のロボットが船内各所で稼動を始めているらしい。そして、なぜか名付けを求められた。
「ベルノ型だからベルノでいいんじゃないか?」
「それは姉さんの名前で、ネームシップなので既出です。別の名前にしてください」
「……じゃあ、すずの。異論は面倒臭いので認めない」
「え、ええー……」
どうやら船名も兼ねていたらしい。私の安直な名付けに、人工知能改め、すずのはドン引きである。
「すずの、出港する」
「デザイア船長、再考をお願いします」
「すずの、出港する」
「私は、もっとかっこいい名前を所望します。シューティングスターとか、メテオールとか」
「すずの、出港する」
「…………はぁい」
私の三度の同じ言葉に、すずのは渋々といった感じで返事をする。必殺、お前に拒否権は無いよのループ罠だ。
しかし、さすがに地球型発展系の星界から引っ張ってきたフリー素材なだけある。制作した愛好家の好みだろうか、ラテン語に英語とドイツ語が出てきた。……私も他者のことは言えないけど。
「デザイア船長、現在補助機関のみで稼働していますが海上運航に問題なし、いつでも出港できます」
「微速後進。船に当たっている海底、または岩礁を離れたら入り江を出る。すずの、サポートを頼む」
「アイサー、微速後進。地形感知装置を使って海底の地形走査を行いリアルタイムで更新、平行して海図も作成していきます」
船の位置と画面表示された海図を照らし合わせながら、変速レバーと操舵桿を使って操船する。
「……いま、岩礁から離れました。船体に損傷は見られません」
「ふぅ、岩礁に当たってただけだったか……。よし、微速前進」
「アイサー、微速前進。進行方向、周囲に障害物はありません」
すずののサポートを元に、巡洋船は岩礁から離れたあと、微速前進に切り替えて、ゆっくりと入り江から外海へ出航した。
我が妄想