第二話
サウスコート共和国の首都ユガは、アングリア=ナハト帝国と神の造りし熱砂を挟んだ国境沿いに位置した五角形の大都市である。
敵国ーー現在は仮想敵国ーーと面した所に首都を置いているのは、戦争に負けないという強い意思の表れ。
五角形という特徴的な都市設計も戦術的思惑によるもの。
中央広場のオアシスを起点に、それぞれ五角形の頂点に向かって大通りが走っている。
宿に荷物を置き、汗を流したシャルティとサージュはブリジットとドイルの護衛の下、ユガの街を散策していた。
「ーーなんだか建物全体が丸みを帯びて可愛らしいわね。レンガ造りで色は殺風景だけど」
街並みを見渡しながらシャルティが感想を口にすると、サージュがさも当然といった口ぶりで説明する。
「この街は砂漠にあるから、砂嵐とかでたてものが削られてる。侵食っていうんだよ」
「へえ〜。ほんっとあんたって頭いいわね。私ももっと勉強しないとなあ」
「パパは知的な女の人も好きっていってたよ……?」
「……それはただのメガネフェチの言い訳でしょうが」
シャルティは基本的に丁寧な口調を心がけているが、妹であるサージュだけには砕けてものを話す。
そうして異国の風景について色々と雑談をしていると、オシャレな服飾店を見つけたシャルティ。鼻息荒くサージュに告げる。
「あっ! なんだか素敵な服がありそう。ちょっと見てくるわ!」
いうや否や店に向かって走っていくシャルティ。父親とそっくりな行動にやれやれと頭を振る。
「……ねぇねは落ち着きがない」
「それをいうならあんたは落ち着きすぎだっての。ドイル、お前さんは姉の方を護衛しな」
「りょーかいっす」
こうして四人組は二組に分かれることになった。
「お姉さんはどこか行きたいとこある?」
「まさかお姉さんに聞くのかい? お姉さんはお前さんの護衛だよ。好きにしな」
「ん。ならおさんぽしよ」
「あいよ」
人通りの多い所は疲れるため、サージュはブリジットを連れて狭い路地をぶらぶらと歩く。
そこには鬼ごっこをしているサージュと同年代の子供たちや、井戸端会議をしている主婦たちがいる。
初めて異国に来たサージュにとって、人や文化・風習など見るもの全てが新鮮であり、顔には出さないが心が踊っていた。
そんな中、一際暗い路地にて一人のローブを被った女性に声をかけられた。
「……もし、そこのお嬢さん。占いはいかがかしら?」
ローブによって顔は伺えないが、声の感じからしてかなり若いように思える。ひょっとするとシャルティと変わらないのでは? と予想する。
「占いって蓋然性の高いことを話してきょーかんを得させて、当たりさわりのない助言をあたえる、あの占い?」
「ふはは! ちょっとそれはいいすぎじゃないかい?」
サージュの無垢ゆえに辛辣なコメントにブリジットが吹き出す。されどローブの占い師は物怖じせずに売り込んでくる。
「そうね、普通の占いなら意味はないわ。でもわたしの占いは違う」
占い師は手元の水晶を撫でながら述べる。
「ーーあなた、大切な人に渡す物を探しているのではない?」
「……っ!?」
言葉なく目を見開くサージュ。それを視認したブリジットは人知れず警戒の度合いを引き上げる。
「そうね、それはーー大切な人が喜ぶ物よりも、必要な物の方がいいかもしれないわね。タイムリミットがあるのだから」
それはサージュが旅の間考えていたことだった。最初はぬいぐるみか調理器具、それか洗濯雑貨を渡そうと思案していた。
だがカインが帝都の防御結界を壊してしまったことで"宝玉"が必要になった。
カインへの感謝を考えるなら、そういった日用雑貨よりも宝玉を渡したい。しかし戦う力がないから困っていたところ。
そんな時にこの占い師と出会った。その言葉は偽りなくサージュに染み渡っていく。
「どうかしら? 少しはわたしの占いに興味をもってくれたかしら?」
「ん。一考にあたいする」
「そう、よかったわ」
ちょっと待ってね、といって沈黙が広がる。固唾を飲んで見守る中、水晶が淡く明滅し、占い師は語る。
「ーー目先の大事が終わりしのち、古の遺跡に向かうといいわ。持ちうる知力と武力を示した先に、得るものがあるでしょう」
もはや予言のような口ぶりに違和感を覚えつつも、側に控えていたブリジットに質問する。己の知識では足りないことがあったからだ。
「ここらへんに古い遺跡ってある?」
「……街の中央にあるオアシスに遺跡はあるけど、魔物も宝もなにもないよ」
「……調べつくされた?」
「そりゃあ建国前からあるとされる遺跡だからね。一応立ち入り禁止にはなってるけど、なんにもないと思うよ」
ふむ、と顎に手をあて思考する。
大事とは学術交流を指し、古の遺跡はブリジットのいう場所だろう。そこで武力が試されるということは、魔物かそれに準ずる戦いが想定される。
まるで誰かの掌の上で踊らされている気がしてならないが、宝玉を手に入れたいサージュからすると勿怪の幸いでもある。
「わかった。頭の片隅に置いておくね」
「……本当に賢いのね。飛びつかないなんて」
「踊らされるのはいや。あたしはましょーの女だから。じゃ、いくね。ありがと、おねーさん」
むふーと鼻の穴を膨らまし踵を返すサージュ。ブリジットは始終刺すような視線を向けていた。
サージュは思いがけない情報を手に入れたが、今は差し迫ったイベントが控えている。学術交流での発表で荒れる未来を想像しながら宿への帰路についた。
路地からサージュとブリジットが去っていったのを確認してから占い師は長い息を吐く。
「流石は英雄の娘、ね。とても八歳とは思えない。護衛も修羅場を潜ってきた人材。親馬鹿といえど抜かりはないわね……いえ、親馬鹿だからこそ、かしら」
ローブで見えていないだけで、占い師の全身は冷や汗に包まれている。
言葉の選択を間違えれば即座に切られていたかもしれない。
明確な安全が確保されたことに安堵し、背後に声を投げる。
「ーーということで、事前の打ち合わせ通り洋上で待機をお願いします」
するとどこからともなく人影がヌッと出現する。
「……本当に現れるのですか?」
薄暗い路地裏。日陰に隠れるように佇むからか明確な姿ははきとしない。
「間違いありません。アディ様の思慮は大海よりも広く、海溝よりも深いのですから」
「……承知しました。では手筈通りに」
占い師の背後にいた人影はすうっと消えていった。
アディ第一皇女の謀略は、音なくカインたちに迫っていたのだ。
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