第五話
「ーーーー全魔力解放」
カインが言葉を発し、固有魔法〈覇道を往く者〉を全力で発動する。すると、
ーー海が落ちてきたと錯覚するほどの威圧の大瀑布が世界を蹂躙する。
進軍していた共和国の敵兵然り、ネックスを長とする殿部隊然り、あらゆる所で散発している砂嵐然り、それを引き起こす風すらも、カインの威圧によって動きを止める。
カインの体からはゆらゆらとした赤銅色のオーラが湧出する。それを左手に持った槍に収束させる。
ただの名槍に膨大な魔力が注ぎ込まれることで槍自体が光り、輪郭は朧げになり、最後は物質がこの世から消え、槍の形をした魔力の塊に落ち着き、存在の位階が引き上がる。
ーーここに神槍が誕生した。
カインは鷹のような目つきで敵兵を睨みつけ、大きくしゃがみ込んで跳躍。
天高く跳び、数多の軍勢を睥睨する。
槍先を右肩から後方へ回し、力を蓄える。
頭の中を過ぎるのは、いくつかの言葉と後悔。
『これからは私の娘を護ってあげて』
それはかつての主君であり、惚れた相手。
『おいらの役割は、ここで時間を稼ぐことだったのさ』
それは共に釜の飯を食べたバディ。
『……ごめんなさい、零。強く産んであげられなくてごめんなさい』
それは己を産んでくれた母。
『ーーあなたにこの黒刀を預けるわ。名はーー』
それは初めて武器を授けてくれた師匠。
『ちょっと戦争に行ってくる。スコッティを母親と思っていい子にしとけよ』
『……わたしの母親は後にも先にも女王エカテリーナだけ。父親面しないでっ』
それは距離がある娘。
「……俺も人のことは言えねえけどよ、どいつもこいつも勝手にしやがって。残される者の身になれってんだっ」
残していく者は気楽なものだ。もう考えることも心配することもないのだから。
だが残された者はそうはいかない。意思を継ぎ、思いを馳せ、涙を流し、後悔を抱えながら生きていかなければならない。
だからこそ簡単に残していくものではない。全てを背負って歩むことが、人生なのだから!
固有魔法〈覇道を往く者〉は犠牲魔法。ここ数ヶ月女を抱いていないことで生命円環の理の犠牲という条件が足りない。故に己の下半身にある一億を超える命の源で代用する。
左上腕、前腕、さらに構えた槍に添えた右上腕、前腕。両肩に背中の筋肉、体幹の筋肉も全て動員し槍を振るう。
それは数ある属性奥義や守護の剣とは一線を画す絶技。
それ以上のものはなく、これ以上は世界すらも破滅に追いやると確信する技の極地。
カインは高らかに聖句を叫ぶ。
「ーーーーーーーー『絶槍』ーーーーーーーー」
神槍が大きく一閃する。世界からは色が消え去り、モノクロに満ちる。
大地は地平線と平行に剔抉され、白黒の世界は二分される。
神の所業ともいうべき現象に音はない。ただ慈悲もなく、是非もなく、"世界が割れた"という事実のみが横臥する。
果てなき谷を作りし覇王は、槍を溶かしながらネックスたちの元に着地する。すると同時に世界には色彩が戻っていく。
すでに威圧感は感じない。されどその場にいた者たちの心の声は一致していた。
「……王だ……」
誰かが漏らしたその言葉に、カインは片笑いながら応える。
「王を前にしちゃあ頭が高ぇな」
それはもはや命令といえた。ネックスをはじめ、殿部隊の全員が拝跪し、首を垂れた。重傷のボグダンですらである。
それをぐるりと見渡し、奮いの言葉を授けていく。
「いいか。"連れて帰ってやる"なんて言わねえぞ。テメェらの足で帰るんだ」
言葉を切り、一度天を見上げる。そして顔を戻し、告げる。
「ーー敵は追わせねえ。だから屍山血河を踏破し、テメェらが、その足でっ、家に帰れ!」
覇王の言葉は心が折れかけていた者の胸に染み入っていく。
「家族を抱きしめ、親しい者に感謝を告げ、綺麗さっぱりしてから死にやがれっ! それまでは勝手に死ぬことも諦めることも俺が許さんっ!」
カインは視線をボグダンに向ける。
「……ボグダン、お前ぇの槍は軟弱過ぎる。一から修行をやり直せ。死んでる暇はねぇぞ」
一度目をこれでもかと見開いたボグダンは、涙を流し、それを隠すために手で覆う。
「……鍛冶の修行がどれほど大変かも知らねえで……ッ」
啜り泣く声をBGMにして、カインは各々に指示を出していく。
「敵が谷を越えるには一週間近くかかるだろう。その間に俺たちは負傷者の手当てをしつつ湿地まで戻るぞ」
視線を横に滑らせていく。
「ガッツ。お前は美味くて腹が膨れるメニューを考えとけ。湿地に着いたら忙しいぞ」
「お、おうッ。料理人として腕を振るうぞ!」
「エルキュール。お前は考えうる敵の行動とその対抗策を考え尽くせ」
「わかりました!」
「ネックレス。手前ぇはこの部隊の長だろうが。胸張って指揮しやがれ」
ネックスは首を垂れたまま答える。
「いいえ、貴方が指揮官ですーーカイン殿。これまでの非礼を詫びます。貴方の元でなら、私は一兵卒として戦える」
感極まったネックスにカインは煩わしそうな顔をして命令を下す。
「お前の仕事は戦うことじゃなくて指揮することだろうが。これは命令だ。この部隊全員を生きて国に帰らせろ」
「……拝命いたします。それと私はネックスです」
「知るか」
こうして地獄の熱砂を切り抜けたカインたちは湿地まで退却し、後世に残る戦いを繰り広げるのだが、それはまた別の話。
……なにやら遠くから声が聞こえる。
「ーーぼちぼち"キャニオン"に到着するっすよ〜」
この特徴的な話し方はドイルのものだ。
カインは瞼をゆっくりと開けた。
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