第四話
襲いかかってきていた魔物はカインによって瞬時に撃退された。恐怖のあまり気を失ったガッツと骨折したボグダンを両肩に担いで熱砂を歩くカイン。
「……なあ、おいらの役割が居所を伝えるってのはどういうことだい?」
「しゃべるな。折れた骨が肺に刺さるぞ」
「へへ、もしそうなら担がれた時に刺さってるさ。その心配がないから雑に担いだんだろ」
やっぱりツンデレだな、と嬉しそうに呟くボグダン。しかしその顔には脂汗が浮いている。早く部隊と合流して適切な治療を受けさせなければと思い、足を早く動かす。
「……なあって」
ボグダンの問いに、はあ、と嘆息してから答える。
「ガッツを逃すために叫んだだろ。それが聞こえたから方角が定まった。だから間に合ったのさ」
「……へえ。砂嵐もあったろうに、耳がいんだなあ。おいらが知ってる冒険者はもっと普通だぜ?」
「俺は普通じゃないからな」
「へへ、C級がなにいってんだか」
そうして軽口を叩き合っていると、気絶していたガッツが目を覚ます。
「……ん、ここ……は……?」
瞼を開け、担がれている現状を把握し、カインの顔を見て一言漏らす。
「ああ、俺は死んだのか」
「ふははははッ。助けに来てくれた仲間の顔を見て吐くセリフじゃねえだろうが! ははは、いたッ」
「ーーえ? 助け? カインさんが?」
状況がまるで飲み込めないガッツと大笑いするボグダン。
これまでずっとカインが無愛想であったから、助けに来てくれたとは夢にも思っていない顔だ。
ともに担がれているボグダンのケガを見て、九死に一生を得たことを実感する。
「……そうか。本当に助けてくれたのか……。ありがとう、カインさん」
「…………俺にも娘がいる」
「「……え……?」」
唐突な自己開示に呆けた表情の二人。
「てめぇんとこと同じ八歳だ。俺も距離感を図りかねてちょっと溝がある」
「……父親にはよくあることだな」
「そうなのか……おいら独り身だからよ」
砂を踏みしめながら家族について語るカイン。
「守るものがあるのなら、死んでも守りやがれ。砂漠で迷子になってんじゃあねえ」
「……面目ねぇ。でも俺は料理人だしよ、戦うことなんて……」
「だったらなおのこと足引っ張んてんじゃねえ。湿地まで戻れば必ず部隊は立て直す。その時こそ料理人の出番だろうが」
「俺の……出番」
「それがお前の"役割"だーーガッツ」
「え、俺の名前……?」
言いたいことを言いたいだけ吐いたカインは再び仏頂面に戻る。
三人はそれ以上なにも口の端に上げない。言葉なくとも繋がりを感じたからだ。
それはカインが仲間の名前を覚えていたこと、ボグダンが命を賭してガッツを逃がそうとしたこと、戦えないなりにボグダンの覚悟に応えたこと。
それらの事実だけで十分。男に言葉はいらないのだ。行動で示せればよい。
命の危機が去ったこともあって安堵に包まれながら、カインは黙々と足を前に出す。
しかしボグダンの怪我が重症なようで息も絶え絶えになってきている。本格的に急を要する段になって、ついに前方に人影が見えた。
「……部隊に追いついたぞ。ここが正念場だ。気合い入れろよっ」
「へへ、おいらはまだまだよゆーだっての……」
「ほ、ほんとに追いついたッ」
担いでいる二人に激励を飛ばし、視線を前方で仁王立ちしている騎士に向ける。
人影は次第に明確な色を帯びていく。
先に言葉を発したのはカインだ。
「ーー予想より早く着いたな。なんだ? 俺に会いたくて待ってたのかよ」
カインの挑発に片眉を上げながら不本意そうに、側のエルキュールに親指を向けるネックス。
「エルキュールの直訴があったから一時的に休止していただけだ。S級冒険者様に感謝するんだな」
「……よくぞ無事にッ。ツ、ツンデレな言動も素晴らしいと思いますよッ」
なにやら顔を赤らめながらモジモジするエルキュールに悪寒を覚える。カインは眉間に皺を寄せ一言。
「……なんかキモいな」
「ーー酷いッ! でもちょっと嬉しいのはなぜ!?」
一人で盛り上がっているエルキュールを無視して、カインは部隊の隊長に報告する。
「部隊より逸れた二名、ここに連行した。ガッツは軽傷だがボグダンは魔物にやられて骨折の重傷。すぐに手当てしてやってくれ」
「本来ならそのような時間はないのだが、仲間を助けた功に免じ認めよう。誰かっ、衛生ーー」
「「「「「「うおおおおおおおおおおッッッ」」」」」」
ネックスが背後に控えていた部隊に指示を出そうとした瞬間、カインたちが歩いてきた遥か向こうより大地を揺らす声が聞こえた。
「バカなッ!? もう本隊が追ってきたのかッ!」
「そんな! 早すぎます!」
鋭い声を飛ばすネックスとエルキュール。予想よりも早い敵の進軍に対し、額に汗を浮かべ狼狽する。
動揺が部隊に伝播する中、ボグダンが青ざめた顔でカインに決意を伝える。
「……へへ、どうやらここがおいらの出番のようだ。なあカイン。ありったけの爆薬を持ってきてくれよ」
「……なにする気だ」
「なあに、おいらはおいらの"役割"を果たすだけさ」
己の死を覚悟した、あるいは諦めの表情か。目尻を柔らかく垂らした笑みにカインは苛立ちを覚える。
「いっただろ。守りたいものがあるなら死んでも守れと」
「それが今なんだよ、カイン。鍛冶士なんて戦場ではこれっぽっちも役に立たないおいらの"役割"は、ここで時間を稼ぐことだったのさ。だからあんたに助けられたんだ」
大軍が迫ってくる中、ボグダンの声はやけにクリアに聞こえる。
「……代わりといっちゃあなんだが、一度でいいからいつかドワーフのためによ、その力を振るってくれたら嬉しいや」
「…………」
「おいら、というかドワーフで信じられてる教えにあるんだ。はぁっ……はぁ。"友のために自分の命を捨てること、これ以上の愛はない"ってな。……おいらに家族はいねえが、仲間を愛するってのもカッコいいだろ?」
その言葉を聞いて、カインはかつての記憶が蘇る。
『ーーいいですか、カインさま? 戦士には往々にして命を賭すことが名誉と思っています』
『その通りなんでどいてもらっていいか? 俺、あんたじゃなくて姫さんに要があんのよ』
『そのようなことは愚かですっ。死んでなにになるというのですか! 生きて、生き延びて、その責を果たすのです!』
『めんどくさい聖女だなあ。はいはい、そうですね〜』
『しかしそんな愚かな方を救うことこそが真の慈愛であると、わたしは考えるわけですっ』
『はいはい、ご立派ご立派。てかまたおっぱいおっきくなったんじゃーーげ! 姫さんっ!? 違う、口説いてなんかーーぎゃ〜!』
刹那の回想を経て、カインはボグダンの頬に一発拳を捩じ込んだ。
「ーーそんな馬鹿を救うことこそが本当の慈愛なんだ」
「……ッぐ!? つぅッ」
唐突に殴ったことで周囲に驚きが走る。
「ーーこれは俺の教えだ、あほんだらッ」
重傷者を殴って地面に伏せさせる。するとその拍子にボグダンが背負っていた棒状の物がカインの足元に転がる。
しゃがんで拾ってみると、それは果たして布に包まれた槍であった。
「そ、そいつはおいらの……」
「ーーったく、どいつもこいつも」
その槍を掴み、大軍に向かって行くカイン。
一言、静かに口ずさむ。
「ーーーー全魔力解放」
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