第三話
「……はあ……はあ……ッ。嫌だ、死にたくねえ。どうして包丁しか握ったことのねえ俺が戦争なんて……ッ」
「弱音を吐くんじゃねぇよ、ガッツ。名前の割にガッツのない奴だな」
「昔からそういわれていじめられてた。だから誰とも話さなくていい料理人になったのによぉ……」
涙を流し、しかしその涙すらも砂塵によって乾いていく。ガッツはいま、ボグダンに背負われて熱砂を進んでいた。
背負っていた荷物を落としたことに気がついて、戻っていたら逸れたのだ。そこを探しに来てくれたボグダンと合流するもすでに隊列から離れてしまっており、二人砂漠を彷徨うはめになってしまった。
「ほら、気をしっかり持てよ。帰って娘さんに謝るんだろ。名前はなんていうんだ?」
精神状態が危ういガッツの心を折らないために、家族の話題で生きる活力を湧き出させようとするボグダン。
「……ローラといって、八歳になったばっかりなんだ。戦争に行く日、俺の作ったオムライスが不味いっていって喧嘩しちまった……」
「八歳か。なら帝堂三年生ぐらいだな。生意気だが一番可愛い年頃じゃないか?」
「ああ、そうだ。そうなんだよ。料理しか取り柄のない俺には勿体無いほど美人で頭のいい嫁に、天使みたく無垢で可愛い娘。くそッ、会いてぇよぉ……ッ」
ボグダンの背中の服を強く握りしめるガッツ。しかし先ほどよりは言葉に覇気が宿っている。
「そういうボグダンは怖くねえのか?」
「……怖いさ。おいらだってただの鍛冶士。武器を作ることはあっても振るうことは専門外さ」
「ならなんで俺みたいに怖くて震えないんだ……?」
「年の功、もあるんじゃないか? おいらはこう見えてもガッツの倍以上は生きてるからな」
「……そうか。ドワーフってのは長命らしいが本当なのか。何歳なんだよ」
「おいおい、おいらに歳を聞くのはマナー違反だぜ?」
なんて軽口を叩いていたからだろうか。砂塵のカーテンを抜けたかと思うと、眼前には一体の砂蟲が待ち構えていた。
「……おいらは戦闘要員じゃないってついさっき話したじゃないか。聞いてなかったのか、魔物さんよ?」
頬が引き攣るのを自覚する。これまでの砂漠越えでは騎士や冒険者など腕に覚えのあるものが先陣切って討伐していた。だから後方職といっても過言ではないボグダンたちは戦闘の経験がない。
それがいきなりB級の魔物との邂逅である。死を覚悟するのも無理はない。
ーーでも死なせる訳にはいかねぇよな。
ボグダンは独り身である。親はなく、子もいない。しかしその背に担いだ友には家族がある。娘と喧嘩別れをさせる訳にもいかない。
ゆえにボグダンは己を囮にしてガッツだけでもこの場から逃がそうと決める。
「……いいか、ガッツ。おいらが囮になるからその隙に逃げるんだ」
「ボ、ボグダンはどうするんだよ……?」
「砂に潜ってやり過ごすとするさ。ドワーフ舐めんじゃねぇってな」
「ボグダン……すまねぇッ」
男の決意を感じ取ったのか、ガッツは音なく涙を流す。そしてそっと背中から降り、音を立てずされど迅速にその場から離脱する。
「おらッ! こっちだ、ミミズ野郎ォォ……!」
ボグダンは声を張り上げ意識をこちらに向けさせる。それが功をなし、砂蟲の標的はボグダンに定められた。
少しでもガッツから離すために反対側に走って逃げる。だが、
「う、うわあああぁぁぁぁぁ……ッッ!!??」
不幸なことに逃げたガッツの眼前にもう一体の砂蟲が待ち構えていた。
「ガッツ!?」
視線の先では腰を抜かし尻餅をつくガッツの姿。このままでは魔物の餌食になってしまう。そう焦ったからだろう。己の足元が迫り上がっているのに気づくのが遅れる。
「……うそ、だろ……!?」
三体目の砂蟲がボグダンの足元から飛び出し、突き上げる。さらに中空に浮いた体を一体目が体当たりしてくる。
「ぐッ、がああああぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!」
まるでボールのように地面をバウンドしながら吹き飛ばされる。たった一度の衝突で何ヶ所かの骨が折れた。
ガッツはどうなったかと思い辺りをくまなく探すと、同様に魔物に弄ばれているのが見えた。
一思いに食べることもせず、ただ魔物のオモチャにさせられている事実に腹が立つ。そんな状況を打破できない己にも、戦う力がないことにも腹が立つ。
「くそぉ……ッ、おいらは……弱いッ。友の為に身代わりにすらなれねぇッ。すまん、すまんガッツ!」
いくら強い武器を作っても、それを振るえなければ意味はない。誇りを持って生きてきた"鍛治士"そのものすら儚いものに感じ、全てを諦めようとした時、声が聞こえた。
「ーー誰しも"役割"がある。鍛治士には鍛治士の、料理人には料理人の、冒険者には冒険者の役割が」
「……だ、誰だ……?」
砂嵐の中を歩いてきているようでその姿ははきとして見えない。しかし確実に誰かがいる。その影が腕を振るったように見えたかと思うと、ナニカが砂嵐の中から飛び出しガッツに襲いかかっていた砂蟲を切り裂いた!
同じように二度腕を振るうと、ボグダンの周囲で様子を伺っていた魔物も切り裂かれ、血を吹き出しながら大地に倒れていく。
……砂嵐が晴れていく。
「お前の役割は、俺が来るまでの時間稼ぎと居所を教えるためだったのかもなーーボグダン」
白い剣を鞘に包まれたまま肩に担いでいる男の姿がハッキリと見えた。
「へへ……なんだよ、あんたが助けに来てくれるなんてな。ツンデレかよーーカイン」
不敵な笑みを携えたカインは顎を上げて告げる。
「ーーーー帰るぞ、俺たちの家に」
これはまだ"英雄"と呼ばれる前の話。しかし英雄はじきにその覇を世界に轟かせることとなる。
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