第二話
闇に紛れて部隊が続々と後退していく。しかしカインたちの殿部隊は最後に離脱するため、警戒しつつものんびり過ごしていた。
例に漏れずテントで横になっているカインの側で、数名が膝を付き合わせ語り合っていた。
「……改めて自己紹介といきましょうか。私はエルキュール。つい最近S級に昇進したばかりの冒険者です」
「おいらはボグダン。ただの鍛治士だ」
「……お、俺はガッツ。強制召集で連れてこられた料理人だ」
三人が各々自己紹介を終え、図らずとも横になっているカインに視線を向ける。
「……うるせえんだよ。出て行けってんだ」
瞼を閉じているのに三人の視線を感じ、文句を垂れるカイン。
「さて、これで自己紹介も済みましたし今後のことについて話しましょうか」
「今のは自己紹介なのか……? ま、まあ今後もなにも、おいらは死にたくない。それだけだ」
「お、俺だって死にたくはないッ。まだ八歳の娘がいるんだ。し、死んでたまるかッ」
ガッツの言葉に僅かに反応するカイン。それを見過ごすほどS級冒険者の目は節穴ではない。
「いま、ちょっと体が動きましたね。カインさんにも娘さんがおられるんですか?」
「……めざとすぎてキメェ。どんだけ俺のこと好きなんだよ」
「すすす、好きではありませんッッ」
「「ーーえ、なにその反応」」
カインの返しに慌てふためくエルキュール。そしてそれを訝しむボグダンとガッツ。カインもつっけんどんな対応をしつつも無理矢理追い出すことはしない。
そうして戦乱が控えているものの、束の間の団欒をする四人。戦争に参加した経緯や家族のこと、帰国してからの話などで盛り上がった。
そしてついに、殿部隊を除く全部隊が撤退に入ったのを確認し、ネックスは指示を出す。
「これで我らを除く部隊が後退に転じた。必ず敵も気づいているだろう。背後からの猛攻が想定される。それを牽制しつつ我らも湿地帯へ転身する」
ネックスの言葉は皆の顔に不安をもたらす。しかし誰も口を挟まない。いや、挟まない。
ネックスはこの部隊の長であり、またここで異を唱えることはすなわち帝国への叛逆と見なされるからである。
つまり、ここに召集された時点で有無をいわさず捨て駒にさせられているのだ。
「いいか。日中は妨害及び後退、夜間は強襲に注力する。これまで存分に休んだんだ。湿地帯に着くまでは不眠不休を覚悟してもらおう」
ネックスの宣言を皮切りに殿部隊の後退が始まった。日中は太陽に焼かれながら罠を設置し後退、夜間は敵の斥候との戦い。
絶え間ない作戦と戦闘によって皆の心と体力がすり減っていく。そうして日が沈もうというころ、エルキュールが切羽詰まった声を上げる。
「え? ちょ、ちょっと待ってください! ボグダンとガッツがいません!」
隊列はそのままに、行軍が一時停止する。部隊の横で帯同していたネックスは、軽く周囲を見渡す。
「……どうせ逃げたのだろう。あとで戦犯として本営に通達しておく」
隊長のネックスも頬がこけ、幽鬼の如き様相となっている。心が折れそうなのを"忠誠心"のみで支えているといった様子。
それに反論するのは車座になって語り合った仲間であるエルキュールだった。
「そんなことありえません! 彼らは生きて帰ると誓ったのです! 逸れたか、捕まったかもしれません。捜索をお願いします!!」
「そんな余裕はこの部隊にはないッ。敵も背後に迫っている」
口論する二人をよそに、カインは何も言わずもと来た道に戻っていく。
「おい、冒険者! 勝手な行動は慎め!」
「……っるせえな」
ネックスはエルキュールを無視し、カインの下まで走り肩を掴む。
「仮にその二人が逸れ、捉えられたのだとしたら、それは奴らの"運命"だ! 捨ておけッ」
その言葉がカインの行動を決定づけた。なぜなら運命に翻弄され、二年前には最愛の主君すら失った経験があるからだ。
しかしそれを認めたくはない。あの涙の別離は、魂を割かれた決別は、己とエカテリーナが決断したこと。そこに"運命"なんて見えもしない存在の介入は許さない。
ーー運命なんて認めねえ。
掴まれた肩を振り解き、ネックスの胸ぐらを掴み上げるカイン。
「ーーなッ」
「……いいか? "運命"なんて俺が認めねえ。あるとすればそれは、俺の歩んだ轍だけだ」
それだけ言い残しカインは一人、ボグダンとガッツを捜索すべく砂塵に消えていく。
「指揮官の命令を無視して……ッ。今は一人たりとも欠けてはならないというのにッッ」
ネックスは積み重なったストレスと任務の重大さに押しつぶされ、頭を掻きむしる。
「……カインならなんとかしてくれる。そう思ってしまうのは私が弱いのか、それともーー」
エルキュールは普段無愛想で殺気に溢れたカインが率先して捜索に当たったことに驚きつつ、しかしえもいわれぬ胸の暖かさを感じていた。
それは頼り甲斐のあるカインへの信頼か、それともエルキュールの隠された本性に刺さるものがあったのか。この時はまだわからなかった。
こうして殿部隊は三名の欠員を抱えながら任務にあたることとなる。
共和国の敵軍は、すぐ背後まで迫っていることを知らずに……。
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