第一話
お待たせしました。
過去編を本日五話更新します。
灼熱の太陽が照りつける中、テントの中で横になっている一人の男がいる。ヒゲは無造作に伸び、服の至る所には砂がついている。
仰向けになって足を組み、腕も組んで瞼を閉じている。
ーーここは神の造りし熱砂。
現在、アングリア=ナハト帝国はサウスコート共和国の首都近郊まで攻め入っていた。
しかし砂漠地帯という慣れない環境に部隊は疲弊し、進軍速度は落ちていた。
そうして両者睨み合って一カ月。それぞれ陣営で無為な時間を過ごしている。
しかしテント内における束の間の静寂を破るものがいる。
その者は恐る恐るテントに入り、眠っている男に話しかける。
「あ、あのよ……ここらへんの奴らに召集がかかったってよーーカイン」
「…………」
返事はない。
深く寝入っているのかと思い近づくも、唐突にカインは口を開く。
「……だれが呼び出した、ドワーフ」
「……っ、なんだ。起きてたのか。騎士のお偉いさんが呼んでる。あと人を種族名で呼ばないでくれ。おいらはボグダンだっていってるだろ……」
「知るか」
か弱い抗議の声を無視してゆっくりと起き上がるカイン。瞼を開け、その視線を受けたボグダンは背筋が凍る。
ーーなんちゅう眼をしてやがる……ッ。
触れるもの皆切り伏せんとする鋭利な眼差しにボグダンは二の句が告げず、テントから出ていくカインの邪魔にならぬよう道を譲る。
テントから出ると、すでに五十名弱の人が集まっていた。最後に登場したカインとボグダンに叱責の声をかける一人の騎士。
「……努めて早く集合するよう伝えたぞ、冒険者」
「うるせえ。俺に指図すんな」
「……ふん、クズが」
騎士の言葉を一蹴する。辺りには緊張感と不信感が広がる。カインの言葉はいつものことのようで、深く追求せず人を集めた目的を話し出す。
「集まってもらったのは他でもない。ここにいる者たちで臨時の部隊を編成し、ある任務を行ってもらいたいからだ」
「任務、ですかい」
一人の男が疑問を口にする。それはこの場にいるものみなが感じたことでもあった。
「そうだ。我が帝国軍は砂漠地帯から退却し、湿地帯での決着を決定した。ゆえにこの臨時部隊には殿を任せるとのことだ」
騎士の言葉で人々は騒つく。それもそうだろう。これほどの戦争における殿とは、文字通り命をかけて足止めをせよ、ということに他ならない。
「……お、俺は料理人だぞ。この戦いだって志願した訳じゃない。それが殿だなんて……」
ある男は来るべき死の未来に絶望する。
「大丈夫です。私の戦略でなんとか切り抜けましょう」
あるS級冒険者は顔を青ざめながらも激励する。
「おいらはこんなとこで死なねぇぞ」
ドワーフも奥歯をガチガチと震わせるも力強い言葉を無理矢理に吐く。
「本部隊は私、騎士団所属ネックス・ヴァルダーンが指揮を執る。本営は順次退却。我らは最後の部隊を見送ってから敵を牽制しつつ後退する」
長期間に及ぶストレスと疲労によって眼窩が落ち込んだネックスの言葉に反発するのは、耳に小指を突っ込んでいたカインだ。
「ーー温ぃんだよ」
「……なに?」
その言葉か、若しくは態度にか。ネックスは眦を吊り上げカインを見る。
「なにが殿、なにが湿地帯での決着だ。つまるところこの膠着状態を打破できねえから帝国のホームでやろうってことだろ。それが温ぃんだよ」
「ならばどうするというのだ」
「俺が一人で切り込んで皆殺しにしてくるから待っとけっつってんだ」
「口ではなんとでもいえる。冒険者風情が偉そうなことをいうな」
「いわれたことしかできねえ騎士風情が偉そうなこというんじゃねえ」
両者互いを罵り合う。ついにはネックスが腰のものに手をかける。
「んだよ、切る気か? 出来もしねえのに魅せるのは上手いじゃねえか。褒めてやるよ」
「貴様ッ」
その言葉でネックスは剣を抜き放ち、カインを唐竹割りにする勢いで振り下ろす。
ーーもちろん本当に切る気はなかったのだろう。髪の一本でも切ってお灸を据えてやろう、といった程度のもの。
しかしそこは流石の騎士団所属。その場にいた誰もがネックスの剣閃を目で追えなかった。
……一人を除いて。
「ーーなッ!?」
右手の人差し指と中指で剣を止めたカイン。誰も彼もが息を飲む。無論振り下ろした本人さえも。
腕を振り、剣をへし折る。パキィンと音を立てて剣は熱砂に沈んでいく。
「仮にも同じ国の仲間に振り下ろすもんじゃねえだろ、剣は。ちったあ頭を冷やしやがれ」
そういって踵を返すカイン。
「まあこの暑さじゃむりだろうがな……」
燦々と陽の光が差しているのに、その場だけは真冬のように冷え切っていた。
カインはただのC級冒険者としてここにいる。しかしその業に魅せられた料理人は、S級冒険者は、ドワーフは、微かな希望を見出した。
剣を折られたネックスも、怒りや憤懣よりもむしろ感嘆の感情がその胸に占められていた。
未来の騎士団幹部として期待されている己の剣閃をああも簡単に止められたのだ。感服するしかない。
国に尽くしているが、その国に見放されたような気がしていたネックス。しかしカインという冒険者がいることでこの任務を全うできるかもしれない。
折られた剣を見つめながら、ネックスは来る激戦に向けて確かな手応えを感じていた。
ーーこれは後に『リクオーレ湿地の奇跡』と呼ばれる戦い、その前日譚の記憶である。
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