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第八話

「「「「ーー四重槍戟(ブレイド)……!!!!」」」」


 しかしその確殺の一撃はキィンッと黒い鱗に遮られた。


 防がれたのではない。まるで時が止まったかのように、燃え盛る槍を突き刺した姿勢のままブリジットは中空に固定される。


 その間隙を突いて斧と見間違えるほどの鋭利な尾がブリジットを強襲する。


「させるかああぁぁぁ……ッッ、『琥珀壁』!!」


 イシュバーンが盾を地面に突き刺し、返す形で上に振り上げる。それは停止するブリジットと尾の間に硬い土の防御壁を形成し、直撃を防ぐ緩衝材になる。しかし、


「ぐわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ッ、ブリジットぉぉ!」


 高く聳える土壁なぞなんのその。『琥珀壁』もろともブリジットを熱砂に叩きつける!


「ブリジット姉ッ! くそッ、鱗に攻撃が当たると極短時間だけ時を止めることから暴砂鰄鰐(クロノダイル)と呼ばれてるんすっよね! じゃあどうしたらいいんすか、レティ姉」

「わからないわよ! それよりもブリジットちゃんの手当をーーーーきゃあっ!」

「避けろレティッ」


 弓を構えていたレティに向かって暴砂鰄鰐が凶悪な(あぎと)を広げて噛み砕こうと突進してきた。それをイシュバーンが突き飛ばして躱し、己が誇る最硬の盾で防御する。


「うおおおおぉぉぉぉ! 『金剛壁』ぃぃぃぃ……!!」


 ガキィィィィンンッ! と甲高い金属音がなったかと思うと、次の瞬間には盾を砕かれたイシュバーンが吹き飛ばされる。


 血に塗れたイシュバーンがカインたちの前にどちゃっと落ちる。


「「…………っ」」


 目の前の光景が信じられない様子のシャルティとサージュ。


「……ガ、ガイン殿、ご家族をづれて……!」

「……ああ、ご苦労」


 四肢を震わせながらも避難を催促するイシュバーンに端的に答えるカイン。眉間には深い皺が刻まれている。下唇も強く噛んでいるが、助力の旨は一言も発さない。


 そのことに忸怩たる思いを感じたシャルティはカインに願う。


「お父様っ、み、皆さんを助けてください! このままではーー」

「ん! パパ、お姉さんたちに手を貸してあげて?」

「ーーだめだ」

「「っ!?」」


 サージュもカインの手を握って支援を願い出るも、カインは拒否する。その理由はすぐに語られた。


「誰かが"助けてくれ"って言ったか? ここで俺が手を出せば、それは諦めずに戦っているあいつらを侮辱することになる。あいつらは、冒険者パーティーブレイドは、己が矜持をもって任務についている。だろう? イシュバーン?」

「……はぁ、はぁ、左様。大恩あるカイン殿に"助力してくれ"なんて口が裂けてもいえぬ」


 冒険者としての"覚悟"に気押された二人。それ以上口を開くことはなかった。悔しいのはカインも同じ。しかしまだ彼ら彼女らの目が死んでいないのなら、できることなんてない。


 ーーただ信じるしかねえ。


 そうして娘たちの頭を撫でていると、意を決したように言の葉を吐き出すシャルティとサージュ。


「お父様! やはりここはーー」

「パパ。お姉さんはあたしのお姉さんだからーー」


 だがその言葉が最後まで続くことはなかった。


「GRURURU……GYURURURUOO!!」


 暴砂鰄鰐(クロノダイル)の咆哮によって砂嵐が起こり、再び大地が揺れたからだ。


「おどっ、〜〜! いひゃ〜」

「パてっ、〜〜! ふぐっ、ひた噛んだ〜」


 砂嵐と揺れによって舌を噛み、涙を浮かべて悶絶するシャルティとサージュ。


「お、おとうさま〜〜」

「……パパぁ、いひゃいぃ」


 その痛々しい顔を見て、カインの眉間の皺はさらに深くなる。顳顬が脈動し、青筋も浮き出てきた。


「……あーんしてみ、あーん」

「「あ〜ん」」

「こりゃ思いっきり噛んだな……。痛かったろ、よしよし」


 愛娘たちの口腔環境をしっかり確認すると、二人とも舌の先や横が赤くなっていた。幸い血は出ていないが、それでも痛いことには変わりない。


 涙を拭きながら痛みが去るのを待っている二人をそっと抱きしめるカイン。


「ちょっと待ってな。お父さんが舌を噛むことになった原因をぶっ飛ばしてくるからな」


 慈愛に満ちた顔はそこで終わった。


 可愛い家族に涙を流させた魔物への怒りで修羅の顔に変じ、固有魔法〈覇道を往く者〉を発動。カインの体表からは赤銅色のオーラが滲み出てくる。


「パパの……やっぱり……」


 なにやら得心がいった様子のサージュの呟きは、カインから発せられる"威圧"にかき消された。


 一歩足を踏みしめるたびに大地が鳴動する。


 レティを食そうとし、イシュバーンを塵芥の如く吹き飛ばした暴砂鰄鰐(クロノダイル)ですら、カインの威圧の瀑布に体を硬直させる。


 あれほど絶望が満ちていた熱砂にはいま、絶対的強者による蹂躙の兆しが押し寄せていた。


 ドイルは安堵のあまり腰を抜かし、レティはやっとかといった雰囲気で笑みを浮かべ、イシュバーンは敵わない、といった顔で仰向けに倒れる。


 魔物(弱者)へ向かう道すがら、砂漠に刺さっていたブリジットの槍を掴む。


「借りるぜ」

「……へへ、いいけどもう一つ"キャニオン"を作らないで欲しいよ。吊り橋の用意はしてないんでね」

「善処する」


 うつ伏せで苦悶していたブリジットに告げると、軽口が返ってくる。やはりまだまだ心は折れていない。立派になったブレイドに感動しつつも、己に恥じらいもある。


 ーーこれからすることは我儘だ。


 冒険者の誇りを踏みにじる行為だ。だが愛する家族に舌を噛ませるという危害を加えたのだ。それで涙も流した。


 もはやカインには()()の二字はなかった。


「魔力解放ーー煉獄炎槍」


 全ての魔力を槍に込める。それは正しく太陽が槍を形取ったと思わせるだけの熱量・光量を有し、砂漠の環境に慣れてきていた一行に汗を流させるほど。


「……可愛い娘たちに涙を流させやがって。教え子たちも随分と世話になったな」


 カインの歩みはゆっくりとしたもの。それが返って畏怖の念を撒き散らしている。


「はは、神が造ったらしい砂漠ですらブルってやがる。流石だよ、カイン殿……」


 ブリジットはかつて見た光景を思い出しているのか、嬉し涙を流している。


「ーー爬虫類が人様に楯突くんじゃねえ」


 ついにカインは暴砂鰄鰐(クロノダイル)に肉薄する。

お読みいただき、ありがとうございます!


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