第七話
「ーーということで懐かれちまった。目的地は一緒だから同行させたいんだが、いいかい?」
「拒否はさせないの。ミニョンはブリジットお姉様と一心同体なの。もう離れられないの」
そうブレイドから報告を聞くカイン。今回の護衛依頼における雇用主であるため決定権はカインにある。
ブリジットの腰に抱きついて離れないミニョンと名乗る小さなローブ。傍では肩を落としたアドラーと名乗るローブもいる。
頑なにローブを外さないところを見ると普通ではない。怪しさ満点である。そこでカインはいくつかの質問を投げかけることにする。
「……ミニョンつったか。どうしてそこまでブリジットに執着する? 女ならレティでもいいはずだろ」
「ブリジットお姉様こそが探し求めた聖女だからなの!」
「聖女……」
その言葉を受けて眉間に皺を寄せるカイン。
聖女。それは神からのお告げーー神託ーーを授かることができる稀有な存在であり、代々この世界の各地に現れては、信仰の対象や戦争の引き金になったりする存在。
ーーつっても会ったことがあるのは一人だけだが。
遠い過去、カインは一人の聖女と共に過ごしたことがある。名利を思わず、栄達を望まず、ただ一念、民のことだけを考え、尽くしに尽くしていた彼女。
愚直な聖女を思い出しながら、思考を現代に戻す。
「今代の聖女は北の大地にいる老婆だぞ? 世代交代が起きたなんて聞いたこともねえ」
「そんなありきたりな聖女なんてどうでもいいの。ミニョンたちが探しているのはーームグっ!?」
「はいはい、そこまでっすよ〜」
ミニョンがなにやら説明しようとしたところを横からアドラーが口を塞いで止める。声を出せなくなったミニョンの代わりにアドラーが二の句を継いだ。
「ちょっとあたまメルヘンなので気にしないでください〜。この人の話は半分にしといてもらって、ユガまでご一緒させていただきますね〜」
隠し事をする気があるのかないのか……。露骨な話題転換に片眉を上げるカインだが、娘たちに危害を加えるような気配がないので無視することにする。
「ま、なんだっていいさ。旅は道連れ、世は情けってな」
「よっし、カイン殿の許可も出たことだし、今日はキャニオンで休んで日の出とともに出発しようか! ユガまではあと二、三日。気ぃ抜かぬずに行くよ」
懐かれたことで逆にブリジットもミニョンを慕っている様子。ローブの上から頭を撫でる。
立派にパーティーリーダーとして、また頼れる大人の女性として成長しているブリジットを見ながらカインはポツリと呟く。
「……違うものを抜きたい、俺は」
「……お父様のえっち」
「パパはえっち。砂漠でも変わらない。ふふ」
日が砂漠に沈んでいく中、側で様子を見ていたシャルティとサージュに揶揄われ一日を終える。
次の日。もう少しでユガが見えて来る頃。
辺りが、いや砂漠が大きく揺れ、一行は足を強制的に止められる。
「……マジっすか。この断続的で特徴的な揺れ。宝くじに当たるよりも低い確率っすよ」
ドイルの項垂れた声は皆の予想が当たっていることを確信させた。しかし中には何が起こるのか分からないものもいる。
「あ、あの……ドイルさん? なにか強い魔物でも来るのでしょうか?」
シャルティの恐る恐るの質問に、顔を青ざめながら答えるドイル。
「はい、強い魔物っす。この熱砂で一番に……」
「…………っ」
ドイルの言葉によって一行の動きは決定した。鋭い声で指示を出すのはブリジット。
「冒険者以外は魔物の姿が見えたら一目散に逃げな! 荷物なんて放置! ユガまでは後少しなんだ、命だけ持っていきな!」
切羽詰まった声に緊張が走る。ブリジットはそのまま仲間たちにも次々と指示していく。
「レティはみんなに風の加護を、ドイルはどこからきても対応できるようにしときな、イシュバーンは……」
「言わずとも分かっている。恐らく我が最も死ぬリスクが高い。されど任務は全うするさ」
「……頼んだよ」
そうして砂漠の揺れが微振動になり、一息沈み込んでから一行の真正面に山が現れた!
次第に砂が重力に従って落ちていくと、山の正体が顕になる。黒い鱗に覆われ、鋭利な一本角と刃物のような強靭な尾が特徴的な、一見すると爬虫類と思える体躯。
ーーそれは砂漠に蠢く黒い鰐であった。
「"大地喰い"ーー暴砂鰄鰐……!?」
「黒色なんて聞いたことないがな……ッ。アースカラーではないのかッ」
「亜種ってことかい。最後の最後にとんでもないのが出てきたね……! 御者たちは逃げな! ミニョンもだよ!」
レティが己の知識と照らし合わせて魔物の名を叫ぶ。しかし既存の知識とは違う点をイシュバーンが指摘し、ブリジットが総括する。
「いやなの。ミニョンはブリジットお姉様と一緒なの。アドラー、お姉様と一緒に戦うの」
「いやいやいやいや……っ。暴砂鰄鰐はS級。それも亜種ならSS級かひょっとすると"王級"に匹敵しますって〜。ここは言われた通り逃げないと!」
「……いやなの。騎士団は聖女を見捨てないの」
アドラーの説得を受けても頑なにその場から動かないミニョン。逃げる御者たち。魔物に向かっていくブレイドの四人。
他方、カインは怯えるシャルティと好奇心で目を輝かせているサージュとともに戦いの行く末を見守っている。
視線の先では砂蟹を一撃で屠った必殺技が炸裂していた。
「「「「ーー四重槍戟……!!!!」」」」
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