第六話
「……ブレイド」
小さな人影の声は魔物の咆哮によって掻き消えた。
「っち! 腐ってもA級だね。お姉さんの槍じゃあノックバックさせるのが関の山かい……っ!」
魔物の胴体から弾かれ中空を舞っていた槍を掴み取りながら歯噛みする。B級の魔物であれば単独撃破が可能だが、A級となるとそうはいかない。
パーティー単位でA級を討伐できるからこそ、A級冒険者パーティーなのだ。
B級とは一線を画す脅威度。求められる実力も知識も並外れたもの。
ーーしかしここにいるのは、その並外れた冒険者たち。
「熱くなるのは攻撃の時だけですよ、ブリジットちゃん」
「左様。カイン殿が見ているからと言って気負う必要はない」
「とはいっても、やっぱり恥ずかしいマネは出来ないっすよね」
それぞれが堪えきれない笑みを浮かべている。それもそうだろう。後方にはあの英雄カインが、戦場から救い出し生きる道標を示してくれた親代わりが、スケベでだらしない男が見てくれているのだ。
ーーだらしない姿は見せられないねえ。
「いいかい、いつものやり方で瞬時に終わらせるよ。"あなたの拾った子供たちは立派になりましたよ"と見せてやろうじゃないか!」
応っ! と一斉に掛け声を発すると、ドイルが俊足を生かし魔物の背後に布陣する。
他方イシュバーンは堂々と魔物の前に位置取り、背中に担いだ盾を構える。
その後方にブリジットが、その横にレティが弓を構える。
「SHIIIIII……!」
砂蟹が擦過音を発しながらこちらに向かって突撃してくる。しかしその出鼻を挫くのはドイルだった。
「ーー『影刺し』。流石にこれほどの大物となると数秒が限界っす、レティ姉ッ」
「わたしたちなら数秒で十分よーー『陣風弓』」
ドイルが魔物の影を小刀で刺すことで動きを制し、次いでレティが天に向かって弓を放つ。それは放物線を描いて魔物の上空に到達し、魔物を押さえつけるほどのダウンバーストを起こす。
「……これでは我の役目はほぼないな」
そうぼやいたイシュバーンは腰を落とし力を蓄える。その姿を視認する前から、もっと言えば第一射を放った時から、すかさずレティは矢を構えず弦を引いて傍のブリジットに風を送る。
「『風乗り』。あとは任せましたよブリジットちゃん」
「ああ、任せなっ」
ブリジットの体に風が纏わりつき炎槍の勢いも強くなる。それを意に介さず飛び出し、イシュバーンに向けて跳躍する。
「……加減は?」
「なしだ!」
「承知ッ」
刹那の交錯の間に短い会話を済ませる。イシュバーンの肩に着地すると、そのまま全力で魔物に向かって投げ飛ばされる。
正しく流星となったブリジットは槍を両手で構え、青白く温度を上げた槍先を先ほど弾かれた魔物の硬い胴体に突き刺す!
「ーーーー『四重槍戟』……!!」
ブリジットの炎槍は砂蟹の胴体に深く刺さる。しかしそれだけでは終わらない。魔物の内部から高熱で焼き、外側ではレティによる風によって爆炎が砂蟹を襲う。
内部と外部。双方向からの炎による攻撃によって砂蟹は断末魔すらあげず地に伏せていった。
レティの風によって炎の自傷を防いでいたブリジットは魔物の死を確認してから仲間たちと結節する。
「ケガ」
「「「なし」」」
「武器の破損」
「「「なし」」」
「悔い」
「「「なし!」」」
瞬時にパーティーの状態を確認してから小さな影に声をかける。
「もう大丈夫だ。怖かったろチビッコ」
「……見つけたの」
「はい……?」
小さな人影が漏らした言葉の真意が読み取れずにいると、もう一つのローブを被った大きな人影が走ってくる。
「いや〜お見事ですね〜! A級の魔物をああも瞬時に倒しちゃうなんて! ありがとうございました〜。さ、行きますよ」
簡潔に礼を述べた人影は小さな影の手を握ってこの場からの離脱を促すも、その足は一ミリたりとも動かなかった。
「アドラー、見つけたの! この赤い髪のお姉さんこそが"聖女"なの!」
「はいぃぃ??」
今度はアドラーが言葉の真意を読み取れなくなった。
「……聖女……?」
ブリジットも他の面々も当惑を隠せない。魔物の襲撃によってちょっと頭がやられてしまったのかと思ってしまうほどに状況がわからない。
「いやいやっ、"予言"はどこいったんですか〜。ほら、暗唱してください」
「"天に一条の流星奔る時、涙浮かべし無垢なる者こそ聖女の器なり"」
「ほら! 予言と違うじゃないですか〜」
「赤く燃える槍が流星なの。赤い髪も情熱的な無垢を表しているの」
「……情熱的な無垢ってなにそれ意味わかんない」
頭を抱えるアドラーを無視して、ブリジットに詰め寄る小さな影。
「助けてくれてありがとうなの。命の恩人なの。感謝してもしきれないの。だから祀ろわせてほしいの」
「ちょいちょい、重いっての! 感謝の言葉だけでお姉さんたちは十分だからっ」
「ならせめてお名前を教えてほしいの。後世まで語り継ぐと神に誓うの」
「だから重いって! ったく、お姉さんはブリジット。それだけさ」
「ブリジット様なの」
様付けもいらないんだけどねえ、と困った顔。他の者も会話に入れないほどの異様さで誰もついていけていない。
ブレイドの四名プラスローブを被った二名。近くには黒く焼け焦げた蟹一匹。
内一人は鼻息荒く自信満々に喉を鳴らす。
「ブリジットお姉様こそが探し求めた"聖女"なの!」
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