第五話
「ーーカインの谷、と人は畏敬の念を込めて呼ぶのさ!」
きゃにおん……とシャルティは小さく言葉を口ずさむ。
視界には砂漠を切り取ったかの如き巨大な谷で埋め尽くされている。それはまるで、ケーキをナイフで抉ったような綺麗な断面。
事前知識を有していたサージュは目を輝かせ、体を馬車から乗り出している。
「ていうかどうして砂漠の切れ目がこうも維持できてるの……? 砂でしょ??」
シャルティの疑問に答えるのはサージュだ。
「パパのすんごい武技はちょー高圧の衝撃波をうんだの! だからただの砂が砂岩になって割れ目をたもち続けてるんだって!」
サージュの言葉を受けて谷間をよく見ると、確かに砂というよりも岩肌が見て取れる。砂に圧力をかけると石になるのは知っているが、ここまで大規模なものは見たことがない。
シャルティは改めてカインの"英雄"たる御業をその目に焼き付けるとともに、人の枠を超えた所業に戦慄を覚える。
「カイン殿の"大地割り"には過分な覇気が込められていた。だから八年が過ぎてもこの辺りには魔物が出ないんだよ。さ、今日はあそこの吊り橋からキャニオンを越えて休もうか」
ブリジットが一行から一番近い吊り橋を指差し告げる。
辺りを見渡すと、キャニオンにはいくつもの吊り橋が掛けられており、商人や旅人・冒険者など行き交う人も多い。
変わらずドイルの先行でキャニオンを越える一行。谷間から離れたところで陣を敷き、休息の用意を整える。
その間、いやキャニオンに近づいてから一言も話さないカインが気になるシャルティ。
ーー冥福を祈っているのかな。
英雄だなんだと言われても、カインも一人の人間。同じ部隊の人間は一人たりとも失わなくとも、帝国側も共和国側も尋常ではない数の命がこの熱砂にのまれていった。
戦場に散っていった数多の命を悔やんでいるのだと思い、そっとカインの手を握り一人ではないと告げる。
「……大丈夫ですよ、お父様。もう戦争は終わってます。いつまでもお父様が気を病む必要なんてないです。だってお父様は英雄なんですからっ」
唐突にシャルティから手を握られ激励される。そのことにカインは目を見開き、困惑の声を漏らす。
「え? な、なに? 戦争?」
カインの当惑した顔が可愛らしく感じてしまう。そんな見え見えの嘘なんてつかなくてもいいのに。
「いつまでも引きずらなくても大丈夫ですよ。ここずっと口を開かなかったのは戦没者の冥福を祈っておられたからですよね?」
これ以上ない慈愛の表情でカインに告げるシャルティ。しかし返ってきたのは予想外の言葉。
「いや、ずっと女を抱いてないからムラムラしてただけなんですけど……」
「……むら……っ!?」
「流石にこうも長旅となるとムラムラしてたまらねぇな。共和国に着いたら飯の前に娼館へ行きてぇや」
「〜〜〜〜!!??」
シャルティ、顔を真っ赤にして声なき声を漏らす。
「サイッテー……! 仮にそれが本音だとしても娘にいう!? もっとデリカシーを持ってください! お父様の下半身バカっ」
もう知らないっ、とカインから去っていくシャルティ。その一部始終を見ていたドイルがニマニマしながらカインに話しかけてくる。
「英雄サマも子育ては一筋縄ではいかないみたいっすね」
「うっせ。ウチは隠し事はしない家訓なんだよ……」
「ぷぷ、負け惜しみにしか聞こえないっす」
なんて会話をしていると突如大地が揺れる。遠くでは魔物の影が見えた。
そこからのブレイドの動きは早かった。
「ーー蟹……砂蟹かい! ブレイド! 距離はあるがここであいつを叩くよ! カイン殿っ」
「おう。ここは任せろ」
すぐさま討伐行動に移行するブリジットたち。一時的に護衛を離れる旨もカインとは阿吽の呼吸で伝わる。
四人は弾丸の如き速度で休息地から飛び出していく。
「前方、小さな人影がありますわ」
「離れたところにも人影っすね。囮にされたのかな」
「なんでもネガティブに考えるものではないぞ、ドイル」
レティ、ドイル、イシュバーンが走りながら状況の確認をする。
「なんだっていいさ! 砂蟹はA級の魔物。気を引き締めて討伐するよ!」
「「「おうっ」」」
その言葉で一丸となったブレイドの面々。一番槍は赤い髪をさらに赤らめたブリジットの攻撃だった。
「まずはあのチビッコから引き離さないとね。頭を下げなっ! チビッコ!! 『炎槍ーー一点衝』!」
ブリジットの槍が炎に包まれる。それを右手で持って大きく振りかぶり、投擲。
赤い尾を引きながら流星のように一直線に飛翔する槍は、小さな人影に襲い掛かろうとしていた砂蟹の胴体に直撃し、その巨体を大きく仰け反らさせた。
「お姉さんたちが危ないとこを助けてやるから、そこでじっとしてなチビッコ」
その隙に魔物と人影の間に入るブリジットたち。
「あなたたちは誰なの?」
小さな人影は四人に誰何する。
「ブレイドーーただのA級冒険者パーティーさ」
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