第四話
ドスゥン……と力尽きた砂蟲が砂の大地に沈んでいく。
それを残心しながら見届けたエルフの女性レティは、馬車の中から戦闘を見ていたカイン一家に声を投げる。
「ーーもう少しで"キャニオン"です。そこを越えればサウスコート共和国首都はすぐ。体調は大丈夫ですか?」
「は、はいっ! 問題ありません! ていうかレティさんの弓捌き凄いですねっ。とっても強いのに綺麗さもあって……!」
「ん! 耳長お姉さんカッコいい……!」
シャルティのサージュが馬車から顔を出して、興奮したように先ほどの戦いを絶賛する。
レティは弓を背中に担ぎなおしながらもう一人の感想を訊く。
「ふふ、ありがとうございます。カインさまはいかがですか?」
薄らと微笑みを携えたレティは氷のような儚さを感じさせる女性。その女性が興味を隠しきれない様子でカインに問う。
「……前に見た時よりも矢の鋭さに磨きがかかってた。努力したんだな」
珍しく真面目な表情で講評を述べるカインだが、レティは片頬を小さく膨らまし抗議する。
「久しぶりにわたしの空間を裂く矢を見てそれだけですの?」
他にいうことはないのか。そういった雰囲気をありありと醸し出しながらボヤくレティに、カインは煩わしそうに一言付け足す。
「はいはい、綺麗だった綺麗だった」
「〜〜っ」
投げやりな賛辞であるにも関わらず、レティは少女のように花を咲かせた笑顔を見せる。その場でピョンピョンと軽く飛び跳ねてもいる。
その会話に割って入るのはブレイドの残りのメンバーたち。
「おいおい、カイン殿! お姉さんの華麗な槍捌きにはコメントねぇのかい……?」
「我の鎧袖一触の守りについても一言欲しいものだ」
「ったく、みんな子供みたいにはしゃいじゃって……ちなみに俺はどっすか?」
レティのみならず、他の三名もそれぞれ砂蟲を各個撃破しており、魔物の屍の上からカインの評価を求める。
「……なんだか親に褒めてもらいたい子供みたい」
「ん。怖い雰囲気がなくなったね。これがギャップもえ?」
馬車の中でコソコソとブレイドについて語り合うシャルティとサージュ。それを横目にカインは適当に言葉を返していく。
「そうだな、ブリジットは手数が多く、されど一撃一撃に力が込められていてよかったぞ」
「っしゃあ!」
ブリジットが両手を天高く突き上げる。
「イシュバーンは安定の堅固さだな。安心して任せられるぜ」
「ふっ、それほどではあるが、嬉しいものだ」
イシュバーンは照れ臭そうに鼻を擦る。
「ドイルは相変わらずネチッこい戦い方だが、このパーティーの役割からいえば必ず敵に刺さる。しっかり自分を待てよ」
「それ褒めてんのかどうかわかんないっすよ、へへ」
ドイルは後頭部で両手を組んで後ろを向くが、嬉しさのあまり揺れている。
このやり取りを魔物を倒したら毎回繰り返し、一行は砂漠越えにおける一つの"観光名所"に到着する。
最初に報告の声を上げたのは先行しているドイルだった。
「ーーぼちぼち"キャニオン"に到着するっすよ〜」
「……キャニオン?」
ドイルの言葉にハテナを浮かべるシャルティ。説明をしてあげるのは興奮して鼻息が荒いサージュだ。
「ねぇね! キャニオンはパパが昔にしたすっごいことの跡が今でも残ってるすっごいところ!」
「……うん、全っ然わかんない」
二人の会話が聞こえていたのか、カインたちの馬車近くで護衛をしていたブリジットが歩み寄りながら詳しく解説する。
「ーー南部戦役における『リクオーレ湿地の奇跡』。戦争の行方を決定付けたとされる戦いだが、真にターニングポイントとなったのはここ、キャニオンとされている」
「ブリジットさん……? 警戒はいいのですか?」
「ああ、キャニオンの周囲には魔物は出ないからねっ」
「???」
話が見えないシャルティは首を傾げる。それをなにやら含みのある笑みで見つめ、話を続ける。
「長期化する戦場、それも砂漠という慣れない環境。ゆえに帝国は転身し、湿地帯での決着を決定した。しかし足を取られる熱砂、背後から敵が迫ってくるという焦燥。帝国軍の撤退速度は鈍重だった」
そこで、とブリジットは馬車の中で瞳を閉じているカインに視線を向ける。
「カイン殿は名工ボグダンの槍を振い、大地を割ったのさーー文字通りね」
見えてきたよ、とブリジットの声はシャルティとサージュには届かなかった。息を呑むほどの光景がそこには広がっていたからだ。
「襲いかかる敵兵の足止めのためカイン殿は大地を割り、神の造りし熱砂に巨大な谷を築き上げた。ゆえにこの地を……」
ブリジットの言葉は、その場にいた全ての者の胸を貫いた。
「ーーカインの谷、と人は畏敬の念を込めて呼ぶのさ!」
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