第八話
「ーーということなので、あたしも学術報告会に参加します」
サージュは自身の指導教授であるイゼル・バーントに参加の意思を示していた。
他方、サージュの参加表明に表情を明るくさせるイゼル。
「おお! それはそれは素晴らしいことですぞ、サージュ君! これで我が帝国の学術レベルの高さを周知させることができますな! さらに大陸西南部に伝わる伝承を見聞することで新たな視覚も得られましょう! さらにさらに! 旅という果てなき道程をーー」
いつもの如く話が止まらないイゼル。それを無視して近くで控えていたイゼルの長男シェンナが声をかけてくる。
「ほ、ほんとに僕はお留守番なのですかぁ、サージュさぁん」
「ん。シェンナにはパトロンがいないでしょ? それにシェンナの体力じゃ共和国までいけないとおもう」
「そそ、それはそうですけどぉ……」
サージュの言葉に不満なようで口を尖らせるシェンナ。しかし反論することもできない。
帝都アングリアから南の共和国までは馬車で片道二週間かかる。それだけなら近いと思うかもしれないが、リクオーレ湿地を抜け『神の造りし熱砂』と呼ばれる砂漠地帯を踏破しなければならない。
過酷な環境変化、厄介な魔物たち。
南部戦役で苦しめられたのも、敵兵より地形であったほど。
それが正しく理解できているからこそシェンナは口を噤むのだ。
「それにあたしがいない分、シェンナには研究を進めておいてほしい」
ぽん、と背伸びをしてシェンナの肩を叩くサージュ。それが嬉しかったようで喜色ばんだ顔を前面に出して応じる。
「ま、まっかせといてくださいぃ! みんなが驚くような研究結果をだしてみせますぅ!」
「ん。期待しているぞ、わがじょしゅよ」
「はいぃぃ!」
二人で盛り上がっていると、イゼルがサージュに聞いてくる。
「そういえばサージュ君。よくカイン殿がパトロンを認めてくれましたな」
「おー、それなんだけど……パパは認めなかった」
「ん? ではどうやって共和国までの旅費を? 護衛も要りますし馬車も必要ですぞ? もちろん食料や文献などなども運ばなければなので一台や二台では足りませぬ。御者やーー」
イゼルの止まらないマシンガントークを遮ってサージュは苦笑いしながら答える。
「お金はパパがだしてくれる。護衛も『ブレイド』? って冒険者にお願いするんだって」
「槍剣の覇王がいれば護衛なんていりそうもないですけどねぇ」
疑問を口から吐き出し続けるイゼルの代わりにシェンナが相槌を打つ。
「……パパ曰く、"カウナスの野郎にできて俺にできねぇことはねぇ! ブレイドへの護衛依頼なんざ朝飯前よ(キリッ)"だって」
「ま、まあ、たしかに英雄からの依頼であれば『ブレイド』の皆さんも断れないですしねぇ」
「あたしはよくしらないんだけど、シェンナは知ってるの? そのブレイドって人たち」
サージュが首を傾げて話が通じるシェンナに問いかける。
「は、はいぃぃ。何度かお父さんの調査に同行した時にお会いしましたぁ」
「ほうほう」
「四人組のパーティーで、皆さんお強かったですぅ。ただ醸し出す雰囲気がピリリとしてて怖いですよぉ」
「つよい人はオーラがあるってパパがいってた」
サージュの言葉に、ああ、と手を打つシェンナ。
「いわれてみればありますねぇ。近寄りがたい雰囲気? みたいなのがありますぅ。でも男性二人、女性二人のパーティーなのですが、皆んな粗暴な感じでしたよぉ」
「……冒険者に上品さをもとめるのはちがうのでは?」
「そ、それもそうですねぇ」
二人の会話が落ち着いた頃、イゼルも落ち着いたようで紅茶を啜っている。ティーカップを優雅に置いてから、報告会について話し合う。
「ふぅ、では予定通りワタクシは先に出発して向こうで落ち合うということで」
「ん」
「で? 結局サージュ君の学術報告はどちらにしたのですか?」
学問のこととなるとスラスラ会話ができる。それがイゼル・バーント。
「話題になる方か反発を招く方かってやつ?」
「左様です」
サージュは報告会に向けて二つのネタがある。
一つは画期的な技術革新をもたらすもの。
もう一つは全方位から反発を招きかねないもの。
もともとは、どちらを発表するかの相談のためにイゼルの下を訪れたのだ。
「反発される方でいこうとおもう」
「……その心は?」
「"真理を突くからこそ嫌悪感が生まれる。批判は最高の賞賛である"ってバーント教授の教えだから」
「すんばらしいですぞッ!」
おもむろに立ち上がり、両手を広げクルクルと回りだすイゼル。手に当たって書籍が床に落ちようとも気にしない。
「"納得"なんてものは思考停止でしかありません! 相手の胸を掻き乱し、脳髄を沸騰させ、神経を焼き切るほどの事実こそが! 真理へ到達するただ一つの道! 流石はワタクシの弟子です! ああ! なんと誇らしいことか!?」
色々自説を述べているイゼルをガン無視し、シェンナを見上げるサージュ。
「ということで、お留守番よろしくね……?」
「もちろんですぅ! お気をつけてぇ!」
サージュは眼鏡では隠しきれない楽しみを感じながら、知恵の塔を後にする。
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