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「――サージュ~。迎えにきた……ぞぉぉぉ⁉」
理系の園は帝院の理系分野が集って研究をしている広大な施設である。
成績優秀者のみ――もちろんサージュもその一人、というか主席――に与えられている研究室の扉を開けたカインの滅紫色の瞳に映るのは……、
「は……………………?」
――可愛い娘のサージュの眼前に直立不動の姿勢を取っている、パンツ一丁の青年だった。
刹那、カインの動きと思考は停止する。次いで脳細胞がフル回転する。
これはあれか? サージュは襲われているのか? それとも異性の体に興味を持ったサージュが脱がせたのか? いや、サージュの年齢を考えるのならばおそらく前者だろう。というか後者であってほしくない。
と一瞬で結論をまとめたカインは、帝院全体を響かせるほどの怒号を上げる。
「ごらァァ! クソガキィィ! ウチの可愛い娘になにしてくれとんじゃぁ……ッ‼」
「――ヒッ、ヒィィィッ……ッ‼」
カインの威圧によって、恐怖のどん底へと埋没した青年は白目を剥いて仰向けに倒れる。
「サージュッ! 大丈夫か⁉」
カインは速やかにサージュの元へと駆け寄り、頭、髪、顔、首、肩、腕、胸、腹、腰……と愛する娘が傷物になってやしないかと丹念に安否を確認する。
その間黙ってなされるがままになっていたサージュだが、足の裏(靴を履いているのに)を確認しようとしたところで口を開く。
「パパ、落ち着いて。ステイステイ」
そう言ってサージュは八歳の娘に跪きながら足裏を確認しようとしている父に向って頭を撫でる。まるで飼い犬を落ち着かせるように。
「……んぐ。サージュぅぅ……」
「だいじょぶ。なにもされていない。というか『シェンナ』を脱がせたのはあたし」
「――――――――!」
まさかの後者であった……。
驚いたカインは娘の早熟具合に眩暈を覚える。
「……まだ……八歳だぞ。せめて十二、三歳まで待ちなさい……ッ」
一様に否定するのではなく、今はまだ早いと諭すようなセリフを吐くカイン。
「パパは勘違いをしてる。竜の火炎袋の体感温度を測ろうとしたらシェンナが協力を申し出てくれたの。だから脱がせたし、あたしも何もされてない。落ち着いて? パパ」
「ほ、ほんとうに……?」
捨てられた子犬のような目で真偽を問うカインに対し、
「本当。あたしは嘘つかない」
泰然と即答するサージュ。
「男の体に興味を覚えたとかは……?」
「ない。パパのムキムキな体を見てるから、シェンナのもやしみたいな体には興味ない」
「うぉぉぉ! サージュぅぅ! 愛してるぞぉぉ……!」
「ん。あたしも」
研究室の一室で、サージュを抱きしめてくるくる回るカイン。
だが先ほどの会話ではどちらが親か分からない……。
一トしきり親子で愛情を再確認し、研究室での珍妙な光景について正確に理解したカインはサージュを連れて家へ帰ろうとする。しかしサージュが、
「パパ、シェンナを起こさないと」
とカインへ。
「――うぐっ! た、確かに俺が悪いけどさぁ、サージュに汚い体を晒したこいつなんて放っておこうぜ? 誰も気が付かないって! だいじょぶだいじょぶ」
「……パパ、大人でしょ?」
「……はい……」
八歳の娘に諭される三十八歳の父カインは、部屋の真ん中で気絶している半裸の青年シェンナ・バーント――先ほど会ったイゼル・バーントの長男――を足で軽く蹴って覚醒を促す。
「……おいこら、シェンナ。起きろ」
「……ん……んん――はっ!」
「シェンナ、あたしはパパと帰るから、お片付けしておいてね」
「へ? カインさん? え? あ、はい。お疲れ様……でした……?」
ガバッと上体を起こしてカインとサージュを視認し、朦朧な意識の中でサージュの押し付けに首肯するシェンナ。
カインの一喝があまりにも恐ろしかったのだろう。なぜ気絶していたのかすらきれいさっぱり忘却し、いそいそと研究室の後片付けをしている。
パンツ一丁で……。
その姿を見送って、カインはサージュとともに帰路に就く。
「あ、サージュこれ。おやつ買っておいたから食べていいぞ」
そう言ってサージュに手渡すと、
「――っ⁉ むふー! パパありがとう!」
と年相応の反応を見せ、カインは眦を下げるのだった。
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