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第七話

「たっだいまっと」

「……ただま〜」

「あっ! おかえりなさいっ。一緒だったのですね」


 家に帰るとシャルティがエプロンをつけたまま出迎えてくれた。可愛らしい猫がワンポイントされているエプロンだ。


「おう、ちょっとな」

「……?」


 含みのある口ぶりのカインに一瞬怪訝な表情をするものの、すぐさま笑みに戻し夕食について報告してくる。


「もうちょっとでお夕飯できますので、手洗いとうがいをしたらリビングで待っていてくださいね」

「おう。いつもありがとな」

「ねぇね、あいがと〜」

「なんですか急に? 褒めてもデザートなんて出ませんからね」


 口ではそういいながらも薄ら笑みを浮かべてキッチンに向かうシャルティ。


 いわれた通り手洗いうがいを済ませた二人はダイニングテーブルに腰を据える。するとすぐにシャルティが鍋を抱えて、テーブルの真ん中に置く。


 トロミのある茶色い液体に肉や野菜が見えている。


「今日はお野菜を使い切りたかったのでシチューにしましたっ」

「おお、美味そうだな!」

「シ〜チュ〜シっチュー!」


 サージュも上機嫌に歌っている。


「さ、召し上がれ!」


 シャルティの合図で夕食をともにする三人。


 カインの方針でなるべく一緒に食卓を囲むことにしている。そこで近況や体調、悩みや楽しいことなどを話し、共有することで家族の仲は深まると思っているから。


 ーー顔を合わせた時間が長いほど意思の疎通も測りやすいっていうからな。


 そうして和気藹々と、時たまシャルティにカインが怒られ、サージュはジュースを啜り、夜は更けていく。


 食器も下げ、ホットミルクを飲んでいる段になってようやくサージュがカウナスとのことを話し出した。


 それまでカインからは一言も聞き出すようなことはしなかった。信じているからだ。


「……パパ。きょうのこと」

「おう」

「今日……?」


 シャルティが疑問を口にするが、サージュの物憂げな雰囲気を察知し口を閉じた。


「……こんど大きな学術報告会があって、いろんな人から出てほしいっていわれてる」

「うむ」


 サージュの雰囲気に当てられて、腕を組み神妙な面持ちで答えるカイン。そんな姿を横からジト目で見つめるシャルティ。


「……でも共和国での開催だから……パパにはいい感情がないから……」

「たしかにな。南部戦役の"英雄"である俺は、敵国の共和国では"仇敵"になる。その娘となれば……ってか」

「……ん」


 ーー南部戦役。


 十年以上前より帝国は南に位置する共和国と戦争を繰り返していた。その中でも激戦であり終戦となったのが八年前。


 カインの活躍により停戦協定が結ばれ、国境線も確定された。


 今では、再び惨禍を起こさせないようにと文化交流などを図り、両国には平和の兆しが見えている。


 されど、国民に根付いた悪感情は八年やそこらでは拭いきれない。タカ派の人間は再度の侵攻の声を上げているほど。


 そういった国における学会に仇敵の娘が来るとなれば、反発を招くのみならずサージュの身に危険が迫る可能性だって十分にある。


 そういったことを熟慮して、カインには告げなかったのだろうとあたりをつける。


「あんまり難しいことはパパわかんないけどな」

「……うん」


 腕組みを解き、テーブルに両肘をついて前のめりになって、娘の真意を問う。


「その報告会とやらにサージュは行きたいのか? それとも行きたくないのか? そこが大事じゃないのか?」

「でも……共和国に行くのもたいへんだし、お金もかかる。パパにめーわくをかけることになる」


 目を伏せるサージュ。


 心優しい娘が他人を慮れるように成長して嬉しく思うカイン。しかし涙なんて流してはいられない。話しはこれからだ。


「あのな、迷惑なんてかけていいんだよ。それを笑って助けるのが"家族"じゃねぇか」

「……お父様は家族以外にも迷惑をかけまくっていますけどね」

「それいまいっちゃう? シャルちゃん」


 シャルティのツッコミで若干締まらないが、それでも柔らかい口調で再度問う。


「もう一度聞くぞ。()()()()()どうしたい? 周りなんか気にせず、お前の気持ちを話してみ?」

「……………………」


 沈黙するサージュ。


 賢い娘だから色々なことを同時に考えているのだろう。行きたいのなんて百も承知。しかし賢いが故に己の行動に枷をつけてしまっている。


 ーーそんなのは年老いた大人だけでいい。


 若くーーというか幼いがーー未来ある者は脇目も振らず邁進すればいいのだ。


 障害になるものがあるのなら、自分がぶった斬ってやるつもりだ。


 たっぶり熟考してサージュはゆっくりと口を開く。


「……パパ、あたし共和国に行きたいっ」


 それは珍しく力強い声だった。


 いつも眠たげな顔をしているのに、眉を吊り上げ、強い意思を感じさせる表情。


 それを受けてカインは、


「よくいったっ! んじゃちょっくら共和国への旅と洒落込むか!」

「ん! 楽しみ! むふー!」


 椅子から立ち上がり宣言する。それにつられて鼻息を荒くするサージュ。


 しかしそこに一石を投じるシャルティ。


「……あの盛り上がってるとこ申し訳ありませんが、私学校があるんですけど……」


 そうだった!?


 みたいな顔で驚愕する二人。


 その仕草はまるで血の分けた親子のよう。


 目を見開き口を大きく開けて唖然としている。


 結局締まらないままカイン一家の夜は更けていった。

お読みいただき、ありがとうございます!


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