第五話
「んみゅ? パパ……?」
予想外の人物が眼前に現れたからだろう。眼鏡の奥で丸い目をパチクリさせている。
そんなサージュを今日はずっと見ていたから、流石のカインも即座にデレデレ顔にはならない。
むしろ視線だけで、いや佇まいだけで人を殺せそうなほどの殺気を傍の男に注ぐカイン。
男は男でたじろぐものの、踏ん張って立っている。
ーーただもんじゃねぇな。
カインは警戒の度合いを引き上げる。頬に脂肪を載せた見るからに金持ちそうな男が、カインの殺気を受けて気を失わず、それどころか正気を保っているのだ。
戦争で血と臓物に塗れた経験でもなければ意識は保てない。それほどの殺気を受けて、この男は膝を震わせながらも歯を食いしばっている。
ただの成金野郎ならぶっ飛ばして終わりなのだが、それだけでは終わらない気がするカイン。
「で? こいつは誰だ、サージュ」
カインが顎で男を指しながら何者かを尋ねる。
「ん、カウナスさんは王様」
「王だぁ? それにしちゃあ覇気がねぇな」
男の名がカウナスということは判明したが、それ以外が依然謎のまま。
その先を尋ねようと口を開く前にカウナスが自らのことを語りだした。
「……も、申し遅れました。ワタシはカウナス。ここら一帯の海運を担っております」
「………………」
発言の許可は与えていないのに言葉を吐き出したカウナス。魔法を使ってはいないとはいえ、殺気の奔流の中でも口を聞けることに内心驚くカイン。
「……"ここら一帯"てのは帝国か」
「い、いいえ。ーー大陸の西側全てです」
「ほう……?」
ずいぶんと大物が出てきた。それほど大きな海運といえば『リシアン運輸』しかない。
しかしリシアン運輸の会頭は高齢女性だと記憶している。カインは目を眇めながらさらに問い詰めていく。
「で、その海運王さまがウチの可愛い可愛いサージュを手篭めにしようとしてたのか」
「は、はい…………??」
カインの言葉で狼狽えるカウナス。
ーー間違いねえ。こいつは……
と考えた瞬間、
「カウナスさんにはアドバイスをもらってた。パパは勘違いしてる」
「勘違い?」
サージュが訂正の言葉を投げてくる。
首を傾げながら続きを促す。
「そ。カウナスさんにはパパへのプレゼントのアドバイスをもらってた」
「お、俺にプレゼント?」
「そ」
プレゼントという思いがけないフレーズにカインの思考は停止する。そもそもまともに回転していたのか怪しいが……。
「……魔圏でのこともあったし、あたしの誕生日もちかいから、日頃のかんしゃを込めてプレゼントを渡そうとした」
「サ、サージュちゃんッ。そんなこと考えるなんて立派になって……!?」
キラリと光る涙を拭うカイン。
「話しが進まねえから落ち着けカイン」
「ん? ボグダンさんもいたの?」
「おう。心配性なカインのお付きでな」
親馬鹿が暴走しそうになっているカインの軌道修正を図るべく、頭を軽く叩くボグダン。サージュと軽く挨拶も交わす。
「お、おう、そうだな。それでどうして海運王なんぞにアドバイスをもらうことになるんだ?」
「カウナスさんはバーント教授のパトロンをしている」
ーーパトロン。
貴族や金持ちが学者に対し金銭的な援助をする制度。納税の控除対象だから基本的に金がある者は誰かを支援している。
「……つまりイゼルを支援してる海運王と知り合いだから頼ったと?」
「そ。バーント教授もシェンナもみんなそういうことに疎いから、他にたよる人がいなかった」
確かにその面子ではアドバイスなんて期待できそうにないな、とカインは一人納得する。
「だとしてもだ。こんな幼気な子に鼻の下を伸ばす野郎のアドバイスなんざいるか?」
「ん? あたしと会う男の人はほとんど鼻の下をのばしてるよ? あたしかわいいから!」
「確かにな!」
むふー、と小さい胸を張って自信気なサージュ。カインもカインでグッとサムズアップする。
「それにパパも綺麗なお姉さんには鼻の下のばしてデレデレしてるよ? 男の人ってみんなそうなんでしょ?」
「……うっ、俺のせいもあんのか」
カインの悪いところを見て学んでしまったサージュ。
ーー子は親の背中を見て育つんだな。
ちょっとは真面目になろうと思うカインだった。
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