第二話
エルキュールには冷たい眼差しを送ると勝手にクネクネして身悶えてくれるからいいが、レイラはそうはいかない。
腕を組み、眦を吊り上げ、眼鏡を妖しく輝かせながらにじり寄ってくる。
「カ・イ・ン・さ・ま……!?」
「ごめんなさい。俺が悪いです……」
カイン、即謝罪する。
こうなった時のレイラほど恐ろしいものもない。変に口ごたえするともっと怖くなり、しまいには口をつむぐのだ。
そうなってしまったら一週間は口を聞いてくれない。カインは速やかなる平身低頭に移行する。
「……まったく、そう下手に出られたら怒れないじゃないですか」
レイラが嘆息し声を和らげる。
ーーお? これは早くも終わるパターンか?
なんて思っているのがバレているのだろう。踵を返しながら肩越しに告げるレイラ。
「罰として壊れたギルドの補修をお願いしますねーー今日中に」
「…………はい」
「横で素知らぬ顔をしているボグダンさんも同様です」
「……おいらは悪くないのに」
カインに甘いようにみえてその実厳しいレイラだった。
ちなみにエルキュールは床で身悶えて終わった……。
「そういえばカインよ」
「あーー?」
レイラに言われたとおりギルドを修繕していたカインにボグダンが話しかける。
「最近のジュちゃんはどうだい?」
ヒビ割れた壁に漆喰を塗りながらカインは答える。
「サージュ? 相変わらず研究しっぱっなしよ。いきなりどうした?」
「いやな、なんだかジュちゃんが身なりのいい男と出歩いてるって話しを聞いてよ」
「……なんつった、いま……?」
カインの手元から補修に使っている道具がこぼれ落ちる。
俯いているからカインの顔は窺い知れない。しかし僅かに体は微動している。それを見ていないボグダンは話しを続ける。
「だからサージュちゃんが男とってーーッわ!?」
「サージュが? 身なりのいい?? 男と???」
顔面から一切の感情を削ぎ落とした顔でボクダンに肉薄するカイン。突然の行動と表情にボグダンは腰を抜かす。
「そいつぁどういうこった……?」
「し、知らねぇよ! おいらも人伝で聞いただけだからカインに尋ねたんだよ!」
「あの子はまだ八歳だぞ?」
「だから知らねぇって! 仮に話しがホントだとしても"彼氏"とかじゃないだろうし……」
ボグダンの言葉で今度はカインが腰を抜かす。
「か、かれし……? なんだその言葉は? 胸がいたい……」
「……そろそろ子離れしろってカイン。確かに早いかもしれねぇけど、女の子は心の成長が早いんだ。黙って見守ってやるのも親の務めだぜ」
ボグダンはゆっくり立ち上がりながら述べ、そっとカインの肩に手を置く。
しかしカインは俯いたままボソッと言葉を吐く。
「……あの子は実の親の顔を知らない。だから俺が本当の親よりも愛情を込めて育てなきゃならねぇんだ。お前ぇも知ってるだろーーあの場にいたんだから」
「ああ……おいらだってジュちゃんのことはよく知ってるさ。カインが拾ってきたときからな」
ボグダンの話しを聞いていたのかいないのか、カインはすっくと立ち上がって宣言する。
「いまからサージュを監視するぞ! ついてこいっ、ボグダン!」
「いや補修はどうするんだよ。てか今日は家具屋の嬢ちゃんとデートがーーわッ」
カインの誘いを断るボグダンを無視し、彼の腕を引っ張って地下室から弾けたように飛び出していく。
「いでででで! おいらの腕がぁぁぁ!」
叫びながら地下から出てきたことでレイラも目を見開き声を出す。
「カ、カインさま? 補修はーー」
「悪ぃがサージュが心配なんで今日はパスだ!」
「レ、レイラ! 助けてくれッ! おいらの腕がー!」
制止の声なぞなんのその。
カインは鬼の形相でギルド本部の入り口を蹴破る。ギルドが誇る重厚な両開きの門は蝶番が壊れ倒れていく。ドスゥンと地面を揺らし土煙が舞う。
カインが片腕を横に振るうだけで土煙は晴れる。
「待ってろよサージュ! パパがその男を見極めてやるからな!」
「こんのーー」
「あなたって人は本当にーー」
ギルドを飛び出すカインにボグダンは引きずられながら、レイラは呆気に取られながら喉を震わせる。
「「親馬鹿〜〜ッっ!!」」
大声を背中に受けて、カインはサージュのもとへひた走る!
……約一名を引きずりながら。
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