第一話
戦勝記念式典より数日が過ぎた。
カインはいま、冒険者ギルドの地下にて鑑定士であり鍛治士でもあるボグダンと雑談を交わしていた。
「ーーもっかい聞くぜ、カイン。なんつった?」
「だーかーらー! この間の竜の素材を使った剣よりも凄えのを作ってくれって」
カインの言葉に頭を痛めたようで、目を眇めながら沈黙する。他方、カインは優雅に足を組んでコーヒーを啜っている。
「あんまいい豆使ってねぇな。予算ないの?」
さらには出されたコーヒーにまで文句をつける始末。
ついにボクダンは爆発する。
「〜〜ッ。おいらの会心の逸品を壊しておきながらさらにはもっと凄いのを作れって!? あとその豆は家具屋の嬢ちゃんからの差し入れだ! 文句あるなら飲むな!」
椅子から立ち上がり口角泡を飛ばすボグダンに対し、カインは足を組み替え煽る。
「おいおい、あの程度で"会心の逸品"って腕が落ちたんじゃねぇか? 八年前に持ってきてた槍の方がまだ立派だったぜ」
「あれもおめぇが壊しちまったじゃないか!?」
「そのおかげでいま、家具屋のおばちゃんとしっぽりやれてるんだろ?」
「そ、それはそうだけどよ……」
カインの言葉に黙り込んでしまうボグダン。彼もまた、南部戦役にてカインに命を救われた一人。
彼の最高傑作である槍をカインが使ったことにより、大地を割り、殿部隊としての任を果たしたのだ。
「それに"虎王"の材料があるだろ。エルキュールにいって牙とか使えねぇのか?」
「……硬すぎるんだよ」
「ん?」
「だから硬すぎるっていってんだよ! おいらじゃ削るのが精一杯で整形ができないんだ。あんなのもはや骨じゃなくて金属だ……」
ボグダンは心底悔しそうに下を向く。鍛冶士垂涎の素材を前にして、己の力量が劣っていることに忸怩たる思いがあるのだろう。
いつも無茶振りをしているのだから、これぐらいは力になってやろうとある提案をする。
コーヒーを飲み終えたカインはカチャンとコップを置き、真剣な眼差しを送る。
「削れるってことは、研いで刃はつけられるな?」
「それは……まあ、できることはできるが……そもそも刃になるほど刀身を加工できないんだって。何度もいわせるなよ」
カインは立ち上がり、机に立てかけていた純白の直剣の柄を撫でるを
「なら俺が剣の形に切ってやる。その後の加工を頼みたい」
「……確かにそれなら作れる、か」
顎に手をやるボグダン。すでに彼の頭の中では設計図が描かれ手順が出来上がりつつあるのだろう。
よく仕事をサボって寝てばっかりの彼だが、その腕は間違いなくこの国でも上位に位置すると確信しているカイン。
そこから話は早かった。
ボグダンは足を空転させてエルキュールから"虎王"の牙を使う許可を得て、必要な準備を整えるまでわずか五分。
「とにかく剣っぽいかたちに切ってくれ。鍔も柄も拘ってられねぇからざっくりでいいぞ」
「おうっ、任せろ」
そういって慈愛剣ミール・タンドレッサを肩に担ぐカイン。いつもの如く鞘に納めたままだ。
「ーーッふ」
担いでいた剣をそのまま振り下ろし、返す刃で縦横無尽に振り回す。
その光景にボグダンが唾を飲み込む。
「ーーこんなもんかな」
いいながら腰に差し戻すと同時に、牙はものの見事に剣の形へと整形されていた。
……冒険者ギルドの地下室もろとも。
「や、やりすぎだカイン! 部屋がボロボロじゃねぇかッ」
「いやーぶった斬る方が簡単だな。繊細な技術が求められたぜ」
一仕事終えた様子で額の汗ーー一滴もかいていないがーーを拭うカイン。その顔には達成感が宿っている。
「ど・こ・が!? 繊細ならもっと丁寧に切ってくれよ!」
ボグダンが叫んで抗議していると、階上からドタドタと騒がしく人が降りてくる。
「ちょっとちょっと何事〜? 驚きamazing なのだけれど〜!?」
「カインさまですか!? カインさまですね!! こんなことするのなんてカインさましかいませんっ!」
「ん? エルキュールにレイラ?」
どしたの? みたいな顔で突然の訪問を問うが、返ってきたのは非難の声だった。
「一体なにしたのよカインちゃんっ。斬撃が飛んできて建物がめちゃくちゃなんだけどォ?」
「幸い怪我人はいませんが危ないことをする前に一言……いいえ、しないでください!」
その言葉ではじめて気づく。カインはうっかり牙や地下室どころか冒険者ギルドそのものを切っていたのだと。
「あ、ごめん」
と、カインが詫びるが、
「「「ごめんで済むか〜〜っっ!?」」」
凄い剣幕で怒られるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると幸甚の至りです。
よろしくお願いします!!