第九話
「ーーまったくあなたという人はっ!」
後世に残るほどのうっかり大事件を起こしたカインは、ただいま絶賛ネックスからのお叱りを受けていた。
「だからごめんって……」
「ごめんで済んだら騎士団は必要ありません!」
いつも柔和で推しに弱いネックスがこうまで怒りを露わにするんなんてよっほど大変なことをしたんだろうな、とカインは頭の中でぼんやりと考える。
一方、帝宮の控え室で怒られているカインを横目に、シャルティとサージュは甘いお菓子と紅茶を楽しんでいた。
「いくら目立つためとはいえ結界まで壊したのはお父様のミスですね。これで帝都の防衛はガラ空きじゃないですか。……カッコよかったですけど……?」
「……パパのこーげきで壊れる結界が悪いのか、結界すらも壊すパパが悪いのか……ふしぎ。"宝玉"を使ったぼーぎょ結界は堅固らしいのに……はじめて見たからしらないけど」
ソファーで寛ぎながら感想を述べる二人にカインが口を出す。
「それだよ! そもそも防御結界なんてもんがあるならよ、魔物が帝都に襲来したとき慌てる必要なかったんじゃねぇか?」
「こらッ、よそ見しない! いまあなたは怒られてるのですよ!?」
「いや、そうですけど! そこんとこはどうなのよ、副団長サマ」
反省した様子のないカインの態度からくる質問にイラつきつつも苦虫を噛んだ顔で答える。
「……大結界は魔物の侵入を阻むだけで物理・魔法を問わず攻撃は透過します。要らぬパニックを起こさないために機密となっていますが……」
「なんだそりゃ、意味ねぇだろ」
「…………一部の方々にのみ意味があります」
まるで吐瀉物を飲み込んだかの如き苦悶の表情をするネックス。しかし堅物の彼にこれ以上聞いても大した答えは返ってこなさそうなので、建設的な方向へ舵をきるカイン。
「うっかりしてたとはいえ確かに俺も悪かった。だから話しを進めようじゃねぇか。どう償やぁいいんだ?」
「……俺も、ではなく俺が、ですよねお父様?」
「……ちったぁお父さんに優しくしてくれない?」
「知りませんっ」
「パパ、どんまい」
やけにあたりの強い娘と関心の薄い娘。二人の言葉が控え室に霧散してからネックスは告げる。
「金銭……でどうにかなる問題ではありません。しかし大結界が破壊されるというのも前代未聞。ここは、壊れた宝玉の代わりを上納するということで上を納得させます」
「……上?」
「あなたによって不利益を被っている大臣たちですよ」
「なにそれ、初耳なんですけど」
ネックスの提案には異論はない。しかしカインによって不利益を被るとはこれいかに。カインは首を傾げる。
「あなたが冒険者等級を上げないことで指名依頼ができず、領内の魔物退治に頭を悩ませている大臣や、あなたの理不尽な攻撃によって領内が損壊した大臣などですよ。心当たりあるのでは?」
ネックスの言葉を受けて思い当たる節を探す。
「ん〜、わからんっ」
ちょっと考えてもなかったので、ないだろうと判断するカイン。というか正直もう飽きてきた。早く帰って夕食の準備をしたいし、なんなら戦勝パーティーで振る舞われる酒を持って帰りたい。
「……この状況に飽きてますよね?」
「べ、べつにぃ〜〜」
カインのあからさまな態度に、はあ、と大きなため息を一度吐く。
「てかよ、魔物退治なら『ブレイド』の奴らがいるじゃん。あいつらA級なんだから対処できるだろ」
「そのブレイドへの依頼が殺到しすぎているので、ギルドマスターが依頼の軽重を判断して優先順位をつけています」
「……つまり?」
「あなたのせいでブレイドは手一杯ということです」
「ふーん、大変だなぁ」
「主にあなたのせいでね……」
困ったように目頭を強く揉んでから指を三本立ててカインの顔の前に突き出す。
「ーー三ヶ月ですッ。三ヶ月以内に大結界を展開できるほど高純度の宝玉を持ち帰ってください」
「あいよっと。じゃ、帰るわ。ほら行くぞ、シャルちゃん、サージュちゃん」
肩をグルグル回しながら軽い調子で承るカイン。その姿に調子を崩されるネックス。
「自分でいっといてなんですが、三ヶ月しかないのですよ?」
「わーてるって! お前が"三ヶ月"っつーことはだ、それが罰則なく事を収められるリミットってこと。それ以上は伸ばせねぇんだろ」
「わかってたんですか。ええ、正直三ヶ月でも厳しいと思ってます」
「そこはネックレスの手腕に任せるしかねぇな」
ニカっと笑って娘を連れて部屋から出ていくカイン。
本来"宝玉"というものは、ダンジョンのコアであったり伝説級の魔物の魔石を指す。その名の如く真球の魔石。
先日の"虎王"トライデントタイガーですら極大の魔石であり、宝玉ではなかった。
普通に考えれば三ヶ月で宝玉を手に入れるなど無理な話しだが、カインであればなしえてしまう。そう思わせるだけの雰囲気がある。
しかし雰囲気だけでは権謀術数渦巻くこの帝宮では足りない。
ネックスは胃が痛くなるのを実感しながらカイン一家の背中を見送った。
「……あとネックスですから。一文字余計なのですよ」
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