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帝都の東、冒険者ギルドから歩いて三十分ほどの場所に、研究者養成学校――帝立國學院はある。
冒険者ギルドでの用事を終わらせたカインは道すがらおやつを買い、帝院までサージュを迎えに来ていた。そして無人の門を潜り中央広場を歩いていると、突如白い研究ローブを着た男に話しかけられた。
「――やや! そこにおられるのはもしかして、いやもしかしなくても、そもそももしかしてという枕詞すら不躾でしたな。カイン殿ではありませんか! 帝院には何用で? いやこの問いも貴殿にとっては無礼ですな。貴殿が帝院に来られるのはサージュ君のお迎えかそれに準ずる用のみでありましょう。ややや! これはこれでワタクシ失礼なのでは⁉」
「……大丈夫だ『イゼル』。それぐらい普通の会話だから畏まるのはやめてくれ。会話が成り立たなくなる……」
カインよりも少し年上の端正な口髭を携えた痩せぎすな男――イゼル・バーントは、帝院が誇る頭脳の一翼。名誉教授でありサージュの恩師でもある。
その専門は帝国の歴史で、昨今の研究テーマは「リクオーレ湿地の奇跡から見る帝国の軍略決定過程」らしい。そして分析視角はカインを中心とした殿部隊とのこと。
つまりカインを取材し、それと帝国の記録を照らし合わせ研究しているのだ。
だから何かとつけてカインに迫りあれこれ訊いてくる。面倒ではあるがサージュの進学に際し、推薦状その他諸々便宜を図ってもらったから無下にもできない。
カインの悩みの一つでもあった。
「サージュが竜の息吹について研究するらしくてな。素材採集から帰って来たばかりなんだ。それで時間も時間だからサージュを迎えに来たのさ」
「なるほどなるほど! そうでありましたか! いやーサージュ君は文系理系問わず、論文や発表など実績を残してくれるので指導教授としても鼻が高いですぞ! そういえばカイン殿、リクオーレの奇跡に関してなのですが、〝大地が割れた〟という記録が共和国の史料から見つかりましてな! 何が起きたのかお聞きしたいのですが……」
「あー、それか……。槍で大地を裂いたんだよ。こう軽く上に跳んでな? 槍を大きく地面に向かって横凪に振るったんだ」
「………………………………………………………??」
カインの説明に納得がいかないのか、それとも理解するのに時間を要しているのか、イゼルはしばし目をパチパチと瞬かせ頭を傾げる。
「んんんん? カイン殿、槍で地面を穿ちながら横に移動したのではなく? といいますか、そもそも槍で地面を突いたところで穂先程度しか穴は開きませんし、そもそもそもそも、なぜ空中で槍を振るって地面が裂けるのですかな? 膂力に優れた者でも鎌鼬すら起きませんぞ? そもそもそもそもそもそも! 魔法の使えない我々人間では、ささやかな魔力を使っても何もできませぬ。それともカイン殿は魔物のように魔法が使えるのですかな⁉ それはそれで人類の希望として、理系に託して研究させてもらいたいのですが‼」
カインの人並外れた御業に関して新たなる研究領域を見出したイゼルは鼻息を荒くし目を血走らせて、カインの両肩をガシッと掴んで離さない、
「……落ち着けよ〝伯爵〟、魔法なんて使えないさ。ただ強い武技を使ったら誰だってできる。この大陸の連中が弱いだけだって」
興奮して鼻息荒く、決して人前には出せない顔をした壮年男性を落ち着かせるため、カインは彼の嫌がる敬称で話す。
「――こほん。伯爵は止していただけますかな。領地もないただの肩書ですので……。ふぅ、取り乱しましたな、失敬。しかしなるほど――〝武技〟ですか。確かカイン殿は遥か東方の出身。大陸とはまた違った魔石や魔力形態、はたまた――」
カインによって落ち着きを取り戻し、思索に耽るイゼル。
彼は皇帝より「伯爵位」を授かっている高位貴族様である。
しかしその功はイゼルの学者としての結果であるため、領地やそれに由来する領軍などは保有していない。そういう背景もあって、イゼルは伯爵と呼ばれることを嫌っているのだ。
「――なるほどなるほど。そのような槍による奇跡の体現によって、カイン殿は『槍剣の覇王』と称賛を受けておられるようですな」
「槍剣の覇王、ねぇ。俺としては好きじゃないんだけどな、それ」
と、カインは己の称号への不満を漏らしてから、
「まぁ、あれだよ教授。あの時は湿地帯特有の沼地でな。俺たちの撤退速度も落ちてたから、少しでも時間を稼ぐために大地を割ったのさ。細かな検証諸々はあんたの仕事だ。頑張ってな」
肩を叩いて当初のイゼルの疑問に答え、会話を終わらせようと舵を切ったカイン。
「これはこれは! 貴重なお時間すみませぬ! お話、大変興味深いものでありました。ささっ! サージュ君はおそらくあちらの〝理系の園〟におられるでしょう。ではではー」
イゼルは帝院の一角を指さし、サージュの居所を教えた後、すたこらさっさと来た道を引き返していった。
おそらく今の話を裏付ける証拠を探すため書庫に籠るのだろう。
面倒くさいしスムーズな会話が成り立たない男ではあるが、好きなことに一生懸命なところは嫌いじゃない。
なんてことを考えながらカインは、教示された場所に向かって歩を進めるのだった。
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