第五話
朝からドタバタしたカイン一家は、迎えにきた馬車に乗り込み帝宮に向かう。
平民でありながら英雄でもあるカインは今回の式典における主役である。
いたるところに黄金が散りばめられた豪奢な馬車、白馬が六頭で引き、周囲には護衛と喧伝を兼ねて帝国騎士団一個中隊が引率・帯同している。
「……趣味のわりぃ馬車だな」
「お父様ったら毎回いってますよ、それ」
「だって事実じゃん。見てくれを派手にするのはいいけどよ、内装までキンピカにする必要あるか? 寝れねえじゃん」
「パレードなどで用いられる馬車ですから寝る必要なんてないですよ? ほら見てください」
シャルティは窓から手を振るサージュに目を向ける。
「ふはははー! ほめたたえよー!」
「ああやって民衆に魅せるための馬車なんですから」
「……いや、まずはサージュちゃんのセリフにツッコもうよ」
珍しくテンションマックスなサージュ。楽しいならばいいが、一つだけ注意をしとこうと口を開く。
「わかってると思うがサージュ」
「……ん。偉いのはパパであってあたしじゃない。勘違いしてないよ」
「ならいい」
それだけいってサージュの頭を撫でるカイン。
"驕るもの久しからず"
財力や地位を鼻にかけ驕るものは身を破滅させるという教え。エカテリーナと一緒に受けさせられた帝王学の授業で感銘を受けた言葉だ。
地位や名声、財力なんてものは決して一人ではなし得ない。そこには必ず他者との関わりがある。ゆえに驕らず、常に感謝の心を忘れてはならない。
この言葉は真理を突いていると思う。驕り高ぶらず、愛情に満ちていたからこそ王国は千年も続いたのだ。
一方で、戦勝式典を開催するなど帝国も表面上は民を思っている姿勢を見せている。だからこそ三百年も国を保てているのだろう。
しかしその根底には悍ましいほどの私欲が見え隠れしている。
いってしまえばこれからその敵の腹の中に飛び込むのだ。気を引き締めなければならない。
なんてことを考えているとあっという間に帝宮に到着する。
正門を潜り馬車から降りたカインたちを出迎えるは皇族の一人。
地面にまで届きそうなほど長い白髪をまとめあげ、豊満な胸が溢れるのではと危うさを感じるバイオレットのドレスを纏った妙齢の女性。
ーー第一皇女アディである。
「長旅ーーというほどの距離ではないわね。ようこそ私の帝宮へ、カイン様♪」
邂逅早々、あたかも己が皇帝にでもなったかのような口ぶりで歓迎するよう両手を大きく広げるアディ。
ある種不遜ともとれる発言だが、周囲の騎士たちは眉一つ動かさない。
アディのいうことなすこと全てが正しいと信じきっている顔だ。
ーーむしろこれは陶酔だな。
そう思いながら、もちろんカインは一切の気の緩みなく、険しい表情でアディに応じる。傍には愛する家族がいるのだ。眉間の皺も深くなる。
「ここはお前のじゃねぇ。皇帝が国体を維持するための権威の象徴であり、民の心の拠り所だ。私物化してんじゃねえ」
「うふふ♡ 殿方から"お前"と呼ばれるのは新鮮でゾクゾクするわぁ。さっきからあっつぅい視線を胸に注いでくれし、どうカイン様? 式典までしっぽり一発いかがかしら?」
「え? うっ、それは……あれだ。ダメだろ……?」
そう。カインは険しい顔でアディを見つめていた。
ーー彼女のスイカのような胸を。
そしてそれをごく普通に見抜いたアディはカインを誘惑し、カインもカインで当初の勢いが失っていく。
「お父様!? 皇族の方に失礼ですし目線も気をつけてください! 不敬で不潔ですっ」
「お、おう」
「……パパ、ちょとざんねんそう?」
「ち、ちがわい!」
シャルティの言葉で目が覚めるカイン。
ーーこれが"色情姫"といわれるだけの色気か。ヤベェな。頭ん中が真っピンクに染まりそうだぜ。
なんて考えながらも今度こそ毅然と対応する。
「素敵なお誘いだが俺は式典の主役なんでな。時間までゆっくりさせてもらうわ」
「……っ。そう、残念だわ。わたくしはいつでも挿入れられるから、また気が向いたら仰って♡」
一度顳顬が脈動したアディに対し、
「おう。そんな時が来たらな」
とだけいい残し娘たちを連れて勝手知ったる足取りで帝宮に入っていくカインだった。
他方、誘いを断られ残されたアディは顎に手をやり思案する。
「……弾かれた? いいえ、確かに浸透はしたわ。娘の言葉によって覚醒した? いずれにしても一筋縄ではいかないようね」
不気味に片笑うアディ。
周りの騎士たちが微動だにしないことも、不気味さを際立たせている一因となっている。
暗い思惑が渦巻きながら式典は始まる。
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