アフターストーリー・ネックス
帝宮内にある騎士団施設。
その一角には荘厳な建物がある。
記念式典や葬送式が執り行われる建築物では現在、軍事法廷が開廷している。それもただの軍事法廷ではない。
基本、騎士団員の罰則は団長以下幹部が規則に則り執行する。
軍事法廷が開かれるのはその"規則"以外の事案について。それも通常は裁判官三名のみの簡素なもの。
ーーだがここには裁判官が十五名が横一列に並んでいる。
それらと向かい合うようにして対峙するは一人の男。
「ーー以上が中央大魔圏で起きたことに相違ないか、騎士団副団長ネックス・ヴォルダーン」
十五人の真ん中に座す一際高齢の裁判官が事実の確認をする。
「相違ありません」
公正さよりもむしろ威圧感を与える雰囲気にも負けず、ネックスは毅然と返答する。
彼はいま、臣下でありながら主君に連なる皇族を捕らえたという前代未聞の事案について、審議を受けている最中であった。
軍事法廷というものは、下級者が上級者を審判してはならないという不文律がある。
そこで問題なのがネックスの肩書である。
騎士団副団長の彼よりも上級となると騎士団団長しかいない。故に今回は特例として裁判長に宰相を据え、以下国務大臣級が審理に参加している。
もちろん騎士団団長にして皇族であるハプギーも宰相の横に座っている。これは公平性を期すべく、皇族という立ち位置よりも騎士団団長の職位を優先したからである。
列席している裁判官たちは皆、アロガンの叛逆について掌握している。だからこそ頭が痛いのだ。
皇族によって罰せられることはあれど、皇族を罰する規定はないし前例もない。ただあるのは皇帝の命令のみ。
ーー然るべきようにせよ。
それが今回における皇帝の命である。
それは皇族だからといって寛大な処置を施すなというある種冷徹な判断か、若しくは皇族故に温情を与えよという忖度を強いるものなのか、誰にも分からずにいた。
「……多忙の中、皆こうして参集している。美辞麗句を並べた形式的なものは省こうではないか」
宰相がしゃがれながらも建物内にあまねく響く声でそう良い始める。
「副団長の意見を聞かせて欲しい。弁明などはいらぬぞ」
その言葉によって三十の瞳がネックスに注がれる。
「では……この場だから申し上げます。殿下は"牙"をむかれました」
「………………」
ネックスの言葉に誰も口を挟まない。
「それも私利私欲のために。民のため、帝国のために外に向けるならまだしも、殿下は下劣な欲のために力を振るわれました」
ネックスは裁判官一人一人の顔を見ていく。
「そして何よりも! 未来ある帝校の生徒のみならず、かの英雄カインのご家族を標的にしたのです!」
「カインか……」
一人の裁判官が上を向き、またある裁判官は額を抑え、その他の裁判官も苦虫を噛んだ顔を見せる。
「単騎にして大陸最強の戦力。武力の権化たる彼を敵に回しては三百年続くこの帝国は終わります」
ネックスは語りながら先日の出来事を懐古する。
あれは騎士団の訓練場にカインがぷらっと来た時だった。
帝宮内にあり簡単には来れない場所だがカインには関係ない。彼はその人懐っこさで誰の懐にも入り込む。
「おーいネックレスくーん! あーそびーましょー」
「課業中なの見てわかりません? あとネックスです。流石に覚えてください」
「え? だって副団長なんだろ? 偉いんだろ? もっと優雅にいこうぜ!」
「あなたの偉い人のイメージが理解できましたよ……。で? ご用件は?」
カインがわざわざ足を運ぶなんで滅多にないことだ。なにか大事な要件があると予想する。
「お、話し早えじゃん。実はな、帝校の総合訓練が今度魔圏であんだけどよ、同じ日程で騎士団も魔圏で訓練してくれ」
「はい……?」
訓練日程は訓練幹部の管轄。前もって準備しているから簡単には変えられない。
「帝校の総合訓練って明後日からですよ? 今から準備しても間に合いませんし皆も納得しませんよ」
「そこはネックレスの仕事だろ? ふくだんちょーさま」
「……バカにしてます?」
「怒んなって。ネックレスの力がいるんだって……!」
パンッと顔の前で手を合わせて頼み込んでくるカイン。
いつもこうして頼み込んでくる時は大抵女性関係なのだが、今回は違うようだ。
「そもそもどうして総合訓練に騎士団をぶつけようと思ったのですか?」
「ーーシャルティのためだ」
ふざけた顔が一転して剣呑さを帯びる。気を抜けば腰に佩いた剣の柄に手を伸ばしてしまうほどに……。
「なにもないとは思うんだが、起きてからじゃ遅ぇ。すぐに対処できるよう騎士団を配置したい」
「根拠がなければ騎士団は動かせませんよ」
「そこを曲げて頼んでるんだ。なにか起きた時、必ず首謀者はそばにいるはず。なんとかしてくれ」
「勝手すぎませんか?」
「それが俺だからな!」
嫌味を言ってもニカっと白い歯を輝かせて笑われるとこちらも毒気を抜かれてしまう。
「……珍しくまともなカイン殿の頼みですからできることならお受けしたいのですが、こればかりは……」
せめて一月前であれば対処できたのにどうしてこうも急なのだろうか。
申し訳なさそうな顔をしてーー本当に申し訳ないとは思っているがーー断りの文句を言おうとするも、件の人物はすでに踵を返している。
カインは後ろ手に手を振りながら言葉を発する。
それもネックスに刺さる言葉を。
「じゃ、任せたぞネックス!」
「………………っ」
ネックスは目をこれでもかと見開いた。
ーーこれだからこの人は!
八年前の戦いをはじめ、いつも彼は"任せろ"と言って皆を護り、敵を屠る。
その彼が! こうして真に頼む時は"任せる"と頼ってくれる。
彼への恩は計り知れないものがある。
この国で生きる者は大抵そうだろう。
しかし受けた恩を返せる機会はそうそうない。だからこうして頼られるとたまらなく嬉しくなってしまうのだ。
更にはこういう時に限って名前を呼んでくれるのだからタチが悪い。
「まったく……期待していてくださいね! この親馬鹿!」
ネックスの言葉を受けて右拳を天に突き上げるカイン。彼は一度も振り返らなかった。
それが信頼されているように感じて頬が緩んでしまう。
それからのネックスの奮闘は筆舌に尽くし難いものがある。
具体的には睡眠時間が犠牲になった……。
「……………………」
軍事法廷は沈黙している。誰も彼も声を出せないでいた。
しかしその沈黙を破る人物がいた。
「ネックス・ヴォルダーンは職務を全うした。それは疑いようのない事実である。こうして罪罰を審理するよりもむしろ勲章の授与を検討すべきではないか?」
「殿下。しかし体裁というものもありますし……」
声の主は騎士団団長にして皇族のハプギーであった。
「この中に異論がある者などおられるのかな? アロガンは叛逆し、ネックス副団長はそれを阻止した。それ以上でもそれ以下でもないと思うが?」
「そ、それは……」
言い淀む裁判官たち。
「建前が欲しいのならくれてやろう。今、私は団長としてここに座っているがーー」
ゆっくりと椅子から立ち上がるハプギー。
「第二皇子たる私がここに宣言する。ネックス・ヴォルダーン副団長に名誉騎士勲章を付与し、その功績でもってアロガン捕縛を不問とする」
「「「………………っ」」」
「異議は認めぬ。これは皇帝に代わり私が宣言したものだからな。これで体裁とやらは保たれるであろう。皆のものご苦労」
それだけ言い残しハプギーは建物から去っていった。
オホンと一言、宰相が場の空気を整え告げる。
「殿下がああ仰られたのだ、これ以上ほじくり返すのも不敬といえる。ネックス副団長を被告人とした軍事法廷はこれにて閉廷!」
カンカンとガベルを叩いて終幕を迎える。
ホッと一息ついたネックスの肩に手を置く宰相。
「……昨今の皇族の方々はなにかおかしい。気をつけられよ」
ネックスは小さく頷くのみ。
帝都に渦巻く不穏な気配は払拭されるどころか、ますます濃くなっていくのだった。
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