アフターストーリー・刎頚の友
夜も更け、客が帰り静けさに包まれた元気食堂で一人、グラスを傾ける男……男? がいた。
ふぅっと熟柿の息を吐き瞑目する。
思い返すはカインに縛られギルド前に放置された時のこと。いつも誘っても取り付く島がないほどドライなカインが久方ぶりに攻めてくれたのだ。
しばらくはこの思い出だけでご飯が食べられそうだ、と思いながらも、申し訳なさも胸中には占めている。
それはカインに託されながらもシャルティをまんまと誘拐されてしまい、危険に陥れてしまったからだ。
表向きには皇位争いに巻き込まれたとされているが、ギルドマスターにして帝宮内にも数多くの人脈を有しているから知っている。
ーー第四皇子アロガンが叛逆した。
その件に巻き込まれたカイン一家。
確かに帝都への魔物襲撃や"王級"の出現など不可解な出来事が起こりすぎている。そこにはアロガンの恣意的なものがあったのだろう。
ーーカインの信頼を失ってしまった。
そのことが深く胸に突き刺さる。突き刺されるのなら違うモノがいい。具体的にはーー、
「……黙り込んでる姿なんて久しぶりに見たな、エルキュール」
唐突に声をかけられて瞼を上げる。対面に空のグラスを持った男が座る。
「あらぁガッツちゃんじゃないのぉ! もうキッチンのお掃除はいいのかしらぁ?」
「ああ。珍しく戦友が飲みに来てくれたんだ。掃除なんて速攻で終わらせたよ」
「うふふ、嬉しいわねぇ! ワタシも早い男は好きよぉ♡」
「やめろ、酒がマズくなる……」
そう言ってガッツはグラスをエルキュールに向けて差し出す。そこに酒を注ぎ入れ二人はグラスを軽く当てる。
「……英雄に」
「我らの英雄にぃ」
一息に飲み干す二人。
口火を切ったのはガッツだった。
「カインにどやされたんだって?」
「……ええ、彼の信頼を失ってしまったワ」
「元々信頼してたのかっていう疑問もあるがな」
「いやんッ、ガッツちゃんヒドイ!」
クネクネと身悶えるエルキュール。いつも通りに振る舞ってはいるがキレがない。
「もし仮にカインを失望させたのなら、今度は命をかけないといけねえな」
「そうね、ワタシたちの命は八年前からカインちゃんのモノ。彼がいなければあの湿気まみれの森で殺されていた。あの時、あの瞬間、彼がワタシたちを奮い立たせ、あの大軍を押し留めてくれたからこそ! こうして馬鹿みたいな会話ができる」
空いたグラスに酒を注ぐエルキュール。酔いが回ってきたのか口調が本来のものへと変わっていく。
「全員が死を覚悟してた。いえ、覚悟なんてなかった。死神がすぐそこまで来ていただけ。誰も死にたくはないけど、どうしようもなかった」
「ああ。俺も怖くて怖くて震えてただけだった」
「あの場にいたのなら誰だってそう……正直帝国からは捨て駒として配置された殿部隊だったんだから」
「その死の運命を覆したのが我らの英雄様ってな」
酒を注ぐのが面倒になったのか、ガッツは酒瓶をラッパ飲みし始めた。
「そうね、あれほど実力があるのならワタシたちを見捨てて一人帰国することもできたのにしなかった」
「……正しく英雄だ」
しばしの沈黙が二人を包む。
蜘蛛の糸のように細く長い息を吐いてからガッツが話す。
「カインがいなけりゃ今の俺はいねえ。このあいだの魔圏でも娘のローラを救ってくれた」
酒瓶を机に叩きつけるように置き、己の覚悟を伝える。
「あいつが俺に"死んでくれ"って言ったなら喜んで死んでやるぞ、エルキュール」
「……残される家族はどうするのよ」
「カミさんは俺よりも遥かに頭が良い。ローラも地頭は悪かねえ。カインになら任せられる……っ!」
「あっさりとカインちゃんの毒牙に噛まれそうだけどネ!」
「そいつは困るな!」
二人して吹き出して笑っていると一人の女性が近づいてくる。
「ーー私だってカイン様のためになら死ねますよ?」
「おー、レイラか。珍しいな」
「なんだかギルドマスターが落ち込んでいるように見えたので。そういう時に行くところなんてココぐらいですので」
「かっかっか! 行動がお見通しじゃねえかエルキュール」
「……風通しの良い職場と言って頂戴ナ」
レイラは上着を脱いで椅子に腰掛ける。遅くまで仕事をしていたのだろう。
なにか酒を頼もうとガッツに言おうとしたら瞬間、
「はーい、レイラちゃあん。赤ワインよぉ」
「……気がきくわね、スコッティ」
スコッティがワインボトル片手に現れた。
「おいおい、カイン大好き野郎が集まって来やがったな」
「カインちゃん本人がいないのにどうしてここまで人を集められるのかしらネ」
「わたしはぁ、カイン様のお名前が聞こえてきたのでぇ」
「ねえスコッティ、お酒を持ってきてくれたのは嬉しいけれどワイングラスは?」
「あ、忘れちゃったぁ」
「はあ、まったくもう……さっきの言葉を撤回するわ」
スコッティの変わらぬドジっ娘具合に頭を抱えるレイラ。グラスを取りに行こうと腰を上げると更なる人物が訪れる。
「こんなことだろうと思ったわ。はい、グラス」
「あら、ルビーも来たのネ」
「……集計は終わったのか?」
「私を誰だと思ってるのよアナタ」
「……すまん」
先ほどまで豪快に酒を煽っていたのに妻のルビーが来た途端背中を丸めるガッツ。
そうしてルビーからグラスを受け取ったスコッティがワインを注ごうとして気づく。
「あらあらぁ。オープナーも忘れちゃったぁ」
栓抜きを持ってきていないことに。
それを見ていたエルキュールが人差し指を横に振る。するとワインボトルの口がコロンと机の上に落ちる。その断面は刃物で切られたかのよう。
「……ったく、ギルドマスターってのは伊達じゃねえな」
「そんなことないわよォ。もう鈍っちゃって仕方ないワぁ」
ガッツの賛辞に謙遜で答えるエルキュール。
皆の酒の準備ができたころ、各々グラスを虚空に掲げる。
「英雄に」
とエルキュールが述べる。
「「「「英雄に」」」」
残りの四人もこの場にいないカインに捧げる。
カインをよく知っているこの五人は皆一様に返しきれないほどの恩がある。
彼が困っているのなら、助けを求めたのなら、命をかけて恩返しをすると誓っている。
彼ら彼女らは遅くまで語り合った。
ちなみにこの夜、カインはくしゃみが止まらなかったらしい。
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