アフターストーリー・シェンナ
ーーシェンナ・バーントは優秀である。
帝立國學院では四年連続で首席を務め上げ、六年連続で首席を維持できれば問答無用で修士号を付与。
さらには皇帝より『皇認学位』を授与される。これは研究次第ではあるものの、博士号を取得しやすいだけではなく、いずれは貴族位すらも得られる研究者垂涎の称号なのである。
帝院で皇認学位を取得したのは僅か五人。その中にはシェンナの父、イゼル・バーントも名を連ねている。
皆の期待を一手に引き受けたシェンナが五年生に進級したとき、激震が走った。
ーー帝堂をたったの一年で修了した神童が飛び級で進学してきたらしい、と。
その者の名はサージュといい、かの英雄カインの娘だというではないか。
当初はコネだのなんだの言われ、帝院も地に落ちたと揶揄された。
しかしサージュは瞬く間に新たな知見を創出する研究を発表。前期の試験では首席を獲得。またもや帝院が揺れた。
そのような帝院を席巻した評判を聞いたシェンナは興味本位で一年の教室に赴いた。
眼鏡をかけた幼子が一人、教室の真ん中で本を読んでいる。あまりの天才具合に同級生たちは腫れ物を扱うように距離を取っているのだろう。
しかしそんなことシェンナには関係がない。興味があるのなら関わるのみ。それが研究者たる者。
サージュの下まで歩いて行き声をかける。
「サージュさんですね。なにを読んでいるのですかぁ?」
シェンナの問いかけによって顔を上げ、目線を本からシェンナに移す。そして小さな口を開き、
「……初対面ならまずは挨拶。はじめまして」
ごく当たり前のことを述べる。
そのことに意表を突かれたシェンナは恥じるように頬をポリポリとかいて応じる。
「これは失礼しましたぁ……僕は五年生のシェンナ・バーントです。はじめまして」
「ん、よくできました。あたしはいま『貴族失格』を読んでた。要件はなに?」
とサージュはコテンと小首を傾げる。
「優秀な研究者が入学したと聞いて興味がありましてぇ」
シェンナは視線を本に向ける。
「『貴族失格』ですか。女性に狂った若主人が放蕩の限りを尽くし、最後は自殺する私小説。なんだか昔の武勇伝みたいで面白くないですよねぇ。時代遅れで僕は嫌いかな」
シェンナは理系専門だが文学にも長けている。四年連続首席は伊達ではない。シェンナは優秀なのだ。
「読みこみがあまい、バーント教授のむすこよ」
「はい……?」
クイっと眼鏡を直しながらサージュはカッコつける。似た口ぶりをカインがしていたので真似したみたのだ。なんだか大人っぽかったから。
「これはなにも遊んでいたわけじゃない。主人公は子供の時に母をなくしている。そして後妻に入った義理の母は初恋の女性。主人公は恋がやぶれた悲しみと一緒に暮らせるうれしさ、もう二度と手に入らない喪失感にくるしめられて、でも構ってほしいという本音の裏返しでほーとーしているのだよ」
「は、はぁ……?」
「目に見えるものばかりにとらわれていては大事なことを見失うぞ、若者よ」
キリっとキメるサージュ。
その言葉にシェンナは衝撃を受ける。
理系では反復可能な自然現象を科学的に理解することに注視する。それはつまり目に見える現象を「実在」のものとして扱い理解するということ。
しかしサージュの言葉によって目に見えずとも「実在」する現象への興味が湧いた。
ーー魔力である。
魔物だけが有するエネルギーでありながら、魔石を用いることで人間も扱える不可視の動力。
なにかを閃いた訳ではないが、なにかが降りてきた気がする。
己よりも十才近く年下の幼女に諭されシェンナは頭を下げる。
「まだまだ未熟でした。僕をあなたの助手にしてくださいぃ、サージュさん」
優秀なシェンナは何事にも真摯である。彼女の下でなら真理に到達できるやもしれない。
なんてシェンナの思いなど梅雨知らず、サージュはなんだか年上を論破したのが気持ちよくてむふーっと鼻息を吐く。
「うむっ! よきにはからえー」
こうしてサージュの助手としてその頭脳に更なる磨きをかけるシェンナは、ますますサージュを崇拝していくこととなる。
時は過ぎ、魔圏事件以降シェンナはあるお店に頻繁に通っていた。
ーーその名も『縛り縛られ雨霰』。
父の友人であり英雄でもあるカインに教えてもらった店。
ちょっとだけ大人なお店のため、帽子を目深に被り身バレを防ぐ。シェンナは優秀なのだ。
具体的にはお金を払ってセクシーなお姉様に縛られるのだが、縛られながらシェンナは思う。
ーー自分は縛られているが、このお姉様も「縛る」という行為に縛られているのでは? 縛っているのに縛られて、縛られているのに幸福感を覚えるとはこれが永久機関なのでは!
……シェンナは優秀である。
今日も気持ちよくしてもらって店を出る。変装は完璧。誰にもバレないはず、だった。
「ん? なにしてるのシェンナ? そっちは子供がいっちゃダメな地区」
「……っ!?」
シェンナは心臓が口から出たと錯覚する。しかし彼は優秀なのだ。華麗に捌いてみせると奥歯を噛み締める。
「……はじめましてぇ、お嬢さん。わっしを誰かと間違えているのではぁ?」
声を低くし大人びて答える。
しかしサージュには関係ない。
「なにいってるの? 間伸びする話し方も背格好も歩く時の重心の傾きもシェンナだよ?」
シェンナ絶対絶命。脂汗が止まらない。
サージュはシェンナを超えるほど優秀だった。もはやこれまでか、とシェンナは涙を流す。
「こ、これには深い事情があるのですよぉ! お菓子を奢ってさしあげますのでどうかご内密にぃぃ!」
「お菓子くれるの? ならいいよ。早く行こっ」
サージュ、あっさりと買収される。
ひょっとするとシェンナは優秀ではないかもしれない……。
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