3
――蒼白い宝玉には、娘を抱きしめながら知己に囲まれているカインの姿が映っている。
「……まさか本当に『龍』が存在していたとは。先祖の伝記もあながち馬鹿にはできぬな。そして〝英雄〟カイン……か。やはり、あやつは異常だ。〝王〟級の魔物をああも容易く屠るなぞ、それこそ〈神〉の如き偉業。あの剣も気になる……」
闇が蔓延る一室に、一際目立つ宝玉の光。
その光を見つめるは一人の座した男の姿。
豪奢な椅子の肘掛けに右肘を置き、拳で頬を支持しながら宝玉に移るカインを鑑賞している。
「しかし……〝種〟が芽吹いただけでこれか。〝開花〟までいけばどれほどか……。僅か十代で芽吹いたのはアロガンとアディ、そしてツォルンのみ。ここで失うには惜しいが、もはや再起は見込めぬ……であろうな」
己の思考を口から紡ぐことにより、頭の中を整理する。
――第一皇女アディは色欲。
――第四皇子アロガンは傲慢から派生した催眠。
――第一皇子のツォルンには憤怒が発芽している。
残りの皇子皇女も遅かれ早かれ芽吹くだろう。ここまでくるのに三百年掛かっているのだ。発芽率が高いのは偶然とは思えない。考えられるのは――カインの存在。
八年前の南部戦役で名をあげたカインの登場から、発芽が続いて認められた。
まるで示し合わせたかのように……。
「どこぞの誰か知らぬが、アロガンに吹き込んだ奴がおるな。いや、アディの仕業か。せめて成人してから動き出せば良いものを……若く、愚か」
瞳を閉じ、指で眉間を揉みながら今後のことについて考える。
「……たしか南部戦役ではツォルンが発芽したのだったな。となれば……歯車を廻すためにも起こすべきか――混沌を」
些か性急かもしれないが、ここで動くべきか、否か。
世界の大気から魔力が消失したことで予定より三百年も過ぎてしまった。すべてはエカテリーナが世界の魔力を使い果たしたからだ。
死、という世界の〝予定調和〟を如何にして掻い潜ったのか……。
魔物を喰らう、若しくは魔物と交配することでしか魔法を操れない。魔力が躰に宿らないからだ。それがなぜか英雄カインには宿っている。それも目に見えないはずの魔力が、可視化されるほどの密度で。
先祖が警戒した危険因子。おそらくそれこそがカインだと男は予想する。
『奔放姫エカテリーナ』の懐刀。
彼の者こそが到達点であり覚醒者。一族が三百年もかけて望む目標の体現者。
〈神〉に至るためにも、英雄カインは利用せねばならない。
男が思案を巡らせていると、控えめにドアを叩く音が聴こえる。次いで呼び出しの声が。
「――失礼いたします。謁見のお時間でございます、陛下」
「ああ……。いま行く」
思考を止める。
座していた男は立ち上がり、肩に羽織ったマントを靡かせながら闇の部屋を後にする。
宝玉は――その光を消していた。
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