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「――そいつは『慈愛剣ミール・タンドレッサ』。刀身から柄に至るまで、一つの(げい)(ひょう)から作られた神から受け賜りし儀礼剣。正しき者には癒しを、悪しき者には罰を与える剣だ」

「……慈愛剣……だとォォォォ……ッ! ふざけるなァァ! なにが慈愛だ! なにが神剣だ! 俺サマがシャルティをめちゃくちゃにするのは変わらねェんだよォ……ッ!」

「……ほう……これまた随分と懐かしいもんじゃのう……」


 アロガンが狂気に飲まれ、ヴォヴァンが懐古の眼差しを向ける。

 グナーデン王国が千年受け継いできた神剣。そしてエカテリーナがたまに包丁代わりに使っていた剣。神と契約を交わした初代の国王の血統のみが振るうことを許された儀礼剣。

 ……いつか娘が振るうからと預かった剣。


 ――本当に言ったとおりになったな……エカテリーナ、と昔を思い出しながらシャルティを見つめるカイン。


 しかし一つ気になるのが、シャルティの瞳が紫色に見えるという事。

 シャルティはエカテリーナと同じくコバルトブルーの瞳のはず。慈愛剣の輝きによる錯覚か? と考えていると、シャルティが動く。


「……終わりにしましょう、アロガン〝殿下〟。いろんな人を巻き込み過ぎましたし、あなたは間違っています……! そしてなによりも! あなたは私のタイプではありません……っ!」


 言い終わるやいなや、シャルティはアロガンに突っ込む!


「俺サマより弱いくせに、ナマ言ってんじゃねェぞォォォ……ッ!」


 上段に振りかぶるシャルティ。それを下から振り上げ向かい打つアロガン。

 まるで帝校での模擬戦の再演。しかし異なるのは、お互い真剣であるということ。シャルティはカインとの特訓により実力が大きく向上していること、アロガンがなにかの術でドーピングし筋肉が異常に発達していること。しかしそれでも二人の力は乖離しており、


「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ‼」

「――らァァァァァァァァァァァァ……ッッ‼」


 二人の渾身の一撃が衝突――、


「――ッグ……がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ……!」

「……………………え?」


 することは無く、シャルティの剣はアロガンの剣をすり抜け、頭蓋から唐竹割にする。


「…………言っただろ――神から賜ったって。まともじゃねぇのよ。あらゆる物理法則を無視する神託の剣。三流のワルを気取ったガキに防げるほど甘くねぇさ」

「ッッ痛い痛い痛い痛い痛いィィィィィ……!」


 切ったはずなのに出血が認められない。ただ苦痛を与えるのみ。


 ――殺すほどでもないってか。え? 慈愛剣さんよぉ? 随分とシャルティを気に入ったみたいだな、とカインはこの現象を評価する。


「――ネックレス! この馬鹿を捕縛しろ!」

「……は、はいっ……!」


 あっさりと勝敗を決し、些か拍子抜けしたシャルティを視界に納めたまま、ネックスにアロガンの捕縛を命じ、倒れ苦しむアロガンに決別の台詞を投げるカイン。


「…………好きな娘に悪戯するのは、帝堂六年生までだ……クソガキ……」




 全てが終わり安穏な空気が流れだした頃、サージュがシャルティに勢いよく抱き着く。


「ねぇね……っ!」


 サージュはサージュで心配だったのだろう。そして至る所を擦り剝いているシャルティの体を労わるように撫で――淡い緑色の光がサージュの掌中で明滅した。

 今のは魔法……? いや、サージュはこの時代の人間。魔法が使えるわけ――とサージュが引き起こした不可思議な現象を推察していると、空気を引き裂く声が響く。


「――やぁぁぁぁっと終わったかい……! 待ちくたびれて寝てしまうところだったわい! ぶわっはっはっは……ッ!」

「……あー。こいつのこと忘れてた……」


 そうなのだ。

 そもそも、このはた迷惑な黒龍に追われてこんなところまで来てしまったのだった……。

 シャルティを取り巻くいざこざが終わり、怯えがちでポンコツだった娘の成長にジーンと胸を打たれていて、すっかり忘れて頭の片隅にもなかった……。


「――そ、そうです! お父様! この……竜? は一体なんのですか……?」

「ねぇね、これは伝説の龍! 黒い炎を吐く、すっごい龍……!」

「おおっ! すっかり忘れておりました! そこの龍のお方! もう一度、黒炎の息吹をですな――」

「ヒィィ! やめましょうよぉ、おとうさぁん!」

「……シャルシャルゥ……! 無事でよかったよぉ! てかカインパパが連れて来たアレ、なに?」

「お、お父さん! シェンナも! どうして引きこもり研究馬鹿の二人が外に……?」

「……ああぁ……やはりカイン様は英雄ですわぁぁ………………………うっとり」

「……カイン殿、恩人のあなたの願いを叶えられず、お手を煩わせてしまい申し訳ない……ッ」


 目に見える脅威が去ったからか、各々勝手にカインに対して話しかけてくる。


「だぁぁぁぁぁぁぁ! 順番に! 順番に説明するから、ちょっと待ってくれ! まずはヴォヴァンとやるから……!」


 そう言って皆をひとまず落ち着かせ、カインはヴォヴァンと向き合う。


「……てことで、待たせたなヴォヴァン」

「好い好い。儂は寛大であるからな。あと百年ほどは待っても良かったのだぞ……?」

「待ちくたびれたって言ってたじゃん……。まぁいいや。すぐに終わらせるぜ。みんながいるし」

「んんん? なんなら他の場所でもいいぞぉ?」

「……いや結構だ。早く愛する娘を抱きしめたいからな」

「だっはっはっは! 随分と零の子孫は親馬鹿のようで……! あの触れるもの総てを切り伏せんとする零からは、考えられぬわ……ッ!」

「……ああ、それなんだけどな……俺が零で、今はカインと名乗ってんだ――以後よろしく」

「ああ? じゃから零は人族で三百年以上前に儂と――」


 未だべらべらと口を開くヴォヴァンを無視して、カインは双剣を構える。

 ボグダン謹製竜骨剣を右手に、帝校指定剣を左手に。

 双剣を胸の高さで軽く十字に交差させる――双剣十字の構え。


 カインの固有魔法〈覇道を征く者〉を全力全開で発動。

 虎王を切り伏せた時とは比べ物にならない膂力が全身に宿る。

 さらには体内で完結するはずの魔力がカインの体表から滲み出て、灼熱色の魔力がカインを包む。カインを中心に空間が揺らぐその姿は――まさに覇王。


 万夫不当の英雄にして、一騎当千の豪傑を彷彿させる。

 誰も言葉を発せない威圧感の暴風。しかしどこか安心感を抱かせる父なる抱擁感。


「……すぅぅ――」


 カインが息を吸う。技が出るのが明確な初動。換言すると――隙だらけ。

 しかしそれでも、ヴォヴァンですら易々とは動けない。

 そんなカインの覇気に気圧されたヴォヴァンは、己の顔に傷を付けた唯一の存在とカインの姿がダブって見えた。

 次の瞬間――。


「――――――――――『絶剣』――――――――――」


 ――世界から音が消える。色も消える。五感も消え、何が起きたか分からない。恐怖はない。しかし感動もない。ただすべてが消えたのみ。

 それはヴォヴァンも例外ではない。


「…………ふぅ。やっぱ刀じゃねぇから傷は付けられなんだ……」


 そのカインの言葉によって世界に音が戻り、色づき、その場にいたあらゆる存在に五感も感情も戻る。


「――――ああん……? なんで儂は空を見てるんじゃ?」


 ヴォヴァンは仰向けになっていた。

 そしてカインの両手に携えていた剣も、砕け散っていた。


「思い出したか、ヴォヴァン⁉ むかし俺がお前の顔に傷を付けた業だ……! とりあえず今日はこれで勘弁してくれ……ッ‼ じゃ!」


 もはやこれ以上戦う理由もない。カインが〝零〟である証は示した。それをどう受け取るかは、あのうっかり龍次第。カインのできることはもうない。

 ゆえにカインは愛する娘たちの元へ瞬時に駆け寄り、強く抱きしめる!


「シャルティぃぃぃ! 立派になったなぁぁぁ! 啖呵を切る所なんかエカテリーナそっくりだったぞ! サージュも! ……いつもと変わらず可愛いなぁぁぁぁ……ッ‼」

「まったくもうっ! お父様ったら! これではどっちが子供か分かりませんよ! ……それと、嫌いって言ってごめんなさい……」

「んー? そんなこと言ったか? 忘れちまったよ。んなことより、よく頑張ったなシャルティ」

「お父様……大好きです……」


 シャルティの呟くような告白をしっかり聞いていたカインは涙を浮かべてシャルティの頭を撫でる。


「パパ、親馬鹿。なら、あたしたちは娘馬鹿……? わかんないけど、ぽかぽかする……!」


 眦を下げ、口角を上げたサージュはカインの首に手を回し、父親の熱を感じる。


「サージュもお姉ちゃんが心配だったもんな。ちゃんと〝おかえり〟って言ってあげな」

「ん! ねぇね! おかえりっ」

「サージュ……。はいっ、ただいまです!」


 つい少し前まで絶望しかなかった中央大魔圏外縁の一角には、娘を溺愛する男と、酒と女にだらしない父親を愛する娘たちの織りなす、暖かく胸を打つ和やかな空気が満ちていた。

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