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地上五階と地下三階の大きさを有し、象牙色の壁、茶褐色の木材で出来ている帝都でも有数の巨大建造物――「冒険者ギルド・アングリア本部」。
その本部の地上三階分ほどの高さを誇る正面入り口をくぐり、悠々と闊歩するカインの姿はまさに〝覇王〟そのもの。
その姿を視認した他の冒険者たちは歓声で迎え、また畏怖の表情を浮かべる。
「おおぉぉ! カインさんだああ! 今度は何を討伐してきたんだ!」
「……あれが『槍剣の覇王』か」
あるものはカインの新たなる偉業を期待し、
「スゲェ威圧感だ……ッ。流石『抜かずの剣士』だな」
「『抜かずの剣士』ッスか? ははッ、そんなにもあのおっさん精力が強いんスか?」
「馬鹿……ッ! そっちじゃねェよ! あの人は剣を鞘に入れたまま戦うんだよ。抜かなくても強い、だから『抜かず』なんだよ。……まぁ娼館を出禁になるほどの性豪でもあるらしいが」
またあるものはカインの噂で盛り上がり、
「なぁ知ってるか。あのおっさん万年C級らしいぜェ。なぁにがそーけんの覇王だよ。おっさんが出しゃばるんじゃねェっての」
「〝英雄〟らしいけどよォ、いっつもショボい依頼ばっかだよなァ。ヤル気あんのかァ?」
「キャハハ! ホントだよねー。おっさんはさっさと引退しろってカンジー」
新入りは、若者特有の万能感に浸り彼を下に見る。
――ギルド本部がカインを中心に喧騒の嵐に包まれる。
カインとしては速やかに討伐報告と素材の売却を済ませたいが、親しい冒険者に囲まれ受付に行くのが困難となっている。
また冒険者ギルドの一階は酒場も兼ねている為、酒に酔った者たちが胡乱な目で見つめているのも目障りだった。
ゆえに全員気絶させるか、と物騒なことを考えた矢先――突如建物の照明が消え、ある一点にのみスポットライトが向けられる。
そして……妙に渋くて変に調子付いている男の声が建物全体に響き渡った。
「オ・ツ・カ・レ・Summer! 業務に追われて曇り空のワタシの心もォ! カインちゃんの素敵なお顔を見れて晴れ渡るゥ! まさに夏のように……ッ‼」
革ジャケットを裸の上から羽織り、筋骨隆々な肉体を見せびらかす服装。
本部中央に鎮座する大階段をまるで舞台俳優、いや舞台女優のように優雅に、そして腰をくねらせながらカインに流し目を送りながら降りてくる男――ギルドマスターが声の発生源であった。
その姿を視認したカインは鬱陶しそうにポツリと一言。
「……エルキュール」
「いやぁん。『エリィ』と呼んでちょぉだぁい、My Sweet Honey! そ・れ・で・今日はぁ、何を討伐してきたのか教えてTell Me!」
ジャケットの肩部分のみシュバッとはだけさせ、キメポーズしながら宣う変態。
旅で疲れた心と体をウザイほど掻き乱してくるエルキュールの質問に嘆息しつつも応じるカイン。
「北の山脈に棲息する竜だ」
「――ワアォッ!」
カインの言葉に続くのはエルキュールの感嘆のみ。
先ほどまで称賛や嫉妬、批難や懐疑の声を上げていた冒険者の一切が、声を失った。
「……りゅ……竜殺し……っ!」
「な、なぁ。竜ってS級でも苦労するっていう、あの竜か?」
「オ、オ、オレに聞くなよ! 竜なんて見たことねぇよ……ッ」
そして各々が徐々に驚きの様相を呈す。
それみたことか、とカインは呆れ果てる。
このような衆人環視の場で討伐対象を述べるなぞ、それこそ噂してくださいと同義であろう。
しかし一方で、自分が比類なき実力を有しているのだと知らしめることで、娘に近づく不届き物は選別され、それでも手を出す輩は問答無用で悪と断定できる。
まぁおそらくエルキュールはそこまで考えてはおらず、単に惚れている男を有名にさせたいだけだろうが……。
「んふふふふっ。それじゃ詳しくゥ、丁寧にィ、優しいタッチでェ、話を聞かせて頂戴ナ。『レイラ』ちゃーん! カインちゃんを愛の巣へ案内して差し上げて!」
腰を振りながら大階段を上っていくエルキュールは肩越しに、一人の受付嬢をカインに宛がう。
「――はい。ではカイン様、まずは……」
カインから見て右手、建物の一階部分の半分を占有しているカウンターがある。
つまり受付なのだが、そこから深紅の髪を肩口で切りそろえたスレンダーな美女が出てくる。
黒いアンダーリムの眼鏡を掛け、ヒールをカツカツと鳴らしながら歩く姿から理知的な雰囲気を醸し出す女。
カインと十年来の付き合いがある受付嬢――レイラであった。
「まずはその背負ってらっしゃる素材を何とかしましょうか。『ボグダン』さーん! レア素材ですよー! 竜ですよー!」
レイラがカインの上にあるデカデカと主張しているバッグに一瞥くれた後、大きく、しかし品を感じさせる声で鑑定係のドワーフを呼ぶ。すると、
「どけどけどけどけえええ! 竜だって⁉ おいら以外に触らせるんじゃねぇぞ!」
ギルドの地下に繋がる階段から飛び上がり、人垣を飛び越えて、見た目中年のドワーフが颯爽と登場する。
……片手に枕を抱いたまま。
「……ボグダンさん。頻繁にレア素材が入らないからってサボるのはダメですよ……」
よく見てみると、ボグダンの服装はいかにもパジャマといえる、快適性重視のものだし、髭を蓄えた顎にも涎の跡がある。そのようなボグダンの姿を見てレイラも些か呆れた様子だ。
「ち、違う! おいら寝てないぞ! 新たな武器の構想を練るために瞑想してたんだ!」
――あきらかに嘘である。
「ようボグダン。どうせ女連れ込んでしっぽりやってたんだろ? 前に言ってた家具屋のおばちゃんは口説き落とせたのか?」
ワタワタと焦るボグダンを見て、少しからかってやろうとカインは悪乗りする。
「ばっ! おまっ! なんてこと言うんだよ! やらしいことなんてしてないし、あの娘のことはナイショだって言っただろ……ッ!」
カインから見れば家具屋のおばちゃんだが、八十歳を超えている彼からすると、家具屋の娘さんになるのだろう。
世界は広いな、なんて遠い目をしているとレイラが話を動かす。
「はいはい。どっちだっていいですよ。それよりボグダンさん、カイン様が持ち込みになられた素材の鑑定をお願いします」
「おお! そうだ! 竜だってな、カイン。去年『ブレイド』のパーティーが持ち込んで以来だ! 興奮するぜい」
ボグダンはカインの話を一切聞かずに荷物を分捕り、皆が見てる前で鑑定を始めた。
時々「フォー!」や「うひょぉー」などの奇声が聞こえるが、それを無視しカインはレイラの案内で大階段を上る。
他の冒険者の喧騒を背景に、カインは目の前でプリプリと魅惑的に揺れているレイラの尻を見つめながら久闊を叙す。
「久々に見ると美しさに磨きがかかってるな。男でもできたか?」
「カイン様。あなただから許されますが、今の発言はセクハラですよ? しかもどこ見て話してるんですか……」
「尻と脚」
「はぁ。では今夜踏んであげますね……」
「いや……今夜はガッツの店に世話になる予定でな」
カインの発言に思う所があるのか、レイラは歩みを止め、切れ長の目を眼鏡越しに向けてくる。
「――『スコッティ』を抱くの……?」
その声色は少し硬く、光がレンズに反射して瞳を見ることは叶わない。
「……妬くなよ。シャルティもサージュも慣れない旅で疲れてるから傍に居てやりたい。今日はおとなしくしてるさ」
「そ……ならいいわ」
カインの言を受け、嫉妬の炎が収まり再び歩みを進めるレイラ。
公私はしっかりと区別する性格だ、と言うわりにはめちゃくちゃ仕事中にプライベートな感情を剝き出しにしてくるレイラ。
しかし知的でクールな女がヤキモチを妬く姿はなかなかにそそられるな、と情欲に塗れていると、たちまち最上階のギルドマスターの部屋に着いた。
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