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 ――時は少々遡る。


「――グ……ゴォォッ…………オ……!」


 ドスゥンと豪熊が背中から大地に倒れる。

 その光景の原因は、高く蹴り上げた体勢で残心をしているカイン。

 後ろには目を輝かせたサージュとイゼル、そして涙目のシェンナ。

 豪熊が絶命したのを確認してから脚を下ろし、同行者に振り向く。魔圏に到着してから珍しく険しい顔をしているカインは注意を促す。


「――いいか? ここは魔圏。コイツみたいに兇暴な魔物の生存圏だ。木々の採集でも魔物の素材蒐集でも、なんでもしていいが一つだけ約束しろ。必ず俺の視界から消えるな。何でもする前に、俺に一言告げる様に……!」

「パパ、それじゃあ二つ」

「――っは……⁉」


 サージュのツッコミによって、目を見開き間抜け面になる。

 隙のないように見えて実はガバガバポンコツ中年のカイン。教師を気取って高説垂れていると、視界の中にいる人物の数が合わないことに気づく。


「……ん? おい、イゼルはどこいった?」


 いつの間にか存在を消していたイゼル。


「お、お父さんなら、あの樹に上っていきましたよぉ……?」


 シェンナが傍の大樹に指を向け、父の行方をあっさり告げてくる。


「――ばっ! おま――! そういうのは早く言えよ! 樹だからといって魔物じゃねぇとは限らねぇぞ……!」


 言うが早いかカインはすぐさま跳躍し、大樹の樹冠に突っ込む。すぐさま幹に張り付きながら樹の表皮を捲っていたイゼルを見つける。


「……イゼル、せめて行き先を告げろよ、ここでは――」

「――やや! カイン殿! 奇遇ですな! カイン殿もこの樹にご興味が⁉ いやぁ、なんと摩訶不思議なのでしょうなぁ! 人族のワタクシでも感じ取れるほどの強い魔力を有する植物なぞ、生まれて初めて見ましたぞ……!」


 もう目をキラッキラさせて興奮しているイゼルの首根っこを掴んで、地面に向かって跳ぶ。


「楽しんでいる所悪ぃが、まだ話が残ってんだよ」

「そんなぁぁぁ! せめてサンプルを! サンプルだけでもぉぉぉ⁉」

「――よっと!」


 騒ぐイゼルとともに地面に着地したカインは、サージュの無事を確認するも次はシェンナが見当たらない。


「……は? サ、サージュちゃん……? シェンナの野郎はどこ行きやがった……?」


 過酷な魔圏にも関わらずいつもの如く樹の幹に凭れかかって読書をしているサージュに、シェンナの居所を聞く。額に青筋を浮かべながら……。


「……シェンナは蔓みたいなものに巻き付かれて連れていかれた。優秀だったあの子のことは忘れない……」


 目を伏せるサージュ。


「――いや、もう死んだみたいに言うなよ! 流石に不謹慎だぞ……ッ⁉ ああ、クソッ! なんでこうもバーント家は揃いも揃ってポンコツなんだよ……! 来なさい、サージュ。シェンナを探すぞ!」

「ん!」


 自分のことを棚に上げつつ、未だに未練があるのか大樹を観察しているイゼルを右肩に担ぎ、サージュと手を握りながら連れ去られた方へ向けて足を進める……。


「――ったく……。一体どこまで連れ去られたんだよ、あの一瞬で……。マジで死んでるんじゃねぇか……?」


 地面に残っているシェンナが引きずられた跡を頼りに捜索するカイン。


「いやぁ! 自律する蔓ですか! そのような未知の物体に目を付けるとは、流石ワタクシの息子……!」

「……目を付けたんじゃなくて、目を付けられたんだよ……。てか息子の事だぞ? 心配しろって」

「はっはっは! 彼も学者の端くれですので。研究に没頭するあまり命の危機に瀕することなんてザラですぞ! ワタクシだって、いつも研究に夢中になりすぎて食事を忘れ、水を飲むことも忘れ、終いには――」


 カインの肩に担がれながらダラダラと述べるイゼルをよそに、サージュが口を開く。


「ほんと一瞬だった。シェンナも声を上げる暇がないほど」

「はぁ……こんなんじゃ、さっさと魔圏から出た方がよさそうだな……」


 息子が攫われたのにいつも通りの好奇心に踊っている学問の変態イゼル。優秀なのかもしれないが、何をするにもゆっくりなシェンナ。そして我が道を征くサージュ。

 武力に長けたカインといえども、変人たちを連れての魔圏に早くも精神的に疲れを感じてきていた……。

 そんな矢先、ポツンと、シェンナが独りでに歩いてこちらに向かってくる姿を捉える。


「……シェンナ……?」


 サージュが雰囲気のおかしいシェンナを訝しみ、


「……なんか様子が変だな……」


 ひょっとして、寄生型の魔物に乗り移られたか? といつでも戦闘態勢に移行できるようカインが身構える。


「おお? 我が息子が見つかりましたかな? というかカイン殿? せめて担ぐなら反対にですな――」


 尻を前にして担がれているイゼルが文句を付ける。そんなゴチャゴチャしているカインたちに対しシェンナはブルルと身を震わせる。そして、


「……はぁぁぁぁ……っ! 縛られるのってあんなにも気持ちがいいんですねぇぇ! なんだか魔圏に来て、ぼ、僕、新たな扉を開いてしまったかもしれません……! ハァハァ‼」


 顔を赤らめ、息を切らし、己の身を抱きしめ恍惚に浸る。


「……ん……? なにかの病気?」

「そうだな……。あれは病気といってもいいかもしれん……。――特殊性癖という名の……。ってかシェンナ! お前連れ去られたんじゃなかったのか?」


 たったの一瞬で妖しげな世界に埋没してしまったシェンナにサージュとカインは引きながらも、何故無事なのかを問いただす。


「――ハァハァ……! ――ッ! そうですよ! じょ、徐々に蔓が締め上げてきて、なにかイケナイ世界に突入しようとういう、まさにその時です! 急に蔓が剥がれて、どこかに行っちゃったんです……あと少しだったのに……」

「なんで残念そうなんだよ……。しっかし、魔物が獲物に手を付けずに逃がすかねぇ?」


 カインが首を傾げながら唸る。

 生存競争が夥多な魔圏。弱者が追いやられてきた外縁では、食料を見つけたならば片っ端から食らうはずなんだが――と思案していると殺気を感じ、叫ぶ。


「――――ッ⁉ 伏せろぉぉ……ッ‼」


 突如、カインたちの前方の風景が大地ごと捲れた。

 あまりに突然だったため離脱することが叶わず、ただ地に伏せるのみ。

 轟音。衝撃。石や岩、樹木の残骸などがカインたちに振り注ぐ。


 咄嗟のこととはいえ、サージュはもちろんイゼルも、対面して会話を交わしていたシェンナも纏めて地に寝かし、その上から覆うようにカインが庇う。当然カインは即座に魔法を発動。屈強な肉体によって、不思議な現象による二次被害を最小限に抑えた。

 そして土煙が晴れた頃、眼瞼を挙上し、カインが口を開く。


「――おいおい。森が荒野になっちまった……!」


 そう。

 カインの眼前にはもはや天まで届きそうな大樹の森林は無く、それに伴う鬱蒼とした空間も無い。ただそこにあるのは、土煙に覆われた広大な荒野と天から指す光のみ。


「サージュ! 大丈夫か⁉ 無理やり押さえつけちまった……! 捻挫とかしてねぇか? 髪の毛に土付いてねぇか? 変なもの口に入ってない? 大丈夫……?」


 しかしカインにとって眼前の荒野よりも大事なのがサージュの安否、安全、被害、健康状態、今日のこれからの予定である。

 ゆえに唸るイゼルとシェンナを横に追いやり、サージュを抱き抱える。


「――わぷ。……だいじょぶ。……びっくりしたけど。パパ、今のはなに……?」

「自然現象じゃねぇ。魔力の波動を感じたから、魔物の仕業だろうな」

「魔物が……? こんなことできるの……?」


 サージュが荒れ果てた魔圏を見つめながらカインに問う。これはもう〝天災〟ではないかと。


「数は少ないけどな……いるぞ。少なくとも五体は確実に……」

「――っ⁉」


 サージュが目を見開く。

 ――眼鏡越しでもくりくりしたお目目が可愛いなぁ、なんて思いながらカインはこれほどの実力を持った魔物を追懐する。


 森羅万象を塵芥に帰すことができるのは二体の龍が筆頭。次に〝天〟級の魔物三体。しかし三体の内の一体――『魔天狼』は体が小さいし雷を操るからこれじゃぁねぇだろうなぁとも思う。そして二体いる龍の片方は浄界にいる為、選択肢から消去できる。

 となれば、残る龍と二体の〝天〟級の魔物しかいない。

 その中でも、これほど広範囲かつカインが魔圏に来たことで起きた現象とするならば……考えられるのは一体のみ。


「――ぬっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………ッッ‼ 寝すぎてしもうたせいで飛び方を忘れてしまったわ! ぶわっはっはっは……!」


 笑い声で土煙が吹き飛ぶ。晴れた先、剥げた大地には黒い物体が。

 ただ墜落しただけで地形を変えてしまう枠外の存在。

 金色の双眸をカインに向け、やけに渋い声を発するソレ。


「むぅん……っ! その紫色の瞳! 己以外の万象を傅かせるその魔力! 間違いないッ! お主――『(レイ)』の子孫じゃな……!」

「――ふぅ。久しぶりだな……ヴォヴァン」


 異界の守護龍――ヴォルフガング=ヴァンダーヴィッテがカインたちの目の前に降臨した。

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