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「ネックス……さん……?」
「――え? え? え?」
「うわぁ! 今の登場かっこいい……!」
シャルティ、ローラ、アンバーはそれぞれ驚きが隠せない。
そしてそれはアロガン達も同じ。
「――アアン? どうしてお前ェが、どうして帝国騎士団が魔圏にいるんだッ⁉」
「……止めた……? 虎王の一撃を弾いた? どうして剣が折れない……‼ どうして吹き飛ばされないんだ……っ! ――殿下‼」
アロガンがネックスを、後から続くように雪崩れ込んでくる帝国騎士団の面々を見て驚愕の声を上げ、他方サイモンは一撃で死をもたらす虎王の攻撃を防いだ副騎士団長の実力に戦慄を覚える。
「――ッ! 分かってる! ……オホン。ネックスよ、よくぞ駆け付けたなァ! 褒めて遣わす! さァ! 帝国の脅威を――」
「――道化を演じる必要はありませんよ、殿下。あなたが魔物を操り、生徒たちを害しようとしてたのは見ておりましたので」
「……な……にィ……⁉」
ネックスの毅然とした瞳が、言葉が、アロガンを突き刺す。
「カイン殿に頼まれましてね。帝校の訓練と同時期に、魔圏で騎士団の訓練を行ってくれ――と。そして万が一ご令嬢に何か起きたなら、犯人は近くにいるから捕縛してくれ――とも」
「お父様が……!」
カインがまた親馬鹿ぶりを発揮し帝国騎士団すら動かした事実に顎を落としながらも、身を案じ、更には手を打っていたことを知り、暖かな気持ちがシャルティの胸に染み渡る。
「――まさか〝王〟級の魔物が出没するとは思いませんでしたが……。それに殿下が皇族に相応しくない振舞をされていることにも驚きですが……恐らくカイン殿は読んでいたのでしょう、この展開を。私が訓練に同行するのを強く望まれましたからね」
どれほど強く望んだのか……ネックスが思い出し顔を青くしている。
剣を虎王に、瞳をアロガンに向ける。
「しかし、〝万事塞翁が馬〟と言いますか……私がここにいて良かった……! 殿下の思惑に関わらず、このような怪物を帝国領内で好き勝手にさせるわけにはいきませんッ! 騎士団全隊員に通達……‼ 現前の魔物を討伐若しくは撃退! 並びに第四皇子アロガン殿下の捕縛を命じる……ッ‼ 責任は私がとる‼ かかれぇぇぇ‼」
「「「うおおぉぉぉぉぉ……ッッッ‼」」」
ネックスの号令によって多くの騎士団員が虎王及びアロガンに飛び掛かる。
「た、助かった……のぉ?」
へなへなと腰を地面に落とすローラ。
「――くそッ! やめろ! 俺は殿下に従っただけで――」
「騎士の皆さん! こ、この人です! フォグガーデン家のご令嬢を斬ろうとしてましたっ!」
駆け付けた騎士をサイモンに宛がうアンバー。
そしてそのままリップルを抱えシャルティの元にやってくる。
「シャ、シャルティ! ……さん! 見てましたか、僕の――」
「――フォグガーデン様……っ⁉ 御無事ですか!」
仲間の救援、騎士団の駆け付けによって幾分か力が戻ったシャルティは、リップの安否を気にするが、
「……ああぁぁ……痛いですわぁ……舞踏会の華たるわたくしの体がぁ……。貴族界一麗しいわたくしの顔が泥だらけですわぁ……って! あのサイモンさんったら! 動けないわたくしに剣を向けるだなんて……っ!」
「……フォグガーデン様……良かった……っ!」
意外と元気があって、胸を撫でおろす。
「私たちも、戦わないと……!」
そう言ってシャルティは足に力を入れ、生まれたての小鹿のように小刻みに震えながらも、瞳に光を宿す。
「ダメだってぇ! 逃げなさいって言われたじゃん! 逃げよぉ? ね?」
そんな足手纏いにしかならないことが明白なシャルティをローラが引き止めた時、
「――あぁ……もういい。これもまた予想外ではあるが、寛大なる俺サマは許してやろうッ! ――お前ェらの〝死〟をもってなァ……‼」
アロガンが不吉なことを宣い、右手を天に向けて叫ぶ!
「来い、魔物ども……! 有象無象を蹴散らしやがれェ……ッ‼」
ぶわぁっと、アロガンの掌から黒い澱みのような、粘り気がありそうな魔力が大気に散布され……、
「――――――――〈皇魔催眠〉ァァァァ…………ッッ‼」
「「「「「ギュオオオオオ‼」」」」」「
「「ギャゴオオォォ……‼」」」
「「ブモォォォ……ッッ‼」」
夥しい魔物の声が周囲に、いや、魔圏外縁に共鳴する!
「ククッ! クハハハハハハハ……ッ! ネックス! 流石のお前ェでも天を、地を埋め尽くすほどの魔物が相手じゃァ分が悪ィだろ! ……まァ安心しろ。シャルティだけは襲わないよう指示した。それ以外は――塵一つ残さず消えろ」
「――殿下! 我々は皇族に仕える帝国騎士団です! それに牙を向けるというのですか⁉」
本来であれば〝剣〟を向ける――と言うべきところ、なぜかネックスは〝牙〟と言った。
「ふんッ。俺サマたちに仕えているのなら俺サマの為に死ね。――本望だろう……?」
ネックスと言葉を交わすアロガンの眼は、もはや狂気に染まり異質であった。
事実、双眸の虹彩とそれ以外の部分の色が反転している。
明らかに異常。
薬物や思想で狂っているのとは違う。なにか魔法の影響らしきそれ。
「ッく……! 一番デカいのは私が抑える! 最小限の人員で英雄殿のご令嬢とそのご学友を連れて魔圏より後退! それ以外は死に物狂いで魔物を狩れぇぇぇぇ……‼」
叫んだネックスは簡潔な指示を下し、霞の構えを取る。
大腿の筋肉が盛り上がり、上腕の筋肉も膨張し、首筋には血管が浮かび上がる。
刹那、目に見えぬほどの速さで虎王に吶喊する。
「――――『疾風連斬』……ッ‼」
銀閃を輝かせ虎王の右側部顔面にすれ違いざまに一撃、次に右後ろ足に一撃。そのまま目にも止まらぬ速度で、虎王の巨体のあらゆる部位を斬撃の嵐で包む!
カインのように斬撃を飛ばすことはなくとも、連撃に次ぐ連撃。虎王も速度に付いて行けず反撃の機会を失う。しかしそれでも薄皮を切り裂くのみ。どれも決定打にはなり得ない。
まるで虎王を中心に台風が起きているような奇妙な現象に、シャルティたちが息を飲んでいると……アロガンが動く。
「シャルティ。悪いがもう手段を選んでられねェ。手足の腱を斬って連れ去るぞ……ッ」
「……申し訳ありませんが、私を連れ去るのは……月明かりの綺麗な時に正義の〝守護騎士〟と心に決めておりますので――アロガン〝様〟」
跳梁する魔物と奮闘する騎士たちに囲まれる形で、アロガンとシャルティは対峙する。
ローラや名も知らぬ同級生がなにか叫んでいるが、もはや聴こえない。
自分の身を護るために。仲間を護るために。
そして……母が愛し、しかし奪われた祖国を護るために、シャルティは白剣の柄に手を伸ばす。
怒りではない。ただ護りたいという〝愛〟の心で。
柄を握り、鞘から抜き放とうとした時、
――轟ッ、と爆音が戦場を支配した。
「――――え?」
「――――はァ……?」
空を覆い尽くしていた飛行型の魔物の総てが、轟音を伴う黒炎によって消滅した。
次いで木々を薙ぎ倒す音が近づいてくる。魔物のような咆哮も聞こえてくる。
……なにやら人間の叫声と幼子の笑い声も聞こえる。
シャルティもアロガンも、ローラもリップルも名も知らぬ同級生ことアンバーも、ネックスも虎王も、魔物も騎士も……皆が皆、襲い来るナニカに備え、気を惹かれ、身を固くする。
「……なん……ですか……?」
「――俺サマの術が弾かれた……だとッ⁉ まさか〝天〟級……? いやッ、こんな外縁に来ることなんて……」
「……GA……GAU……」
「こ、この……押しつぶすようで暖かな威圧感は――まさかッ⁉」
……魔物による蹂躙が、虎王による殺戮が、アロガンによる凌辱が始まるような雰囲気は既に掻き消えた。
一時……通常の魔圏どころか、ありふれた郊外の森林と間違うほどの静謐が訪れる。
誰かが唾を嚥下する。一呼吸おいて――、
「――だあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ だからまた今度って言ってんだろうがぁ……ッ!」
「ぬはははははははは! 楽しいのう! 血沸き肉躍るぞぉ! これこそが〝生〟よなぁ‼」
「ひぃぃぃぃぃっ‼ はぁはぁ……ふう――すぅー……ひぃぃぃぃぃ! 叫ぶのにも体力が要りますねぇぇぇおとうさぁぁぁん……!」
「――やはり会話が成立している……! これが存在すらも疑問視されていた『龍』……っ! 先程の黒い炎の息吹も竜のそれとは桁違い……っ! 興味深い興味深い興味深い興味深いですぞぉぉぉ! ふぉぉぉぉぉ! 知的好奇心も知的探求心も滾りますぅぅぅ! そこの龍のお方! 良ければもう一度、息吹をお願いできませぬかな……っ?」
「あははははははは‼ 速いはやーい! パパ、もっと速くっ! お空も飛んでー‼」
「ごらぁぁぁぁ! イゼルてめぇ、要らねぇ事言うんじゃねぇよぉ! サージュちゃん、あのね? 人はお空を飛べないんだよ……だってね――翼が無いからさッ! ハッハー‼ やけくそじゃぁぁぁぁぁぁぁ‼」
サージュを肩車し、イゼルを右肩に担ぎ、シェンナを左脇に抱えながら、虎王よりも巨躯の怪物に追いかけられているカインが、派手に登場する!
「――お父様……? お父様……っ‼ サージュ‼」
誰よりも愛すべき家族――カインとサージュを見ただけで、力が湧いてきたシャルティは大きな声で彼らを呼ぶ。
「んんんん~……? おおッ‼ シャルティじゃねぇか……! 久しぶりだなぁ……ッ‼ 会いたかったぜッッ!」
――絶望を塗り重ねた所に、英雄カインがいろいろ引き連れて参上した!
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