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「ふぅー……! ――――っ! 参ります……っっ‼」


 相手は生ける伝説。一瞬でも気を抜けば、即――あの世行き。四足歩行をしているから両前足での同時攻撃はないと読み、先ずは懐に潜ることを考える……が――、


「――っ! っく……きゃぁぁぁ……‼」


 同じことを考えていたリップルが先行して、虎王の右側面から腹部の下に潜り込もうとしたところを〝三又の尾〟によって払われ、弾かれてしまった。


「フォグガーデン様⁉」

「気ィ抜くなァシャルティ! お前ェは正面でヘイト稼いでおけ! サイモン! 後ろから突っ込め!」

「は、はッ!」


 弾かれ大きく飛ばされたリップルを案じるシャルティに檄を飛ばし、アロガンが指示を飛ばしてくる。幸いリップルは地面で藻掻いており死んではいないようだが、先の一撃で剣を粉砕されている。どこか骨も折れているかもしれない。すぐには立ち上がれず、呻き声が聞こえるのみ。たったの一撃で再起不能になるほどの威力。

 まるでカインのような、異次元の存在。


「フォグガーデン様! 無事で――っ⁉」

「――GAAOOォォォォォォ‼」


 雄叫びを上げる虎王。

 次いで一息の内にシャルティに肉薄し、右前足で右上から左下に――シャルティから見れば左上から右下に――赤黒く輝く三本爪で切り裂く光景が見えた。


「くっ……‼」


 だからこそ〝前〟に出る! 飛び込み前方回転受け身。

 立ち上がりの勢いをそのままに、剣を虎王の頭と肩の間――首のど真ん中に突き刺す。

 というのも、虎王よりも遥か格下の豪熊ですら切り裂くことが叶わなかったからだ。だからこその刺突。回転受け身の勢い、立ち上がる時の両脚の踏ん張り、両腕の全筋肉の稼働によって渾身の一突きを繰り出す。


「はぁぁぁぁぁぁ……っっ‼」


 自信はなかった。しかしそれでも体毛を抜け、皮膚を貫き、僅かでも流血させられたなら、虎王の気を完全にこちらに向けさせることが叶うし、民を護る騎士としても一廉に立てると思った。刀身すべてをめり込ませることなんてハナからできるとは思っていない。

 ただ剣先だけ入ればよかった。しかし……、


「――う……そ……っ?」


 その思惑は儚く砕け散った――剣もろとも……。

 虎王が微小な身震いをしただけで、その風圧で軽く吹き飛ばされるシャルティ。


「――っく……ッ……ッ⁉」


 ついでシャルティから見て左から、虎王の爪と同じ、赤黒い色をした牙が迫る。

 虎王がその凶悪な顎を広げ、シャルティを横から噛み砕こうと喰らいついて来たのだ!

 ガキンッ‼ という金属の衝突音と一緒に、これまで経験したことが無いほどの衝撃がシャルティの体を打ち抜いた!


「ガッ――ヴ……ッ⁉」


 ――息が漏れる。息が吸えない。視界が暗転する。前後左右、天地が知覚できない。


 闇の中、シャルティの中にあるのは疑問のみ。

 どうして左から衝撃が来たのに、右側面も痛いのか?

 どうしてあの命を刈り取るような鋭利な牙で攻撃されたのに、金属音が鳴ったのか?

 どうして私はまだ、意識があるのか?


 そうして、いつの間にか閉じていた瞼を上げて初めて気づく。

 牙の攻撃を受けたことで飛ばされて、大樹に右側から激突したのだと。そしてカインから渡された白剣が金属音の正体だったのだと。左腰に佩いていた白剣。それが盾となって、体を剔抉されることも裂かれることも無かったのだ。


「……うっ……お母様……お父様……」


 ――本当に御守りだった、と強くシャルティは実感する。


 母エカテリーナと父カインの思いによって自分は護られたのだと。まるで奇跡のような運の良さ。

 しかしそのような奇跡は一度のみ、というのが常識。

 だから次は無い。時間も少しは稼げたはず。ゆえにこの場から離脱すべく立ち上がろうと四肢に力を籠めるが……、


「……くっ……はぁ……はぁ……! ――――――え?」


 立ち上がれない。足に力が入らない。

 先の攻撃でどこか骨でも折れたのかと思うが、どこも大きな外傷はない。そして視界に鎮座し続ける虎王を見て、考え至る。


 ――ああ、死んでいたかもしれないという事実で、腰が抜けたのだ、と。


 そして先ほどまでの大胆さはすでに、失われてしまったのだと。

 せっかく九死に一生を得たのに恐怖で腰が抜けるというポンコツを発揮するシャルティ。

 これでは竜の息吹に怯えていたのと変わらないじゃないかと、先ほどまでの勇猛果敢な気概は所詮まやかしだったのかと、自分に憤慨する。


 辛うじて腕は動く……。

 だから這いつくばってでもリップルの元へ行き、連れて逃げなければ――と必死に思索していると、なぜか追撃してこない虎王の傍に立っているアロガンが口を開くのが見えた。


「――頃合いだ。サイモン、お前ェはフォグガーデンをやれ。俺はシャルティを連れて身を隠す」

「…………………………………えっ?」


 何を言っているのだろうか? アロガンがシャルティを、サイモンがリップルを連れて逃げるのだろうか? と遠く考えていると、サイモンが倒れ伏すリップルに近づいていく。

 抜き身の剣を煌めかせながら――。


 他方アロガンも、戦闘中とは思えない下卑た目線を向けながらシャルティに近づいてくる。その間、虎王は地面に伏せて待機している。

 どういうことなだろうか。どうして虎王は攻撃してこないの? どうしてアロガンもサイモンも、そんなに余裕をもっているのか。どうしてサイモンは剣を振りかざしているのか。


 どうしてどうしてどうしてどうして!


「クククッ! やっとだなァ! シャルティ? やっと貴様を汚すことができるぜェ……!」

「――――っ⁉」


 もう、アロガンのその言葉で、その気色ばんだ顔で、すべてを理解した。


「――アロガン……! あなたが仕組んだんですね……⁉」

「〝様〟を付けろよ、平民……! しかし、その勇ましさがいつまで持つか……クハハッ」

「……前回の誘拐も、あなたが――ッ」

「さァ、知らんなァ……! 睦言はいつでもウェルカムだがな! サイモン――やれ」


 アロガンはシャルティの問いをはぐらかし、肩越しにサイモンに命令を下す――リップルを始末しろ、と。


 シャルティの胸中にはカインへの後悔がこびりついていた。

 出立の際に、カインに「嫌い」と言ってしまったからだ。

 嫌いと言い切ったわけではなく、嫌いになっちゃう、という程度の軽いもの。しかしそれでも悔いが残る。

「好き」や「愛してる」という類の言葉を言うべきだった。悔いしかない。無力しかない。目の前の景色が色を失う。


「――っ! ダメ……っ‼」


 命の恩人であるリップルがその命の灯を消されようとして、叫びながら制止の声を上げるが、サイモンの振り下ろす剣は止まらない。そして(きた)る未来に絶望する――はずだった。


 悲惨な未来を見ない為に目を伏せていたシャルティに聞こえるは、ガキィィィン‼ と甲高い音。そして予想外の音に違和感を覚え、恐る恐る瞼を上げると、


「――うぉっ! なかなか重い剣だな! サイモン! ……さん」


 そこにはサイモンの攻撃を止めた青年が。

 青年は偉そうに振舞おうと他人の名を呼び捨てにし……しかし「何、お前?」みたいな相手の視線に怯え、結局敬称を付けてしまう存在感の希薄な青年――アンバーであった。

 さらにその景色を映していたシャルティの視界が突如、人影で覆われる。

 その正体は――、


「シャ、シャルシャルはやらせないんだからぁ!」


 シャルティを残していく事に罪悪感を覚え、涙を流した親友にして妹――ローラ。

 景色が色を取り戻していく。


「――ロ……ローラ……? どうして……? 逃げてって言ったのに……足止めだけだからすぐに追いつくって――」

「――うるさぁい! いっつもそう! シャルシャルってば一人で抱え込んでさぁ、私に相談もなにもしてくれないじゃん! さっきだって嘘ついたでしょぉ‼ 足止めって嘘じゃん! 死ぬ気だったじゃん! ダメだよ! そんなことされても私嬉しくないよぉ……。シャルシャルともうお風呂入れない世界なんて生きる意味ない! シャルシャルのいない世界なんて、絶対カインパパもジュジュちゃんも、みんなみんな嫌だよ!」

「ローラ……」


 庇うようにシャルティの前に立っているから顔は窺い知れない。しかしその声色から涙を流しているのが分かる。アロガンに向けている剣が震えている。足も腰も震えている。怖くて怖くて仕方ないのに、それでもシャルティのために戦場に戻ってきてくれた。いつしかシャルティの視界も涙で滲む。


「――どけッ! バーント! 殿下の御命令なんだ! 歯向かうのなら、貴様もろとも叩き斬るぞ……ッ‼」

「ダ、ダメだっ! 女の子に剣を向けちゃダメだって親に教わらなかったのかい? だとしたら、領地もない伯爵モドキの僕ん家よりも育ちが悪いね――サイモン! ……さん」

「――ッ‼ このッ! 名ばかりの貴様が! 次男で家督も継げないような貴様がッ! 誰に向かって口を利いているんだァッ‼」


 リップルを斬りたいサイモンと、それを防ぐアンバーの言い合いが聴こえる。


「……サイモン。下がれ」

「ッ! で、ですが!」

「二度も言わせるな。些か予想外ではあるが、許容範囲だ。こいつらの始末は虎王に任せる」


 アロガンの冷徹な声が辺りに反響する。


「――ローラ! 逃げてください! あれには敵いません! そこのあなたも! フォグガーデン様を連れて早く逃げてください……‼」

「ダメっ‼ 一緒に逃げて生きるのぉ‼」


 とローラが拒否の声を上げ、


「えええええ⁉ まだ僕の名前覚えられてないのぉぉ⁉」


 アンバーが己の影の薄さに驚愕する。


「GRURUゥゥゥゥゥ……‼」


 アロガンの何かしらの術だろう。明らかに虎王はアロガンの支配下にある。その虎王が立ち上がり、獰猛な瞳を見開いて強く低く唸る。

 一瞬四肢に力を籠め、跳躍! 爪を振り下ろしながら突進してくる!

 なぜかそのような虎王の動きがゆっくりと見えているシャルティは、カインの言葉を思い出す。


『俺が傍にいなければ、この剣を抜け……ッ』

『状況がひっくり返らないほどの窮地に陥った時、初めて柄に手を伸ばせ』


 カインはいない。敵は〝王〟級。怪しげな力で魔物を操るアロガンもいる。状況は最悪。怒りも無力感もある。しかし、今、シャルティの胸の中心にあるのはローラやリップル、そして名も知らぬ同級生を救いたいという思い! シャルティは白剣の柄に震える手を伸ばし――、


「――ふんッッ‼」


 という力強い男の声と、虎王の強力な爪撃を弾き返した音と衝撃によってそれは遮られた。


「……間に合ってよかった……‼」

「――GAUッ……‼」


 シャルティたちを護る様に佇む男。その男の実力を本能で察知したのか、虎王も警戒の顔色を見せる。その後ろ姿がカインに似ていた。


「お、お父――」


 シャルティは、愛する父を叫ぼうとして――、


「――やはりカイン殿は恐ろしい。こうなることを〝予知〟していたのか……? まぁ、兎にも角にも英雄殿の家族を失わずに済みそうだ。ここは我々、帝国騎士団が受け持ちます! さぁ、早く逃げてください……‼」


 息が詰まる。その男はカインではなかった。

 その男は、帝国が誇る武力の一翼を担う猛者。


 帝国騎士団副団長――「(しっ)(けん)」ネックス・ヴォルダーン、その人であった。

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