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太陽が昇っても幅広い樹冠に遮られ満足な陽光が地表に届かず、常に薄暗い魔圏外縁。
夜も同じく月明かりがほとんど届かない為、漆黒の暗闇となる。つまり日中と日没の光量の差が少なく、人族は体内時間が狂うことになる。それは睡眠であったり、口にしたものの消化であったり様々な弊害をもたらす。
そしてそれはアロガン率いる第一中隊も、またしかり。
既に太陽は南中しているというのに薄暗い為、第一中隊の面々はまだ夜明け前のように感じていた。ゆえに干し肉などの保存食を口にすることもなく、朝の点呼が終わってからも中隊の面々は集中力に欠けていた。
そこに突如舞い降りる男子生徒の喚呼が、だらけていた生徒たちの鼓膜を揺らす。
「――まッ! 魔物だァァァ! みみみ、皆っ……逃げろォォォ……ッ!」
逼迫した表情で避難を叫ぶ、歩哨についていたサイモンの啼泣に対し、
「魔物ぉ? いいじゃん、ウチら全然戦ってないし~。体力あり余ってるっつ~の!」
「だよねー。たまには動かないと太っちゃうしぃ」
「おいおい……。サイモンくん、殿下の御付きだろ? あんなみっともなく泣いちゃって……。これは失望させちゃうんじゃね? 次の御付きは俺ってか? ははっ!」
いまだ気が引き締まらず、中にはサイモンを嘲笑する生徒までいる始末。
そして件の魔物がサイモンの後を追い駆ける様に木々を薙ぎ倒しながら、第一中隊の駐屯地に突入してくる。ついでその魔物を視界に納めた生徒たちは〝死〟を覚悟することとなる。
「……あ……え……?」
「――なん……っつー……デカさだ……!」
〝恐怖〟。その一言があたりに充満する。
――それは虎だった。
ただの紺碧の体毛を持つ巨大な虎。尾の先端が三又になっている他に、顕著な特徴が見当たらない――虎。しかし、ただ唸る姿を視認しただけで、生徒たちは一人たりとも動くことは叶わず、数人が薄い反応を見せるのみ。中には虎の獰猛な瞳を――決して目は合わせていないのに――見ただけで、失禁し腰が抜ける女生徒もいる。
「……三又の尾……? ――っ⁉ 中止ですっ! 訓練中止! あれはおそらく『虎王』です! 生徒の皆さんは直ちに退避してください! 繰り返します! 総員退避ぃぃ……っ!」
唯一、魔物に詳しかった一人の教官が訓練の即時中止を叫ぶ。
生徒同士が協力し策を講じながら豪熊程度の魔物を撃破、及び危険地域におけるサバイバル実践が本来の総合訓練の趣旨。しかし伝説級の魔物との遭遇は非常事態。
ゆえに未来ある若者を生かすべく、逃げの一手を選択する。
「――第一中隊! 虎王は俺サマが足止めをする! サイモン……! 皆を連れて魔圏から離脱しろ……っ! 早くっ……‼」
「は、はッ! お、おい! 皆、こっちだァァ……ッ!」
第一中隊長アロガンが殿を務めるべく一人残り、サイモンが生徒たちを連れて逃げる――シャルティたちがいる第二中隊の逗留地に向けて。
「ア、アロガン殿下。あなたも逃げないと……!」
「――黙れ。民を護るのは皇族の責務だ。いいから黙ってサイモンに付いて行け」
教官が反対する旨を叫んでいるが、一喝しサイモンの指揮下に入るよう指示する。
そして生徒が撤退し、虎王とアロガンが対峙する。
両者の間には一見、生死を賭けた戦いが始まろうかという緊張感が漂っている。
しばしの沈黙が辺りを包み込む。そして……、
「…………。――ククッ! クハハハッ! まさかこうも簡単にいくとはなァ! 俺の魔法は通用している……! あとは折を見てシャルティたちにぶつけるのみ……ッ」
アロガンの高笑いが谺する。
すべては計画通り。
すべては……シャルティをこの手で凌辱するために。
アロガンの歪んだ悪意は形を得て、シャルティを襲う。
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