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魔圏外縁にてシャルティやリップル、ローラやアンバーたち第二中隊が豪熊と戦闘している頃、アロガン率いる第一中隊は川のほとりで寛いでいた。
「なんか全然魔物と出会わないねー」
「そだねー。魔圏っていってもそんな大袈裟な場所じゃないんじゃない?」
「マジそれー! めっちゃ教官にビビらせられてたけどー、チョー余裕じゃん、ウチらー」
これまで一度も魔物と戦闘どころか遭遇していないということもあって、完全に気が緩んでいる第一中隊の面々。敵がいない以上、教官が過度に干渉してこないからか、各自だらだらと時間を無為に過ごしていた。
そんな生徒を視界の端で捕らえながら、アロガンは傍に控えさせていたサイモンに告げる。
「――予想通り気が緩んでるなァ。サイモン。明日……動くぞォ」
「はっ! 既に第二中隊の駐屯場所も確認しております。万事順調かと」
「ふんッ。この俺サマ自ら動いているんだァ、当たり前だろ。俺サマは魔物を嗾けてシャルティを攫う。お前ェは調子に乗ってるフォグガーデン家の娘を確実に仕留めろ。あとは魔物が纏めて綺麗に掃除してくれるだろォ」
「承知いたしました! ……教官連中は如何しましょう? 少数とはいえ手練れ。万が一魔物が仕留められる可能性も――」
サイモンがアロガンの作戦に対し些かの不安を抱えていると、
「――あり得ねェ」
一蹴するアロガンの一言。そして、
「お前ェ、俺サマが命懸けで従えさせた魔物を舐めてんだろ?」
「い、いえ! とんでもございません……! し、しかし、どのような魔物を従えたのか私には伝えられておりませんので……」
サイモンは怖れ、アロガンは言葉の端々に絶対の自信を滲ませる。
「……まァ、明日には分かるが教えてやる。俺サマが従えたのは――世界に二十体のみ確認される〝王〟の名を冠する魔物。その一体だァ……!」
「――っな……⁉」
あまりにもスケールの大きな話で、思わず息を飲むサイモン。
「ふんッ。驚いたろォ? いるかどうか分からない『龍』を除けば世界に三体しか存在しない〝天〟の名を持つ規格外。それに準ずる〝王〟級の魔物。たった一体で国を滅ぼすことができる上位種。俺サマはその一体、『虎王』トライデントタイガーを用意した。こいつにはあの〝英雄〟サマですら太刀打ちできやしまいッ。ましてや教官なんぞ腕の一振りで粉微塵よォ……!」
「……殿下の周到さにもはや言葉もありません……! しかし本当に、訓練中に襲っても大丈夫なのでしょうか? 死傷者だって前例がないほど出ると思われますが……」
大樹の幹に背凭れながら、アロガンは瞳を閉じてサイモンに答える。
「帝国が創建されて三百年の歴史があるが、帝校はせいぜいが百年ほど。例を見ない大惨事が〝明日〟起こっても、それはただ帝校の生徒に不運が襲っただけさァ」
目的のためには手段を択ばない冷徹な主に改めて敬服するとともに、さらなる疑問も生まれる。
「流石でございます! し、しかしどうやって、そのような魔物を?」
サイモンは頭を垂れながら問う。アロガンは瞼を上げることなく口を開く。
「――皇族だからといって、綺麗事だけじゃァ国を治められねェってことさ」
暗にこれ以上踏み込むなと警告するアロガンに、もはや二の句を継げなかった。
シャルティに異常な執着を見せるアロガンの謀略が、シャルティに迫っていた。
一方、シャルティやアロガンがいる外縁とは異なり、〝王〟級ですら歯が立たない魔物の上位種――〝天〟の一文字をその名に含む魔圏の王者の住処である中央大魔圏中枢。
そのさらに深淵。〝門〟の周囲で微睡んでいた一匹の「龍」が、胎動する。
「……ああん? 今の〝魔力〟……あやつのかぁ……? けどたしかあやつは人間だったはず。儂に傷を付けたのが何百年か前だし、子孫かのぅ」
黒く、闇よりも昏い鱗に覆われた巨躯。
魔圏の……いや、この世界における最強の一角――龍。
竜種との違いは、高い知能指数と強力な固有魔法の有無。
それ以外は分からない。誰も知らない……。
世界に二匹しかいないうちの一体。
その龍が自身の顔に大きく映える傷を与えた、滅紫色の瞳を持つ人間を思い出す。
「――しっかし、龍が気持ちよぉく寝ておったのに起こすとは……。最近の人間は躾がなっておらん……! 寝すぎて体も鈍っておるじゃろうし、ちょっくら今どきの人族に『まなぁ』でも叩き込んでやるとするかのぅ……ッ」
浄界から分け隔たれた異界。
それが誕生する前から生き続けている伝説の黑龍――『ヴォルフガング=ヴァンダーヴィッテ』――は、かつて戦乱の広がる大陸を鎮めるために吐いた息吹によって、大陸南部を大地ごと消し飛ばしてしまったことがある、うっかり龍。
そんな不条理と無秩序の権化がいま、カインに向かうべく約三百年ぶりに腰を上げる。
シャルティのみならずカインにも、危険は差し迫っていた。
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