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「――っ! ローラ!」
「分かってるよぉ! 流石にシャルシャルと乳繰り合ってる場合じゃないね!」
ここはお互い幼馴染。
阿吽の呼吸で速やかに戦闘態勢を執り、応援に駆け付ける。
すぐさま第二小隊の下に向かうと既にケガをしたのか、地に伏している生徒が数名見受けられる。数は二体。その正体は――、
「――豪熊……っ⁉ にしては体が大きいような……」
黒い毛に包まれた二足歩行する熊。
暴力的な威力を誇る体躯から、豪快な熊で豪熊と名付けられているソレ。冒険者の指標ではⅮ級だが、ここは魔圏ゆえその実測はA級に相当する。実際に帝校の生徒であれば四人一組で討伐が可能なソレ。しかし現状、一個小隊四十名で中っても数名脱落している。
シャルティの知っている豪熊よりも二回りは大きい魔物を前に戸惑いが生まれる。
「第一小隊は左の豪熊を! 第二小隊は一時撤退して態勢を整えてくださいまし! 第三小隊! 代わりに右を抑えてください!」
速やかなリップルの指揮によって、なんとか一方的な蹂躙は避けることができた。
そして即座に抜剣。
第二小隊と入れ替わる形で豪熊に切りかかるシャルティたちであったが――、
「――くっ! この魔物……強い……っ⁉」
早さが無い分、一撃が重い。正面から攻撃を受けると剣があっさりと折れてしまうほどに。
「シャルシャルッ! この熊、体毛が硬すぎて刺さらないよぉ……!」
同じ小隊のローラも、熊の背後――シャルティが正面から戦っている――から攻撃を繰り出すが……それらの一切を固い体毛と皮膚によって阻まれる。
「私でも……薄皮一枚を裂くのが限界です……っ! なにか⁉ この熊の弱点を知っている人はいませんかっ?」
真っ当な戦闘方法では勝ち目がないと即座に判断し、隊員に突破口になりうる情報を持っていないか訊くシャルティ。
「……あの! シャルティ! ……さん! 豪熊は耳と鼻は異常なほど発達してるけど、目は弱いはず! だから素早く逃げるか、なにか大きな音か匂いの強いものでもあれば……」
「ありがとうございます! ……えと――」
シャルティが豪熊の上からの薙ぎ払いに対し、剣で逸らすように対応しながら礼を述べようとして相手の名前に詰まる。
「アンバーッ! バーント家の次男……ッ‼ 流石に名前くらいは憶えて――」
「――わ、わたし閃光弾持ってます‼」
「お願いします! ――フォグガーデン様! 第一小隊、閃光弾使います!」
アンバーが名を告げているさ中、小隊の他の隊員が閃光弾を保有しているということで中隊長に報告するシャルティ。
「承知しましたわ! 第三小隊! 第一小隊が閃光弾を使用します! 光に備えてくださいまし!」
リップルの迅速な指示が下達され、隊員の一人が閃光弾を投げ――炸裂。
豪熊が両目を抑えながら藻掻き苦しむ。その隙に、
「皆さん! 豪熊の口の中や耳など、物理的に弱いと思われるところに剣を突き刺してください!」
畳みかけるよう指示を出すシャルティ。そしてやはり口の中は皮膚のような硬度はなく、容易く切り裂くことができる。そして一トしきり隊員が豪熊に攻撃を加え、イタチの最後っ屁と言わんばかりの咆哮と狂暴性を振りまいた瞬間を狙って、
「――シッ……‼」
シャルティの高速の刺突が豪熊の上顎に刺さり、そのまま脳天を貫通する!
流石の魔物も頭蓋を貫く攻撃を受けて、息を引き取る。
剣を引き抜きながら豪熊から距離を取ると同時に、敵は地に倒れていく――勝利であった。
「……はあっ……はぁっ……はー……っ! 勝てた……!」
腰が抜けた他の生徒のように地べたに座るようなことはしないシャルティであったが、月下の戦闘――それも強敵との戦いということで神経を擦り減らしていた。それでも直ちに第三小隊の支援に向かおうとして、
「――第三小隊! 豪熊、撃破……ッ!」
「……よかった……! 向こうも倒せたみたいですね」
戦闘終了の報告を耳にし、安堵する。
「皆様! 警戒は怠らずに被害状況の確認! その後、各小隊より伝令を一名、わたくしに派遣してください! お疲れ様でしたわ‼」
リップルが状況把握に努める。
――遠巻きにその姿を見ながら、本当に彼女はよくやっているとシャルティは感心する。
もし自分であればあそこまで正確な判断はできないし、同級生がやられるさ中で冷静さを保ってはいられない。ましてやリップルとシャルティは同い年。それなのに、あれほど胆力を持って人を動かすことなど自分には決してできないと――私は〝王の器〟ではないのだと、身に染みて感じる。
リップルは貴族。人の上に立つための教育を施され、その精神性も高尚のもの。
母と死別し、国から逃れ、十年前にこの時代に来て、カインが南部戦役に出撃した八年前までの二年間はカインのことすらも憎み恨んでいた。そして今や思慕の念を抱いている。そんな幼稚で不純な心持ちでは、とうてい人を指揮することなど……できやしない。
魔圏での初日は、強敵撃破という成果と己の無力感に苛まれて終わった。
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