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「シャルシャルぅ、すっごく強くなったよねぇ! 昼間とかカッコよかったよぉ!」
各自警戒をしながら――ということで、小隊ごとに順番で食事をとることになった第二中隊。今はシャルティが所属する第一小隊が食事をとる番。火を焚くわけにもいかないので、月明かりの下、干し肉を齧っているとローラが興奮した様子で話しかけてくる。
「えへへ、ありがとうございます。思ったより戦えたので自分でもびっくりです!」
「ホント、惚れ惚れしたよぉ! 教官もさぁ、魔圏は危険だ~! て驚かしてくるからどんなところかとおっかなびっくりしていたけれど、シャルシャルがいればダイジョーブだね!」
「……そういってもらえて嬉しいですけれど油断は禁物ですからね、ローラ! 昼に言ったようにここの魔物は厄介です。毎年四回生がこの訓練に参加して、ケガ人が続出する伝統的な訓練ですから。それに……いつも私が護ってあげられるわけじゃないんですよ……?」
「……分かってるよぉ。酷いときには死者も出るんでしょ? この訓練。お父さんとお母さんには仲間を見捨ててでも生きて帰って来いって言われてるし、油断はしない! だけど――」
「だけど……?」
俯きながらローラは、この訓練に対すると思いと家族との約束を告げる。
そして続く言葉をシャルティが催促し、
「――剣を振るう凛々しいシャルシャルに抱き着かずにはいられないの! ちょっとだけ! 先っちょだけだからぁ……っ!」
目を血走らせながら抱き着いてくるローラ。
日が落ちたことによる不安感と、程よく食欲が満たされたことによって気が緩んだローラは親友の肌の温もりを求める。
「……ちょっ、ローラぁ⁉ そういうことはダメです! せめて帰ってからにしてください!」
「――え? 帰ったらしていいの? 先っちょまでいいのぉ? シャルシャル大好きぃ!」
「ま、まぁここでするよりましですけれど……。先ってなんの先ですか……?」
「……そういえばさぁ、今回シャルシャルってば剣――二本なんだねぇ!」
あからさまに話題を変えたローラは、シャルティの傍らに寝かされている剣を見ながら問う。
「……先って……? ――ああ! これですか? これはお父様から預かったものです。お父様が大事になさっている業物で、御守り代わりに渡されたんです。いざという時には抜きなさい――って……」
シャルティはその〝白い剣〟を撫でながら、カインとの会話を思い出す。
『シャールちゅわぁん! お話が――って、いかんいかん! もっと厳格にしなければ……!』
『――お父様? どうなさいました? ついに親馬鹿が頭にまで回ってしまいましたか?』
『そ、そんな病気みたいに言うなよぉ……。ただ俺は娘を一途に愛しているだけなのになぁ』
『一途――というわりには随分とオモテになられるようですね? で、お話とは?』
『おお、そうだった! シャルちゃ――もといシャルティ。ちょっとそこに座りなさい』
『もう座っておりますが……?』
いつにもまして、そわそわしているカイン。
『うん。そうだね。言ってみたかっただけ。――さて、シャルティ。今度の訓練は魔圏に行くらしいな』
『……そのお話は何度もいたしましたけれど、お父様は付いてきちゃダメですからね!』
『――そうじゃねぇよ。お前の話だ。……この一月弱で、シャルティの剣の腕は最低限のレベルまで持ってこれた。だが、最低限じゃあ魔圏では生き抜けねぇ。今回は学校の訓練てことで無茶はさせねえだろうし、いざとなればセンコーも戦うだろうけどな――何が起きるか分からねぇのが〝人生〟だ』
カインは遥か東方にあるとされる異国から来た者。
魔圏で過ごした経験や比類なき力を有していることから、言葉では語り尽くせない苦労もあったのだろうとシャルティは思う。
だから珍しく真剣な顔で語るカインに――飲まれた。
『……はい……っ』
『シャルティはまだ十六歳。弱くて当たり前だ。だけどな、弱いのは罪だ。いつかはシャルティも頂まで来なきゃならねぇ。しかし敵も待ってはくれない。シャルティが強くなるまでは俺が護ってやるが、基本俺が護るのはシャルティとサージュだけ。友達まで責任はとらん。だからシャルティ、もしこの訓練でリップルの嬢ちゃんやローラちゃんに危険が迫ったなら、助けるのは、動くのは――シャルティだ』
『――――っ! 私が……』
カインが伝授してくれたのは護身の範囲。それも一対多を想定したもの。後ろの被護者を庇いながら戦う術は持ちえない。
『本当なら他人なんて見捨てて逃げて生きてくれ――と言いたいし思ってもいるが……。お前はエカテリーナの血を引いてる。あの気高くも民を愛した女王のな……。だから決して己の身可愛さに友を切り捨てる、なんてことはしない優しい娘だ。しかしそうなると、物事の天秤は〝力〟ある方に傾くのが条理』
『…………』
シャルティの瞳を射貫くカインの眼差しに、畏怖しながらもどこか昂揚を覚える。
『そうなった時、もし万が一――いや億が一、俺が傍にいなければこの剣を抜け……ッ』
そう言ってカインは、徐に自らの愛剣である白い直剣を差し出してくる。
『しかし……それは抜くことができないのでは……?』
『俺はな。でもシャルティには抜く権利がある。まぁコイツが認めるかどうかは分からんが』
カインはどこか寂しそうな瞳で、白い剣――白金の鞘を親指で撫でる。
まるで遠い昔を思い出すような……後悔に似た感情を滲ませながら……。
『――しかし。しかしだ、無闇矢鱈とこの剣を抜くことは許さん。あくまでも御守りとして腰に差しておけ。戦闘はいつも使う剣。それでもし状況がひっくり返らないほどの窮地に陥った時、初めて柄に手を伸ばせ。そして怒りではなく〝愛〟の心で握れ。そうすれば――この剣は答えてくれるだろうさ……』
……なにか剣自体から圧迫感を感じる。
カインの説明によって気圧されたのだろうか? いや……違う。シャルティを試すような気配が剣から発せられている。
カインが差し出す剣に――手を伸ばせない。
『お……お父様……。これは大事なものなのですよね? お母さまから贈られたものと聞いています。それを……未熟な私に渡されても……』
この剣は、見た通りの剣だと思う。
清純な心を持っていないと拒絶されそうな気がする。カインに不純な想いを抱いている自分では、その資格がないのでは――とネガティブな思考に支配される。
『……いいや、違う。これは俺がエカテリーナから預かったんだ。代々王家の人間が継承してきた至宝――矛たる剣と盾たる首飾り。エカテリーナはいつか生まれてくる子供のために、最強の俺に預けた。俺が持っていれば世界一安全だって言ってな……。だからシャルティ、これはもともとお前のものなんだ』
『……………分かりました。そういうことでしたらお預かりします。だけど……魔圏から帰ってきたらまたお父様にお返しします。やっぱりこの剣は、お父様が持つ方がしっくりきます!』
――いつもカインの傍にあった剣。
三百年の時を経て、シャルティがスコッティに預けられている間も南部戦役を共に戦った、カインの相棒。いくらシャルティが継承すべきものであっても、もはやこの剣はカインとともある。
だから御守りとして預かるだけ――そう思い今に至る……。
「……ほんっと、シャルシャルってば愛されてるねぇ。てか、カインパパもかなり親馬鹿だけど、シャルシャルも結構ファザコンだよね?」
シャルティがカインと旅立つ前のやり取りを回想していると、ローラが爆弾発言をかましてくる。
「ファ……ファザコン……っ⁉ わた、私がですか? ななな! 何を言っているんでしゅかローラ⁉」
優し気な、それこそ母性のようなものが溢れていた顔から一変、顔を真っ赤に――羞恥で染め上げて柳眉を逆立てるシャルティ。
……照れているだけだが。
「むふふふ~! シャルシャルってば可愛いぃぃ! なんなら襲っちゃいなよぉ! 上目遣いで懇願したら一発ケーオーだってぇ! 血繋がってないしさぁ、貴族なら親戚で結婚とかもあるしぃ、やっちゃえやっちゃえ!」
「だだだ、ダメです! 不謹慎ですっ! 破廉恥です……っ! ……それに、お父様は経験豊富な女性が好みですし……私みたいな子どもなんか……」
真面目なシャルティはローラの焚きつけに対し真剣に考えてしまい、自分がカインの理想とかけ離れていることに落ち込む。
「――っ! ああぁぁ~もうっ! シャルシャルってば可愛すぎ! なに? 誘ってるのぉ? もうここで押し倒しちゃう? いいの? 私もう止まれないよぉ⁉」
いじらしい顔で悶え落ち込むシャルティに頬擦りする。
「――やん! ダメだってローラぁ……。今は――っん……訓練中だからぁ……」
そしてちゃっかり胸をまさぐるローラ。
彼女は特に同性愛者という事ではないが、何かにつけてシャルティに抱き着き体をまさぐってくる。そして最近の彼女の趣味は――シャルティの成長具合の観察。
そんな彼女の性癖にシャルティが戸惑い……少しだけ快楽を覚えていると――、
「――敵襲‼ 敵襲‼ 東から魔物が二体! 現在第三小隊が応戦中! 至急応援を求む! 繰り返す――」
魔物による夜襲を告げる声が、野営地に鳴り響く。
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