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「――ふっ! はぁ……ッ!」
シャルティが小型の魔物を次々に切り裂いていく。
「第二小隊の皆様! 第一小隊の支援へ! 第三小隊の皆様方は、戦闘後に備えて医薬品の準備をお願いいたしますわ……ッ!」
シャルティ擁する第一小隊を含めた三個小隊を率いるは、帝校四回生第二中隊長リップル。
――帝都を出発し、はや十日。
シャルティたち帝校の学生たちは魔圏の最も外側に位置する領域――外縁に到着していた。
「――悪くない判断だ、フォグガーデン。しかし第三小隊に周囲の警戒も指示すればもっと良かったな。薬の準備など然程時間を要さない――戦闘後でも間に合うぐらいだ。一個小隊を遊ばせるより警戒させた方が効率的だとは思わないか?」
「……次から気を付けます。しかしここは外縁。それほど警戒する必要がありまして?」
リップルの指揮に対して評価を加える教官。
その指導を受けリップルが疑問を口にする。
「ある。何度も講義したが、魔圏の魔物の強さは異常だ。ここにくるまで遭遇した魔物と同じ種類でも、その兇暴性、危険性は桁違い。冒険者ギルドの指標に従うならば、三段階は変わると思っておけ。だから四周の警戒など当たり前。夜も交代制で警戒し続けるよう皆に伝えろ」
「……承知いたしましたわ」
教官から述べられたのは、魔圏の危険度について。
しかし、さきほどシャルティが容易く魔物を倒している姿を見ているからか、教官が言うほど脅威を感じていないリップル。
直ちに情報を共有するために中隊――百二十人を集めるリップル。
「皆様、戦闘お疲れさまでしたわ。ケガ人がおられないという事で、わたくし胸を撫でおろしておりますの。さて、ここ――魔圏の魔物はそれ以外とは危険性が大きく異なるということですが、平民のシャルティさん。あなたバッサバッサと大立ち回りをなされていましたけど、ここの魔物は強敵でしたか?」
「……ええと、強敵かどうかと問われたら、強敵ではないと言えるかと……」
リップルに質問されたシャルティは唐突であったために一瞬驚きながらも、簡潔に答える。
「ということですので? 平民のシャルティさんが倒せるのですから――」
「――だけど、ここまでに倒した魔物とは明らかに違いが見受けられます……!」
「……はい?」
強敵ではない。
リップルはそう結論付けて、各々警戒は怠らないように――と注意を促そうとしたところ、シャルティが言葉を続ける。
「まずその皮膚は固く、それでいて柔軟性というか、弾力みたいなのもあるので切り裂くのが難しいです。次に、小柄だからと言って決して弱いということは無いです。小柄故、スピードを生かした動き、可愛らしい外見から繰り出される驚異的な威力の攻撃。魔圏で生きて行くためですかね? 一見弱そうに見えてもその実強かったり、反撃してこないけど、その分岩のように硬かったり……。正直……これまで戦ってきたものとはまったく別者です……」
「……それは……あなたが〝弱い〟という可能性は、ないのですよね?」
「違います。この訓練に備えて、私は父――英雄カインから手解きを受けました。以前の私ならともかく、今の私の実力でも……容易く倒せるものではありません……。期間も一週間と長いですし、力も温存しないといけませんし……」
「それほど――ですの?」
シャルティの贔屓目なしの分析を、吟味するリップル。
「はい……! これまでの常識を忘れなければいけないほどの敵の『性質』です。皆で協力すれば倒すことは然程困難ではありませんが……警戒しすぎても困ることは無いかと」
これまでのどこかポンコツを感じさせる、裡に隠した怯えの表情ではない。
適度な自信と確実な実力に裏付けされた、強い意志を帯びた蒼い双眸。
シャルティはこの一月で、〝騎士〟の名にたがわない女性へと変貌を遂げていた。
「……ふー。分かりましたわ。平民とはいえ、あの端正な顔立ちにして鬼神の如き強さを誇る〝英雄カイン様〟からご教授を受けたあなたが仰るのなら! そういたしまましょうか……」
「……ひょっとしてフォグガーデン様って、お父様のファンなんですか……?」
妙に熱の入ったリップルのカインに対する言葉。シャルティは徐に聞いてみるが、
「……オホン。わたくし、野蛮な殿方よりも知的な方がタイプですので。要らぬ噂を立てないようにお願いいたしますわ」
顔を赤くしながら否定する。しかしシャルティは確信する。
ああこいつは所謂〝ちょろい〟女だな――と。
この国で生きていてカインのことを知らないものなどいない。ましてや帝都に住まう貴族ならなおさらだ。
幼いころよりカインの伝説を耳にして、一月前にはその力の一端を目にした。そして捜索の礼という名目で、カインはシャルティやサージュとともにフォグガーデン家に赴かれ言葉を交わした。
そこでは、カインはただ野蛮なだけではなく、義理堅く情に厚い人柄だと知ったはず。美化された〝英雄像〟に見劣りしない人物であったならば、ファンにならないはずがない、とシャルティは結論付ける……。
そのような会議を経て、リップル率いる第二中隊は常時警戒態勢を敷くこととなり、一日目の夜を迎える。
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