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「なぁ……ほんとに付いて行っちゃダメなのか……?」
カインは泣きそうな顔をしながら、家の前でシャルティを見送ろうとしていた。
「……お父様。ここは私の我儘を聞いてください……! 剣を教わったのは僅か一月ですが、生き延びるだけの力は得たのですよね? でしたらここは一つ、娘の旅立ちを祝福してください! といっても一か月だけですけどね……」とシャルティはチラッと舌を出す。
一か月。
カインは地獄のような――親馬鹿のカインから見ただけで、実際は優しいもの――修行をシャルティに与えた。
心構えから真剣の取り扱い、はたまたサバイバルの術まで叩き込んだのだ。
「うううぅぅ……! 嫌だなぁぁ……! 魔圏だぞ? 強いぞ? 危ないんだぞ……ッ?」
「――大丈夫です! いざとなれば私は逃げます! 逃げて逃げて逃げ延びて! 泥水を啜って草の根を齧ってでも生き延びます!」
と胸の前で拳を握るシャルティ。
心身共に見違えるほど立派になったシャルティに対し、
「ダメだッ! 泥水なんて飲んだらお腹を壊すぞ! 根っこなんて食べたら変な病気になるかもしれん! せめてパンとか葡萄酒にしなさい……! なんなら俺が食料係として――」
過保護になりすぎ、もはやどっちが親か分からないほど狼狽するカイン。
「――お父様……それでは意味がありませんよ……。私を信じてください! それでもし、私ではどうしようもできない事態に陥ったのなら、お父様の出番です。名前をお呼びしますから、駆け付けてくださいね……!」
片目を閉じ、小首を傾げ微笑みながらカインに告げるシャルティ。
「シャルちゃぁぁん……。ん? 名前を呼ぶなら聞こえる範囲にいた方がいいよな?」
「まったくもうっ! お父様はサージュの面倒を見てあげてくださいってば! 次はサージュになにか起きる予感がするんです……!」
「なん……ですと……っ⁉ そうなのか、サージュ⁉」
思いがけないシャルティの台詞を受け、本を読みながら隣に佇んでいたサージュに問う。
「……未来とは、不確定にして不明瞭。仮に予想しようとしても、あらゆる事象の変数を読み解くことなんて、人の頭脳では過ぎたる事。偶然が必然なのか、必然は偶然だったのか――それすらも分からない」
「……………………………………んん???」
難解な返答が返ってきて顔を歪めて首を折る。
「ねぇねのいう事は、正しいかもしれないし間違っているかもしれないってこと」
「あー、つまりあれだろ? 俺がサージュちゃんと一緒にシャルちゃんの後を付ければ、万々歳ってわけだ!」
自分なりの解釈をしたカインは腕を組み、「名案だな!」と言わんばかりのドヤ顔をかます。
「でーすーかーらー! それでは意味がないのです! お父様に教わった力で困難を切り開かなければ、私は成長できないんですっ! それにサージュの件も大事ではないけれど、なにか起きます! 〝絶対〟に……‼ これ以上繰り返すなら、お父様の事嫌いになりますよっ」
「ガーンッ⁉ ききき、嫌い……? な、なんだその言葉は? 心がくりぬかれた……」と地に倒れ伏すカイン。
だが、はっきりと断言をするシャルティに、エカテリーナの面影がダブって見えた。
彼女もそうだった。まるで未来が見えているかのような直観の良さ……。
「サージュ、お父様をよろしくね? あまりお酒を飲み過ぎないように管理してあげて」
「ん! 任された! ねぇねも気を付けて……」
シャルティは妹に家のこと――特に酒と女にだらしないカインの事を託す。
「シャ……シャルちゃん……。パパのこと……」
「それじゃあ、行ってきます‼」
シャルティはぴくぴくと痙攣しているカインを置いて、意気揚々と出立していった。
いつものどこか恐れながらの表情ではなく、スッキリ晴れやかな笑顔で。
「シャルちゃーん……!」
滂沱の如く顔を濡らすカインをよそに、
「いざ学問の街――『ソクラン』!」
いつにもましてテンションが高いサージュが叫ぶ。
シャルティは帝校の総合訓練の為、東の中央大魔圏へ。
カインとサージュは学会参加の為、南のソクランへ。
――物語の舞台は、帝都から離れる。
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