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「今日、カインが来たぞ……!」
――帝夜城の一室。
私室のソファーに深く腰かけたアロガンは、苛立ちを隠さずに眼前で跪いている臣下に言葉を投げる。
「殿下のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません……!」
「まったくだ! 本来ならあのまま帝都外に! そして折を見て俺が向かう手筈だったのに! どうしてカインは察知できた……⁉ ヘミングの領主も、問屋の男爵も、酒場の店主も子爵も、騎士団の雑魚も! 全てを〝消す〟羽目になった! 何年もかけたんだぞ! 俺サマ自ら魔圏まで赴いて魔物を誘導したのに! なにが悪かった! 言ってみろ〝コチョウ〟……‼」
アロガンの眼前にいるのは、面会謝絶になっているはずのコチョウだった。
カインに告げたような男性恐怖症のような素振りは一切見受けられない。
「……英雄カインが任務を放り投げるほどの娘に対する異常な執着心、および危険を察知しうる何らかの能力を有していたことを、事前に調べきることができなかった私の責任です」
「そうだ! お前が悪い! 結局、得をしたのはお前だけだ!」
アロガンは口角泡を飛ばす勢いで、コチョウを叱責する。
「……不躾ながら……どういう意味でしょうか……?」
「言葉通りだ! シャルティは絶望を、カインは窮地を、俺サマは尻拭いを。だけどお前は男に輪姦されてよがってただけだろぉが‼」
「…………ッ」
何たる言いぐさだろうか。この身を捧げたのに……とコチョウは思う。
手配した男たちにはシャルティを害さないよう言い渡していた。しかしそれでは納得しないのが彼ら無法者。だから報酬の一部として、コチョウを自由にする権利を認めたのだ。
つまり暴行を受けることはあらかじめ分かっており、それを了承した上で計画を実行した。
辺境伯の娘としては最低限のプライドもある。しかしアロガンのためにそれらを封じ込め泥を被ったのに、一方的に非難されている。
たしかにコチョウは生娘ではなく、こういった策謀に長けた女性だ。男に汚されるのは慣れている。しかしそれでも……一言くらい労いの言葉を求めてしまうのは贅沢だろうか……。
「……まぁいい。幸いカインの矛先はあの第一皇女に向いている。俺サマを俎上に載せないための布石が功を成した。今度は俺サマ自ら動くぞ。もう我慢ならん……! 早くこの手でシャルティを俺サマの色に染めなければ発狂しそうだ……ッ! コチョウ、来月の総合訓練でケリをつける。シャルティさえ手に入れば帝校の生徒など全滅してもいい……ッ」
アロガンの瞳は狂気によって彩られている。
シャルティのために帝校を壊滅させてもいいと、むしろ目撃者抹殺の手間を考えたのなら初めから皆殺しにすればいいのだと、本当に考えているようで……。
「……殿下の御心のままに」
臣下であるコチョウはただ頭を垂れるのみ。
カイン一家に迫る危機は、未だ終息していなかった。
「――そう。アロガンったら失敗したのね。欲望の割にはスケールの小さい男。アソコも小さいのかしら? ふふ、今のは少しお下品だったわね……?」
「……所詮殿下は第四皇子。継承順位も低く、皇帝の器ではないかと」
「あら。継承順位なら、あたくしの方が低いわよ? あたくしも皇帝の器ではないと?」
「――っ! いえ! 決してそう言う事ではなく……! 皇帝――否、女皇となられるはアディ姫を置いておりませぬ……っ!」
「そうよねえ。あたくしこそが帝国を統べる存在。そのために邪魔なあの子を使って遊んだつもりが、遊びにすらもならないなんてねぇ。やはりお父様のいう通り英雄カインが障害かしら――あたくしの女帝への道の」
「はいっ! まったくもって姫様の仰る通りでございます! 下半身でしかものを考えていないアロガン殿下よりも、姫様こそが――」
「あら。あたくしも下半身で考えているわよ? あたくしの蠱惑の蜜壺で」
「っもももも、申し訳ありませんっ! 何とお詫びをしてよいか――」
可惜夜、世界が眠りについている中で密会している二人。
一人はアロガンの臣下……として振舞っているコチョウ。
もう一人はコチョウの真なる主にして、帝国第一皇女――アディ。
床まで伸びる白髪を有し、厚い唇と大きく垂れた瞳はあらゆる男を篭絡する。
――いや、篭絡されるのは男だけではない。
コチョウを始めとした女ですらも、アディが醸し出す「淫蕩」の気に当てられ〝快楽〟の名のもとに心身ともに屈服してしまう。
国中の容姿端麗・眉目秀麗の男女を集め、肉欲の饗宴に溺れていることから市井の間では「色情姫」のあだ名で嘲笑される人物。しかしその実態は、権謀術数に優れ、己の肉体を駆使した手練手管によって篭絡した者たちを介した、幅広いネットワークを持つ傾国の姫。
「あはっ♪ コチョウを苛めるのもこれくらいにしておきましょうか。じきに夜が明けるわ。こっちに来なさい。男に汚された体を、あたくしが美しく上塗りしてあげる♡」
そう言ってコチョウを手招くアディは、一糸纏わず玉の肌を晒している。
「――ああ、姫様ぁぁ……」
アロガンが仕込んだ伏線は、あながち間違いでもなかった。
帝国の転覆、およびそれに伴う帝権の簒奪を目論むアディもまた、カインの敵になりうる存在だった。
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