8
「……よく来てくれたなァ、〝英雄カイン〟」
「――挨拶なんざ不要だ。で? なにが分かった?」
魔物の帝都襲来及びシャルティ拉致事件から二週間。カインは今、第四皇子アロガンの招聘によって「帝夜城」の応接広間でアロガンと謁見していた。
――事件のあらましを訊くために。
「……まず、俺サマの臣下であるコチョウに酒屋に行くよう指示を出した騎士は、帝都外の西において遺体で発見された。そしてその騎士は、コチョウたちが赴いた酒屋の持ち主でもあった。二年前に男爵である父から贈与を受けていたそうだァ。そして店自体は、一年前から怪しげな老人によって営まれていた」
アロガンは優雅に脚を組んで、ティーカップを手に取る。
「そしてその老人は薬で眠らせたコチョウたちを黒い幌の馬車に乗せて、西区にある酒場に向かった。そこで酒を卸し、『破れているから』という理由で幌を茶色いものに換装。その後スラム地区に立ち寄り、身柄を仲間に引き渡して西門を出た。おそらくそこで騎士を殺したのだろう。老人の行方は依然不明……」
一気に話したからか、アロガンは手に持ったティーカップに口を付ける。
「……なら、その老人が黒幕なのか? 一年前から準備していたと? そして魔物の襲来に合わせて計画を実行したと。あらかじめ騎士団員を抱え込んでおいて……。少し無理があるように思えるが……?」
カインが不機嫌そうな顔を隠さずに、アロガンを詰める。
「まぁそう思うわなァ。俺サマもそう思って詳しく調べさせた。するとだ。老人が酒を卸していた店は一軒のみ。幌を変えた店だ。その店の経営は『第一皇女派』に属する子爵だった。怪しいよなァ? 俺サマもそうだ。だからその店主を問い詰めようとした。ところが――」
アロガンがティーカップを机に置き、鋭い瞳をカインに向ける。
「――死体でみつかった。自殺に見えるが状況から云って殺されたんだろう。訝しんだ俺サマはすぐさま子爵を呼びつけた。するとどうなったと思う?」
「――もったいぶるな。早く言え……!」
自分の臣下が凌辱されたのに、どこか他人事のように話すアロガンに違和感を覚える。
「ふんッ。随分と英雄サマは余裕が無いようだな。――まあいい。それで子爵を呼びつけたんだが……俺サマの目の前で自刃したよ。一切の迷いなく、な」
言い終えたのか、アロガンは黙る。
「……じゃあ何か? 結局黒幕はお前の言う『第一皇女派』、若しくは名を冠す第一皇女『アディ』だってのか? 仮にそうだとしたら、なんでシャルティが狙われた……? 皇族の各方面に対する決定も異常だ。その第一皇女が下達したなら分かるはずだろ? お前らはそんなにも無能なのか……?」
カインが膝を乗り出し詰問する。もし第一皇女が絵を描いた張本人なら、きっちりケジメはつけさせてもらう。シャルティの涙は、それほど重いものなのだから。
「あまり図に乗るなよ……〝英雄〟……! お前の娘は無事だったから良かったものの、コチョウは傷物にされたんだぞ⁉ あいつは俺サマの臣下。それも辺境伯の令嬢だァ! これは明確に、俺に対する策謀に他ならない。皇族の決定なんぞ誰も関わっていなかった……! つまり宰相以下、帝宮の人間が絡んでいるということ。まぁ皇族の誰かによる極秘裏による可能性も排除しきれないが……。皇帝が健在である以上、まだ帝位争いは起きないはずなんだがな。獅子身中の虫、か……」
自分の家臣が標的にされたということで、抑えていた怒りを露にするアロガン。
「いずれにせよ話はここまでだ。お前の娘はただ巻き込まれただけ。狙いはコチョウと、俺に対するものだった……。子爵と騎士が死んだことで真相にはこれ以上辿れない。――帰っていいぜェ。皇族への侮辱は聞かなかったことにしておいてやる……」
アロガンは瞼を閉じてソファーに深く埋もれる。この二週間、あまり寝ていないのだろう。薄く化粧で誤魔化していたが、隈が酷く顔色も芳しくはない。
カインももう聞くことが無く、席を立ち部屋を後にしようとして、
「……シャルティが、コチョウの見舞いを希望してるんだが……」
シャルティの願いを肩越しに告げる。共に拉致され、唯一男たちに暴行を受けたコチョウの事をシャルティは酷く気にしていた。
そして自分だけ清い体で済んだことを責めてもいた。
「…………。あれ以来、コチョウは男を見ると発狂するようになった。俺サマでさえ面会ができていない。辛うじて数名の女医と侍女のみが世話をしている状況だ。察しろ……」
アロガンはこちらを向くことも、目を開けることもなく、コチョウの現状を伝える。
暗に見舞いが叶わないことも含ませて。
「……そうか。邪魔したな」
これ以上話すことは無い。
カインは豪奢な扉を開けて、愛しの娘が待っている家に帰った。
「――というわけで、コチョウの嬢ちゃんへの見舞いは難しいな」
「そう……ですか。せめて一言、謝罪したかったのですが……」
「――やめとけ。自分だけ凌辱されてその上謝罪までされたら、お嬢ちゃんの心は今以上に壊れちまう……。向こうはシャルちゃんを恨んでいるかもしれねぇんだ。あの子のことはそっとしておいてやれ」
「……はい」
カインは家に帰り、シャルティに事の次第を伝えていた。
大事を取って帝校を休んでいたシャルティはコチョウの現状を知り、胸を痛める。せめて一目だけでも会いたかったと。しかしその願いはカインによって閉ざされる。
プライドの高い貴族の息女だ。自分だけ被害を受けたことに対し、シャルティに逆恨みをしている可能性も否めない。ゆえにカインは、娘にコチョウのことを考えないように諭す。
「――さ、今日はリップルの嬢ちゃん家に行くんだろ? お茶菓子とか買って行った方が良いのかな?」
「……さぁ、どうなんでしょう? フォグガーデン様が甘いものをお好きかどうか……」
今日はシャルティの捜索を家の私兵総出で手伝ってくれたリップルに、感謝を告げるため家に行く事になっていた。しかし相手は伯爵。それも発言力を有する貴族界でも大物の家。
カインとシャルティは貴族の家にお邪魔するにあたって、いろいろ悩んでいた。
「……パパ。他人様の家に行くのに手ぶらは失礼。日持ちするクッキーとかが無難」
「おお! なるほどな! さっすがサージュちゃん! 博識ぃ! ……ん? 常識を諭される俺って……?」
「なら行きに買っていきましょうか!」
そう言って支度を始めるシャルティを見つめながら、カインはサージュの頭を撫でる。
「悪いな。サージュはリップルの嬢ちゃんと面識ないのに、付き合わせちまって」
あの一件から、カインは娘たちと不用意に離れないように気を付けていた。
――毎朝毎夕の送り迎えや買い物の護衛などなど。
「大丈夫。その人はねぇねを助けてくれたんでしょ? ならあたしの恩人にも等しい」
「……そうか。ありがとな」
「……ん!」
サージュはズレた眼鏡を直しながら勢いよく返事する。
カインの家には、束の間の平穏が流れていた。
……ちなみに、カインの頼みがありながらも今回のような事態に陥ってしまった責任を取り、ギルドマスターのエルキュールはカインからきつくお灸を据えられた。
――亀甲縛りの状態でギルド前に放置したのだ。
しかしそれは、決して子供には見せられない好悦の表情をしたエルキュールにとってはご褒美であり、緊急事態ながら職員を動員してくれたことに対する僅かばかりカインなりの礼も兼ねていた。
そしてそのような変態放置プレイによって、英雄カインの逸話にまた一つ加えられることとなった。
――「娘の為にはギルドマスターであっても辱めを受けるのだ」と。
お読みいただき、ありがとうございます!
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると幸甚の至りです。
よろしくお願いします!!